戻れる物・戻れぬ者

戻れる物・戻らぬ者・1


 エリザ様が祈り所にいた間の霊山の出来事。


 冬が開けて一回目の春。

 最高神官の仕え人、寿命を迎え旅立つ。

 その後、私フィニエルが最高神官の仕え人となる。


 夏。

 巫女姫シェール様の懐妊が確認され、新しい巫女姫ミキア様が選ばれる。

 食事係の者から仕え人が選ばれる。


 二回目の春。

 ミキア様の懐妊が確認され、新しい巫女姫サラ様が選ばれる。仕え人に唱和の仕え人がつく。

 シェール様出産。男児を産む。


 夏。

 三人の巫女姫が霊山に残るにぎやかな状態が続く。

 シェール様の改革が推し進められて、霊山が乱れる。


 秋。

 シェール様が山を降りることとなる。

 今まで彼女がいることで保たれていた和が崩れ、巫女姫同士の対立が本格化。


 三回目の春。

 サラ様、二年周期の体質のおかげで巫女姫続行。

 ミキア様、女児出産。

 

 夏。

 ミキア様の御子、行方不明事件。無事解決。

 犯人は誰もが知っているが、それは伏せておく。


 秋。

 一の村にて『祈りの儀式』開催される。


 冬。

 ミキア様が山を降りる。

 サラ様の懐妊が確認される。


 四回目の春。

 新しい巫女姫マヤ様が選ばれる。


 秋。

 マヤ様、流産。なんと、祈りの儀式に巫女姫不在の事態に。


 冬。

 サラ様、男児を出産。


 五回目の春。

 マヤ様、巫女姫として祈り所に篭る。

 エリザ様、巫女姫として霊山に戻こととなる。


 ――正しくは四年と三ヶ月と五日ぶりのことである。




「時代は変わった……」


 長年霊山にいるフィニエルでさえも、この五年はあわただしく変貌の時代だった。

 フィニエルのような古風な考えの仕え人は、マサ・メルの時代は、永久に続くと思うもの。しかし、時の流れには逆らえない。

 明らかに、時代はマサ・メルの時代からサリサ・メルの時代に移ってきている。

 ふう、と息を吐いて、フィニエルは覚書を閉じた。

 これは、再び最高神官の仕え人となったフィニエルが、仕事として残している日誌ではない。とりあえず個人的に書いているもので、振り返り年表とでもいうものだ。

 他人が見てもいいように、怪しいことは書かないが。

 たとえば、最高神官がエリザを郷に帰しそびれたこととか、その後の現金な明るさとか。


 一番わりを食ったのは、フィニエルが思うに、巫女姫マヤである。

 ちょうどサリサが本来の明るさを取り戻したときと、彼女が霊山にやってきた頃が重なってしまった。シェールがいた頃ほどの浮つきはないものの、朝食を巫女姫と一緒にとったり、時々会話したり……の生活が戻ったのだ。

 しかし、身重のサラにとっては面白くない。マヤが霊山に来たからサリサは変わったのだと思い込み、激しい嫉妬をあらわにした。

 ややエリザに似た気の弱い雰囲気を持つマヤは、サラの格好の餌食になってしまったのだ。サリサがマヤを助けようとしてかばうから、余計に悲惨な有様になる。

 心労がたたった彼女は、管理が行き届いた霊山では珍しい事態――流産をしてしまい、なんとこの年は巫女姫不在の『祈りの儀式』になってしまった。

 最高神官もことの重大さを認識している。

 ただし、ちょっとフィニエルが思う重大さとは違った。

「この調子でエリザもいじめられたとしたら……どうしよう? フィニエル」

 出産したばかりのサラは、子供の成長が落ち着くまでの約半年間、霊山に留まることが決まっている。エリザと鉢合わせになってしまうのだ。

 それよりも、貴重な神官の子供を失ったことのほうがもっと大事なのだと、フィニエルはたしなめた。

 しかし、すっかり恋愛ボケしている最高神官は、仕え人の言葉など全く耳にしていない。日々、わくわくそわそわ……なのである。

 万全を考えて、エリザを巫女姫として迎えるにあたり、彼は再びフィニエルを巫女姫の仕え人として任命した。

 フィニエルは、こうして再び日誌を整理する羽目になっていた。

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