マリと作文・2


 とにかくさ。

 あたし、サリサを喜ばせたくて、勉強することにしたんだ。

 今度、エリザが手紙をくれたら、ちゃんと読めるようにね。それに、サリサも、マリは文字が読めるようになったほうがいいって、言うからね。

 で、勇気を出して学校に行った。でもさ……。だめだった。

 先生は、あたしに説教したんだ。

「学校をさぼるのは悪い子のする事です。育ちが育ちですからあなたばかりを責めるわけにはいきませんが、あなたの将来のためにはなりません。自分の親のようにはなりたくはないでしょう? 立派なムテ人になりたいのであれば、心を入れ替えて勉強に励むべきなのです。わかりましたか?」

 わかりました……。

 なんて言えるわけがないじゃないか! 

 ぐぐっと涙をこらえたよ。

「……」

「え? 聞こえません。本当に授業を受けたいのならば、素直に反省なさい」

「は……い」

「はっきりとおっしゃい」

「はい、ごめんなさい。わかりました!」

 もうだめだった。

 あたし、言葉ではどうにかそう言えたけれど、行動は別だった。

 そのまま立ち上がって、大きな声で泣きながら、学校を飛び出してしまったんだ。


 なんで、こんなことまで言われて、頭下げて、勉強しなければならないのさ!

 それがあたしのためになるって言われても、先生みたいなご立派なムテ人になんて、そんなあたしにはなりたくない!

 あたしはお母さんのような大人になれればそれでいいんだから!

 お母さんみたいな大人になりたいんだから!


 川辺でわんわん泣いていたら、馬車が止まった。

 ちょうど、親父が仕事帰りだったんだ。

「おい? どうした? 学校で嫌な事でもあったか?」

 親父は馬車を下りて、あっけらかんと声を掛けてきた。

 あたしが今まで学校をさぼり続けてたなんて、きっと親父は気がつきもしなかったんだろうな、忙しくて。

 お母さんだってそうだ。毎日、とても忙しいんだ。

 あたし、それを知っているから、心配させたくなかったから、全然お母さんにも親父にも、何も言えなかった。あたし、もう子供じゃないんだから。

 でも、親父が何気なくあたしの隣に座って、これでも食うか? って、干し肉くれたら、何だか張りつめていたものが切れちゃった気がした。その肉は、噛んでも噛んでも噛み切れなかったけどね。

「親父、あたし、もう学校へ行きたくない……」

 今までだって行っていなかったのに、変だけどさ。自分が妙に正直になった気がした。

 あたし、きっと今まで弱音を吐いてみせるのが嫌だったんだ。親父には。

 親父は横で肉をくちゃくちゃ噛みながら……。

「そっか」

 とだけ言った。


 親父とあたしは、何も話さず、そこでじっと景色を見てた。

 夕日が山の影に落ちてって、水面がキラキラしてるのが無くなってしまうまで、そこでじっとしてたんだ。

 少し暗くなってくると、親父はくちゃっとあたしの頭を撫でて、いきなりひょいと抱き上げた。ちょっと驚いた。

 なんか、目線が高くなって、景色が全く別に見えたよ。

 同じ物を見ていても、きっと親父とあたしはちょっとだけ違うんだ……と思った。

 で、抱き上げられて、親父と同じ物を見ているような気がして、何だかうれしかった。照れくさかったけれど、うれしかったんだ。

 あたし……。

 本当のお父さんを知らない。

 あたしが生まれてすぐに死んじゃったから、抱き上げられたことがあるのかも覚えていない。

 でも、きっと親父の腕のほうがたくましくて、すごく頼りがいがあると思う。浅黒くて、温かくて、すごく強いんだ。

 だから。

 お母さんが親父と一緒になって、本当はうれしかったんだ。

 あたしもお母さんみたいに、親父みたいな人と結婚したいと思う。

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