マリと作文・4


 もうリューマの子たちとは遊べない……。

 そう思っていたけれど、奴らは後腐れなく謝ってきたので、落ち込んでいたのは二日だけだったな。

 あたしも気をつけるようにしよう。

 あたしは、ムテなんだ。

 この子たちが怒ってあたしに乱暴するようなことが起きて、それを誰かにパクられたりしたら……。 

 ただの喧嘩だった、じゃすまないことになる。

 あたしたちは、何一つ変わることのない仲間だけど、すべてが同じわけじゃない。

 学校に行ける権利があるのはあたしだけ。あたしはさぼっていて行かないだけで、奴らは行きたくても行けないんだ。


 勉強の話は、もうよそう。

 そう思ったけれど、熱心な子が一人いて、しつこく教えてくれって、頼まれた。

 頼まれちゃあ断れないから教えることにしたんだけど、すぐに教える事がなくなっちゃった。だって、まだあたしだって、たくさん覚えているわけじゃないからね。

 でもさ、親父が、これからはリューマも勉強せねばならねーとか言い出してさ、夜に時間を作って、勉強会を開く事になったんだ。

 先生は親父じゃなく、お母さんだよ。親父も時々参加したけれど、それは生徒としてさ。

 おかげで、あたしの作文能力は格段にレベル・アップした。

 それに、リューマの子たちだって、だいぶ本が読めるようになった。

 そんなの、ムテじゃなくたって出来るんだよ、やれば。

 成果をサリサに見せつけたくなって、あたしは再び作文を書き始めた。


 題材はね。

 サリサのことを書いてみた。

 祈りの儀式の時、ギンギラギンの格好のサリサを見たこととか、その後、祈り所で灰色のマントを着たサリサにあったこととか。

 サリサが親父の命を助けてくれてうれしかったこととか。

 それにそれに。寝言でエリザの名前を呼ぶこととか。

 蜜の村に行ったときは楽しかったな。

 エリザのお兄さんは優しそうだしさ、奥さんは美人だしな。料理もおいしかった。

 それに、シェールさん。あたし、あの人好きだな。

 何だか、あまりムテっぽくないよね。色気があって、それでいてスカッとしていて。赤ちゃんもかわいかったし。

 そうそう、サリサのこと、サリーちゃんって呼んだんだけど、サリサはそれが溜まらなく嫌だったみたい。

 最後は悲壮な顔をしてたよ。うん、悲壮。

 こういう言葉を作文に使うと、きっともっともらしいよね。

 あ、いけない。『していた』って『い』を入れないとね。この間、赤ペンだらけだったから、気をつけなくちゃ。

『父が助かったのは、サリサのおかげです。感謝しています』

 父って、親父のことさ。そう書かないと、きっとサリサ、うるさいから。

 サリサはさ、旅から帰ってきてしばらくすると、二ヶ月に一、二度、小茶豆を食べに一の村にこっそり下りてきていたよ。

 でもさ、それは小茶豆のためじゃなく、あたしからエリザの情報を聞くためだったんだよ。

 祈り所の管理人をお菓子で買収したのも、実はサリサのアイデアだったんだ。そういうところは、さすがに最高神官だけあって頭がいいな、って思った。

 どうして祈り所に乱入してエリザを連れ出して逃げないのかな? なーんて考えたこともあったけれどね。

 サリサの事って、話がつきないよ。ほんと。


 けっこうまともな作文になったと思う。

 ちゃんと『です』とか『ます』とかも使えるようになったしさ、『感謝しています』なんて、ちょっとやそっとの子じゃ書けない文章だと思わない?

 これは、きっとサリサも手放しで褒めてくれると思う。

 そうしたら、親父やお母さんにも見せたりしようかな? あ、そうだ。学校に持って行って、リューマ族といっしょにいても、文字が書けるって見せつけてやろう!

 あたしは、すごく得意満面だったんだ。


 でもさ、サリサは私の作文を見て、ものすごく顔をしかめた。

 そして、言った。

「マリ、この文章は人には見せられないよ」

「え? どうしてさ!」

 サリサは、ゆっくりと作文を二つ折りにし、四つ折りにし、八つ折りにした。

 あたしは猛然と抗議しようとしたけれど、あまりにサリサが切なそうな顔をしていたので、言葉が出なくなっちゃった。

「マリは偉いよ。ここまで文章が書けるようになって。とても安心した……」

 じゃあ、どうして! と、あたしは言いたかった。でも、言う前にサリサが作文を更に小さく折り畳んだ。

「文章はいいけれど、内容が困るんだ。この文章を誰かに読まれたら、僕もエリザも困る事になってしまう」

 サリサが、自分のことを『僕』と言うときは、本当に珍しいことで、旅の時以来だった。

 だから、あたしは、サリサが偉い大人の立場であたしに命令しているのではなくって、友達として懇願しているんだって、すぐにわかった。

「僕が……エリザを好きだってことは、誰にも知られてはいけないことなんだ。いや、本当は好きになっちゃいけない」

「な、なんでさ……」

「僕は、最高神官だから」

 そう言ってサリサは、小さく小さく折り畳まれたあたしの作文を、そのまま懐にしまい込んでしまった。

 まるで、自分の気持ちを封印するみたいに。

 そして、やや虚ろな目で、あたしに頭を下げたんだ。

「ごめんね、マリ。もう、僕のことは作文には書かないで欲しい」



 その夜、あたしはとても気分が優れなかった。

 サリサの困った顔が、あたしの作文のせいだと思うと、すごく嫌だった。

 あたしは、褒められるとばかり思っていたのに。

 小さな頃から、あたしは早く大人になりたいと思っていた。

 だけど……。

 文章には、書いていいことと悪いことがあるなんて、そんなのおかしい。

 本当のことを書かれて困るような大人にはなりたくはない。

 本当のことを書けなくなるような大人にはなりたくはない。

 

 サリサはエリザが大好き。


 それが、どうして悪い事なのか、あたしにはさっぱり理解できない。

 理解したくない。

 理解できる大人にはなりたくない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る