マリと作文

マリと作文・1


 ちゃんと学校に行かなきゃいけないって、本当はわかっている。

 でもさ、あたしにも我慢の限界ってものがあるんだよ。わかるかな?

 そりゃさ、学校に行くのは辛い。

 リューマの成金の世話になっているって言われて仲間はずれにされたりして嫌だったよ。リューマの子供のほうが、ムテの子よりも本当に気楽に遊べるし。

 だけど、違うんだよ。そんなんじゃないんだ。誰にも言えないけれどさ。

 きっかけは……学校の先生がこう言ったからなんだ。

「あなたのお母さんは、いくら生活のためとはいえ、ずいぶんと恥知らずなことをなさる」

 それってさ、どういう意味かよくわからなかった。

 ただ、ものすごい嫌な気分になって、早めに学校から帰ってきたら……。


 見ちゃったんだ。

 お母さんと親父がさ……抱き合って……。

 あたし、それでわかったんだ。

 親父はお母さんに下心もっていて、あたしらを助けたんだって。

 いや、お母さんだって、卑怯で汚いんだ。親父の下心がわかったなら、さっさとここを出て行くべきなのに。

 なのになのに、それなのに、出て行かない。

 それって、先生の言うとおり、恥知らずなことだって思った。

 あたしは何度もお母さんに言った。故郷に帰ろうって。

 でも、お母さんは困った顔をして、話をうやむやにする。あたしは頭にくる。

 ――それって、親父に何をされてもいいってこと??

 だから、学校の先生もお母さんのこと、軽蔑してるんだ。


 その当時、あたし、親父のことが許せなかった。

 あんな肉団子みたいなヤツ、お母さんが惚れるわけないだろ? って思ってた。

 きっと、あたしのお父さんは、サリサみたいなすらっとしたいい男で、賢くて優しい人だったんじゃないかな? って思ってたしね。 

 お母さん、なんでアイツにニコニコ微笑むのさ! 何で? それって、媚びてんの? 嫌だ、やめてよ。

 何でそんなにうれしそうな顔するのさ! 幸せそうな顔、しないでよ!

 そうやって、アイツの心をますます惹き付けるなんて、嫌だよ。

 大人は汚いよ、汚い。

 そう思った。でも、あたしは、お母さんが好きだった。

 お母さんが親父の世話になるのは私が小さいからなんだ……って思うと情けなくなった。

 だからいつか、あんなヤツの世話にならなくても大丈夫なように、お母さんの面倒をあたしが見るんだ! と、泣きながら心に誓ったんだ。


 あの頃は、本当にあたし、おかしいほどにイライラしていたよな。


 色々あってさ。

 そのうち、親父のことが許せるようになった。

 サリサの説教のせいもあって、お母さんの気持ちを考えたこともあって、けっこう悩んだけれどさ、親父もまあまあいいヤツだしさ……。うん、認めるしかないかな、ってさ。ブツブツ……。

 でも、学校へは行かない。

 お母さんのこと、悪く言う人からなんか、何も教えてもらいたくないもん。

 先生は、お母さんのことを、リューマの売女と同じ目で見てるんだ。だから、どんなに勉強が大切だったとしても、先生に頭なんか下げたくはなかった。

 リューマの親父は許せても、ムテの先生は許せなかった。



 毎日学校へ行くふりをして家を出ても、あたしは別の事をしてた。

 つまり……親父のところで働いているリューマの人たちの子と一緒に遊んだり、時に奴らの仕事――厩舎掃除やら、馬の世話やらを手伝ってた。

 そっとのほうが、ずっといいんだ。だって、あたしのように馬に馴れたムテ人なんて、そう滅多にいるもんじゃない。

 そりゃあ……リューマの奴らに比べると……ずいぶんと馬にバカにされてるよ。でも、いいんだ。

 あたしは、いつか馬を極めてリューマ族みたいに生きるんだから。

 リューマ族になるんだから。

 

 ずっとそう思っていたから、サリサにもろ、文字も読めないのか? って顔、された時は、マジに切れちゃったよ。

 あいつったら、あたしに説教し出しちゃってさ。

 ムテの最高神官だか何だかわからないけれど、あたしはサリサじゃないんだよ、別に文字が読めなくたっていいじゃん!

 リューマの子なんか、誰も読めるヤツいないよ。それでもちゃんと生きている。それに、馬も扱える。

 サリサなんか、馬にさわれないじゃないか! サリサより、奴ら、本当はずっとすごいんだからね。


 でもさ……。

 さすがにエリザからもらった手紙を読み損ねた時、何であたし、文字が読めないんだろう? って悲しくなったよ。

 あの手紙をサリサに渡した時にさ、すごくうれしそうな顔をすることしか想像していなくってさ、みるみるうちに曇っていくサリサの顔を見ていたら、あたしのばかばか! って思っちゃったよ。

 だって、サリサはすごくエリザの事が好きなんだ。

 会いたくて会いたくてたまらないんだ。それが、よくわかるから。

 サリサは、本当は霊山から下りてきちゃいけない人なんだって、お母さんがよく言ってた。そして、とても心配してた。

「サリサ様は、霊山に暗示をかけて下山なさっているようで……。そのようなことをこんなに頻繁に繰り返して、お体にさわらないのかしら?」

 ってね。

 でも、サリサは、少しでもエリザの近くにいて、少しでもどうしているのか知りたくて、会えないって知っているのに、時々祈り所に下りてくるんだ。

 だから、あたしだって協力したくって、一生懸命だったんだよ。だって、サリサのことが大好きだもん。

 ヘンな女つれてどこか取り澄ましたような顔したり、小茶豆食いながら寂しそうな顔したりするよりも、笑っていて欲しいんだよね、サリサには。

 あのエリザといっしょにお散歩して食事した時みたいにさ。

 あの時は……楽しかったのにな。


 どうしてサリサとエリザは、いっしょにいないんだろう?

 絶対そのほうがいいと思うのにな。

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