番外編/リューマの家族の物語

カシュの「人には言えない恥ずかしい悩み」

カシュの「人には言えない恥ずかしい悩み」・1


 サリサはムテの最高神官である。

 さらに言わせていただければ、そんじょそこらのオヤジよりもずっと長生きしているのである。

 だから、カシュとリリィの結婚には、非常に深い問題があることも把握している。

 ゆえに、こっそりお忍びで祈り所に降りてきたサリサに、カシュが【男同士の相談】を持ちかけてきても、サリサはあまり驚かなかった。

 そして、二人の間を取り持った立場として、その相談にはのるべきだとも思っていた。

 が……。

 カシュの相談は、サリサたちムテ人にとっては、ちょっと厳しい話だった。


 カシュは、小茶豆菓子を売っているマリとリリィをチラチラと気にしつつサリサを自分の馬車の中へと引きずりこんだ。

 しかも、一度腰を下ろしてから立ち上がり、再び外をきょろきょろ見回して誰もいないことを確認してから、幌を下ろした。

 無造作にサリサに投げつけたものは、軽めの酒が入った小瓶だ。昼間から飲んで語ろうというわけである。

「いったいどうしたんです? カシュさん」

 酒の小瓶に口をつけてため息をつくカシュに、サリサは聞いた。

 おそらくマリの教育についてのことだろう……などと思っていたサリサの予想は見事はずれた。

「お、おい! ムテ人って、つ、つ、強くなる薬を持っているんだろ?」

「は、はぁ?」

 カシュは充分に強い男だ。竜を倒した自慢話は、耳がいたくなるほど聞かされている。今更強くなる必要もないだろう。

「い、いや、その強さじゃなくて……あの、夜のさ」

 サリサは、思わず酒を噴出しそうになった。


 確かに滋養強壮作用の高い薬草は、ムテにはたくさんある。

 なぜならば、銀のムテ人は非常に生殖能力が低く、純血種の中でも特に性的欲求に乏しい種族だからだ。

 かつては千年も寿命があったのだから、それでもよかった。だが、今は一般のムテ人で三百年も生きれば長生き、中にはサリサの姉のように百年足らずで寿命を迎えるものすらいる。

 霊山がいくら子作りを奨励しても、はい、さようですか、と励めない。

 自然の状態で、ムテには数週間毎に軽い発情期のようなものがある。その時期を逃すと、まず性交はしない。しかも、その時期であったとしてもよほどのことがない限り、性的な衝動が起きないのだ。さらに、女性の場合は、月病みの年が決まっていて、常に子供が産めるわけではない。

 おかげでムテは、種の危機的状況が長く続いている。

 種族を守るために巫女制度が考えられたり、人工的に発情を誘発する薬や強壮剤などが研究されたりしているのもそのためだ。

 一般家庭に普及しているものから、最高神官ご用達のものまで、強壮剤は数知れずである。

 だが、なぜか、それらの薬はリューマ族に大変珍重されているのも事実である。

 サリサには、充分すぎる性欲をますます強くしたがる彼らの気持ちがまったくわからない。


「リューマ族のカシュさんには、必要なさそうに思いますけれど?」

 サリサは頬を染めながら反論した。

 カシュたちリューマ族は、どちらかというと人間に近い。常に発情期のようなものだし、愛がなくたって女を抱きたがる。しかも、肉欲のためならば男も女もないとさえ言われている。

 純血種と呼ばれているムテ人・エーデム族・ウーレン族・ラガダ族・一角種等が、リューマ族や人間を嫌う理由のひとつが、この節操のなさと繁殖力、遺伝の強さだ。彼らはやがて、血によって純血種を蹂躙してしまうことだろう。

 ムテの支配国ウーレンの法によって、リューマ族が正式な結婚なしに純血種の女性に手を出すことは、死罪にあたる大罪だ。ゆえにムテの地に住んでいるリューマ族にとっては、あふれんばかりの欲情をいかにして押さえ込むかが問題なのに。

