カシュの「人には言えない恥ずかしい悩み」・2


 春の日差しが降り注ぐ頃、リリィとカシュは結婚した。

 カシュの体は、大きな傷は残ったものの、すっかりよくなった。マリもすっかり二人の仲を認めるようになった。二人の間には、何の問題もないように思えた。

 普段はムテの客用にしか使わない食堂で、リューマの人々を招きいれて、内輪の結婚式を挙げた。

 リリィは真白なドレスを着て、リューマの人々のため息を誘っていた。なんせ、ムテはその美貌でも有名な種族である。混血種で黄色い粗めの肌を持つリューマの女とは比べられない。

 花嫁自らが腕を振るった料理が振舞われ、いい酒が樽ごとふるまわれた。

 結婚はめでたい。しかも、純血種であるムテの女性を妻に迎えるということは、リューマ族にとっては信じがたいほどの喜びでもある。

「さすが、俺らの親方だ!」

「天下一!」

 などと、声が上がる。

 カシュは大勢の人にお祝いをいわれて、大満足でため息をついた。しかし、酒はそれほど飲まなかった。

 それだけ緊張していたのである。

 初夜――それは、カシュにとって待ちに待った夜なのだ。


 カシュのセンスの悪い部屋は、模様替えされていた。リリィが別の部屋みたいに質素ながらも快適な部屋に変えてしまったからだ。

 徹夜でカシュを看病し疲れたリリィは、時々部屋の片隅に置かれたソファに体を横たえたものだった。

 カシュにとっては、まるで襲ってくれ、と言っているような行為である。だが、ムテ人にはそのような気を起こす者がいないので、リリィには警戒心が全くない。

 同じ部屋で寝顔をさらすことも、リリィにとっては、看護に一番便利な方法でしかない。当然、そのような誘惑をしているなどとは思ってはいない。

 奇跡的な回復を見せていたカシュは、何度彼女を抱きかかえて自分のベッドに押し運びたくなったことかわからない。

 その誘惑を耐え忍んで得た今日の喜び。

 ちなみに、カシュはここ数年女を抱いていなかった。


 そわそわ、そわそわ、そわそわ……。


 カシュは、部屋の中をくるくると歩き回った。

 初めての夜だというのに、リリィは宴会の後片付けまで手伝っているのだ。でも、まわりの女に怒られて、やがてカシュの部屋に現れた。

 白いドレスの美しいムテ人。ふれたら壊れそうで怖い。

 しかし、恥ずかしげに伏せられていたリリィの顔が微笑みとともに上げられたとたん。カシュは理性を失っていた。

 ひょいと片手でリリィを引き寄せたかと思うと、ベッドに押し倒し、後はあれよあれよの間である。

 リューマ族の女と比べて細くて貧弱なリリィであったが、信じられないくらい白くて美しい肌をしていた。カシュが触れると、すっと赤みを増してゆく。

 浅黒くて固いカシュの腕の中で、リリィは打ち震えて桃色に染まり、ふぅと吐息をもらす。その息遣いにカシュはますます熱くなる。

 カシュが知っているどの女よりも初々しかった。

 とても子供を産んでいる女性とは思えない。生娘のようなリリィの中でカシュも震えた。

 壊れそうだから大事に……などという気持ちは、すっかりカシュの頭から消し飛んでいた。長年溜め込んだ欲望をすべて吐き出し、思いのすべてを吐き出して、一心不乱に愛の行為に夢中になった。

 カシュがすっかり頂点に達した時、リリィは気を失っていた。

 カシュにとって、これほど満ち足りた夜はなかった。

 抱きあって眠った翌朝、カシュは再びリリィと交わった。リリィはまだ眠りの中で朦朧としていたが、その様子が色っぽくてカシュは燃えた。

 自分の知るうる限りの女性が喜びそうなことをすべてすると、リリィはカシュの胸に顔をうずめて涙を流した。

 カシュも涙が出そうなくらい幸せを感じた。



「う、それはご馳走様です」

 サリサは片手で顔を抑えて頭痛を堪えた。

 まさか、ここで男と女の営みを丁寧に聞かされるとは思っていなかったのだ。ここでは、多少はしょらせてもらうが、思わず……そんなことをするのですか? という内容である。

