戻れる物・戻らぬ者・2
どうしてなのか解明されていないが、大人しく祈り所に篭って体を休めると、子供ができやすくなるというのは、事実なのである。
時に、周期が早まる者までいるのだ。
だから、祈り所での節制した生活は、けしておろそかにはできない。
しかし、祈り所の生活は秘められている。
篭っているふりをして遊び歩いていたとしても、誰もわからない。たとえば、エリザが芋の皮剥きを手伝おうが、小茶豆を食べようが、祈り所一同口裏を合わせればいいのだ。
ただ、管理人たちは、そのような行為が巫女姫のためにならないから、厳しく監視するのだ。早く祈り所を出て、使命を果たして故郷に帰ることこそ、すべての巫女姫の望みだと知っている。
ゆえに、彼らは管理人なのだ。
苦しみをよく知っている彼らは、本来優しい人たちである。
「でもさぁ、そんなことよりも小茶豆の中の米玉がさ、二個と三個だったらどっちがいいのか? ってことが、大問題なんだよね!」
マリの意地悪な問いかけに、足の悪い管理人は、ううう……と、声をもらす。
「そりゃあ、二個より三個のほうがうれしいけれど、エリザさんのことを考えると、とてもあの人が芋の皮剥きが上手で助かっているとか、舞米の炊き方も上手いとか、そんなこと言えないんです。もとより、ここの祈り所には、エリザさんなんて人、いないんですよぉ」
サリサは、こうしてマリからエリザの近況を仕入れていた。
エリザが元気そう……ということで、ほっと胸をなでおろすのだった。
さすがに頻繁に……は無理だが、時々一の村にお忍びで下りては、祈り所の裏手でひっそり、リリィが作った『米玉入り子茶豆』に舌鼓を打つ。
マリはすっかり得意げである。実はさらに収穫があったのだ。
「サリサ! これ見てよ!」
サリサは、差し出された手紙を見て、思わず匙を落とした。
「えへん! エリザがマリ宛に手紙をくれたんだよ! エリザだと思うよ、だってね……」
足の悪い管理人が、もじもじしながら黒いマントの影から目立たぬように渡してくれたそうだ。
『わしら、お礼の手紙なんて、渡しちゃいけないんだけれどもね、エリザさんじゃないんだけれど、こっそり手紙を書きたいなんていわれたら、でも渡せないんだよ、悪いねぇっていうのが、あの人のためなんですわ……』
思わず奪うようにして、手紙を手に取る。封はあいている。そう、これはサリサ宛ではない。マリ宛の手紙なのだ。
「読んでもいい?」
「当然!」
頬を染めるサリサに、マリはえらそうに返事をした。
が……。
サリサは便箋に目を落とすと、あっという間に落胆した。
「どうしたの?」
マリが聞くと、サリサは便箋を見せた。
真白だった。
「おそらくマヒ墨で書かれたものだ。この手紙をもらったのはいつ?」
「一週間前……」
ため息。
マヒ墨で書かれた文字は、二、三日で消えてしまう。祈り所の巫女姫と交流があるとなれば、マリや管理人に迷惑がかかるかもしれない。だから、エリザは消える墨を使ったに違いない。
「でも、マリは読んだんだよね? なんて書いてあった?」
「あたし、字が読めない……」
そうだった。
サリサは頭を抱えた。まさか、ムテ人でこの年齢で、文字が読めないなんて、エリザは思わなかったのだろう。
「サリサに読んでもらおうと思ってさぁ……。ごめん」
マリは、すっかり落ち込んでしまった。
「いいよ、手紙が書けるだけ元気だとさえわかれば……」
「今度、もっとすごいことするよ! あ、会えるようにするとか!」
それは、いくらなんでも難しい。最高神官であるサリサでさえ、これが限界である。下手なことをして、それこそエリザの迷惑になるかもしれない。
マリは、小声で別な約束をした。
「……う、ちゃんと勉強する」
サリサにとって、そちらのほうがうれしいかもしれない。
マリの将来は、彼女に関わった者として、とても心配しているのだから。
それにもうすぐだ。
無理をしなくても、エリザは戻ってくる。
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