「いやさ、まぁ、確かにそうだったんだけど、俺も年をとったらしく……」

 カシュは頭を掻いた。


 十五歳でムテに移り住んだカシュは、その点も苦労したらしい。

 時にリューに戻って女を買いに花街にいったりもしたが、馬泥棒をしてからはいけなくなった。

 ムテにいる数少ないリューマの女を争って命がけの喧嘩をしたこともあるし、食うに困った少女を金で買ったこともある。時に少年も買ったらしい。

 若かりし頃のカシュの素行は、女に関して言えばけして褒められたものではなかった。

「若い頃は、そりゃあ常に悶々としていたさ。だがよ、それなりに人の上に立つようになったら、仲間たちの見本にならなきゃならねぇ」

 女事で争いの堪えない若い衆を束ねるのに、自ら女を寝取ったりはできない。ムテにいるリューマの女性は少ない。部下にできるだけ早く結婚させて家庭を持たせてやろうと、色々手を回しているうちに、自分はもらい損ねていた……というわけだ。

 仕事に対する熱意が、性的欲望を越えたというところか。さらに、年齢を重ねることによって、少しは抑制力が働くようになったという。

「ところが、リリィさんを意識し始めてからは……コイツはいかん。名を呼ばれただけで興奮するしよ、笑顔を見ただけで下半身が熱く……」

「ごほん!」

 サリサは咳払いして話を止めさせた。

 いくら男同士とはいえ、ムテではありえない話題である。だいたい、ムテ人であるサリサには、見ただけで……などという性的な興奮は無縁である。

「その状態で、よくまぁがんばりました」

 それは、例の口づけ事件を言っていたのだが、カシュはもじもじし始めた。

「いや……あれ、リリィさんはどういったか知らねぇが、かなりやばかった」

 抱いてキスした……程度ではなかったらしい。

「きつく抱きしめたうえに、かなり濃厚な口づけしちまって……それに、あの……胸とか、尻とか触っちまった」

 それを見られていたならば、マリに嫌われても仕方があるまい。

「い、いや! むしったり剥いだりはしていないぞ! 断じて!」

 カシュは汗をかきかき、弁解する。

「……う、そうしちまいそうだったんだが、リリィさんが「助けて」って泣いたもんで……」

 もじもじいじいじ語るのは、サリサのムテ人らしい銀目が冷たいからかも知れない。

 だが、好きな人を抱きしめたいとか、口づけしたいというのは、ムテ人にもある感覚だ。

 心が近くなるような安心感が持てるので、むしろ、リューマ族や人間たちよりも、ムテに限らず多くの純血魔族はこの行為を好むものだ。

 ちなみに、サリサも大好きである。ここに今、エリザがいたら、カシュとリリィ以上にベタベタしているに違いない。

 だから、別に軽蔑しているわけではないのだが……。

「ムテ人の女性を無理やりむしったり剥いだりしたら、あなたは死罪ですよ。よく正気に戻りましたね」

 一応、その我慢を褒め称えてみる。が、カシュは大真面目に力説した。

「いや、俺は殺されてもかまわねぇ! リリィさんを抱けるなら! だが泣かれちゃあ、その……あの……無理強いはしたくネェ」

 カシュが離すと、リリィはその場で腰を抜かしてしまったらしい。

 震えながら、泣きながら、それでも必死に笑顔をつくろうとして、なかったことにしようと言われ、カシュはかなり後悔した。

 この事実があることになってしまい、それがムテの役人にでも知られたら、カシュは死罪になるのだから、リリィの判断は正しかった。

 だが、煮ていた小茶豆はすべて焦がしてしまった。


 死をも恐れぬリューマ族の欲望。


 ムテであるサリサは全く理解できない。

 子作り以外にそこまでして女を抱くことに意味があるのだろうか? リリィもさぞや驚いたことだろう。

「それが……どうして今度は強壮剤なんですか?」

 サリサは呆れてため息をついた。

「それが……リリィさんと一緒になったとたん、だめになっちまったんだ」

 しょぼんとして、カシュが呟いた。

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