マリと作文・5


 春がやってきて、あたしは再び学校へ行くようになった。

 あの先生が旅立ってしまい、若い別の先生がきたことがきっかけだった。

 新しい先生は、馬のことを綴ったあたしの作文を褒めてくれて、えらいね、って言ってくれた。だから、あたしはその先生が大好きになって、学校へ行きやすくなった。

 でも、小茶豆を売りに一の村に行くときは、お母さんを手伝って学校を休んだ。

 サリサにエリザの情報を教えるっていう大事な仕事があるしね。


 ところが、その日サリサは現れなかった。

 それに、祈り所の足の悪いおじいちゃんの情報も、ちょっと驚くものだった。

「この祈り所にはエリザさんっていう人はいないんですよぉ。だから、その人が、霊山に戻ったとかそういうことも、正直、わからないんですよぉ。でも小茶豆菓子の米玉は、二つよりも三つがいいに決まっているんだわさ」

 あたしはすぐに状況が飲み込めなかった。

 でも、きっともう、おじいちゃんから情報を聞く必要はなくなったんだと思った。

「おじいちゃん、今までありがとね」

 あたしは大奮発して、米玉を五つ入れてあげた。

 おじいちゃんがすかすかの歯を見せて笑ったので、あたしもうれしくなった。

「エリザがいなくてもおじいちゃんがいるもの。あたし、また来るね」

 そういうと、おじいちゃんはうれしそうにして、足をひこひこ引きずりながら、暗い祈り所の重たい扉の向こうに消えていった。

 ずしーんと扉の音が響く。

 あたしは、エリザがもうその向こうにはいないんだな、って思った。


 その日、一の村はいい天気で、霊山のてっぺんあたりがキラキラと輝いてきれいだった。

 雪が積もっているんだよ、ってお母さんが言った。

「サリサ様は、お越しにならなかったわね」

 お母さんが霊山を見上げて言ったので、あたしはおじいちゃんの言葉を伝えた。

「エリザ、もうここにはいないんだって」

「え、そうなの? ということは……霊山の巫女としてお戻りになられたのね。それじゃあ、サリサ様がお越しにならないのも当然だわ」

 お母さんの顔が、ぱっと明るくなった。

 それでやっと、あたしもエリザがサリサの元へもどったんだってわかったんだ。

「でも、残念ね。もうサリサ様とお会いする事もないでしょう。小茶豆をあんなに気に入ってくださったのに。まさか、霊山に差し入れは出来ないしね」

 と言いながら、お母さんはちっとも残念そうじゃなかった。寂しそうではあったけれど、うれしそうだった。

「なんで差し入れできないの? なんでサリサに会えなくなるの?」

 あたしの疑問に、お母さんは微笑んで答えた。

「最高神官とは、そういう尊いお方だからよ」


 あたしには、全然ぴんとこなかった。

 だって、サリサは最高神官だけど、あたしの友達だよ?

 きっといつかまた会えるし、小茶豆だって食べられると思うよ。

 でも、その時がくるまで、少し時間がかかりそうな気がする。

 だって、サリサはエリザのことが一番好きだもの。

 エリザが側にいるんだったら、きっとマリのことも小茶豆のことも、忘れちゃうと思う。サリサ、そういう薄情なところもあるもん。

 だけど、マリ、そんなサリサを許してあげることにするよ。

 だって、あたし、大人だもん。



=マリと作文/終わり=

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