 興奮したカシュは、恥ずかしい話をしているわりに声が大きすぎる。

 一瞬暗示でも掛けて黙らせようか? と思ったほどだ。

 カシュの性行為は、サリサにはまるで暴力そのものに思えるほど過激に思えた。

 サリサにとって、巫女姫たちとの交わりは、薬湯を駆使しての種付け作業のような味も素っ気も何もないものだし、エリザとの行為だって……。

 ……上手くいくようになるまでには、実に苦労したものだった。

 心と体がうまく結びつくのは、簡単なことではない。お互いがお互いを感じ合うようになるまで、実に臆病な行為の繰り返しだった。

 サリサは、エリザを初めて抱いた時の強引さを思い出して、ちょっと眉をひそめた。が、サリサのことなどおかまいなしに、カシュは話を続けた。

「それがよぉ、二日目もガンガンだったんだけどよ、三日目からどうもだめになったんだよな」


 カシュの性欲は、結婚三日目にて萎えてしまったのだ。

 しかし、リリィはそんなカシュに微笑みを返し、何一つできない彼に寄り添って眠ったのだという。


「俺よ、やっぱり年なんだろうか?」

 確かに、ムテの四十歳は若者だが、リューマの四十歳はそろそろ下り坂だ。衰えてきてもおかしくはない。

「それともよ、発散されてすっきりしちまったから?」

 確かに、抑圧が大きかった分、すっきりもしただろう。

「でもよ、何よりも誤解されるのが嫌なんだ」

「誤解?」

「ああ」

 カシュは大真面目で言い始めた。

「だってよ、まるでリリィさんに三日で飽きたみたいじゃないか? 俺はそんなことはねぇ! その気がなくなっちまったってことは事実だ。だがな、嫌いになったわけじゃねぇんだ」

 カシュの顔は真剣そのものである。

「リリィさんはよ、優しいからな。役立たずになった俺に対しても笑顔で寄り添って眠ってくれるけれどよ、内心は悲しく思っているにちがいネェ」

「……それで? 強壮剤なんですか?」

「そうともよ! 俺はリリィさんを気持ちよくさせてやりたい!」

「……」


 大真面目に、真剣に、リリィのために。カシュは悩んでいる。

 サリサはくすくすと笑ってしまった。

 カシュの愛情は、たとえそっちが萎えたとしても、間違いなく衰えているわけではない。

「あなたには、強壮剤はいりませんよ」

「なぜ!」

「リリィは、ちゃんとあなたに満足しているからです」

 カシュは怪訝な顔をした。

「ムテの女性は、愛を持って優しく抱きしめてあげれば、それで満ち足りるものですよ。無理をして自分を作る必要なんてありません」

「そ、そうかなぁ?」

 カシュは瓶の酒を飲み干した。

「そうですよ」

 サリサも瓶の酒を飲んだ。

 体の芯が、かっと熱くなった。



 カシュはあまり納得しているような感じでもない。

 首をひねりつつも馬車を降り、リリィとマリの元へと戻ってゆく。

 何処へ行っていたの? とマリに突かれ、ニコニコとリリィに微笑みかけられ、もじもじと頭を掻いている。

 その後、一仕事終えた彼らは馬車に乗り込み、手を振りながら椎の村に帰っていった。

 その姿は、もうすっかりひとつの家族だ。

 サリサは、目を細めて見送った。最高神官が手を伸ばしても、けして届かない場所である。


 ――これに勝る愛の形があるだろうか?


 カシュも、今にわかるだろう。

 そのうち、カシュは年をとる。リリィを抱くことができなくなる日もくる。それどころか、老いてリリィの介護が必要になるかもしれない。

 だが、それでもリリィの愛は変わらないだろう。

 肉が強い者は肉で愛を量り、心が強い者は心で愛を測ってしまう。

 その片方だけでは何も計れるものはない。

 きっと、カシュとリリィは上手くいくだろう。

 ムテ人は、性欲が強くない。激しい愛し方に悲鳴を上げてしまったリリィが、それを上手く言葉にできず、こっそりカシュに暗示をかけていたとしても。

 カシュは、きっとそれにも気がつかず、頭をひねりながらも自分なりの愛し方を貫くのだろう。

 これは、極めていい騙しあい。

 それでちょうどバランスがとれる。

 夜の営みは、良き長き夫婦関係には侮りがたい問題である。

 真実を語って埋め合わせるには、余りにも差が大きすぎる種族の違いなのだから。

 

 サリサは、ヒクッとシャックリを上げて、口を押さえた。

 これから霊山に戻ったら夕の祈りの用意だというのに。

「少し酔ったかもしれませんね」

 馬車はすっかり見えなくなって、木々の影も長く伸びた。

 サリサは歌を歌いながら、霊山への道を急いだ。




=カシュの「人には言えない恥ずかしい悩み」終わり=

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