青の手紙・5


 最高神官サリサ・メル様


 我故郷の嘆願の言葉に慈悲の心で接していただけまして、ありがたき幸せに思います。

 ですが、私エリザは今一度、霊山に戻るまでの間、この嘆願書をサリサ様にお預かり願いたく思います。

 私は、まだ巫女姫としての責務を全うしておりません。今、故郷に帰ることは、悔いを残すこととなります。

 シェール様がお許しになるのであれば、そしてサリサ様が望まれるのであれば、どうぞ私にお時間をください。

 温情を無にするわがままをお許しください。


 エリザ




 動揺を誰にも悟られぬよう、人知れず、マール・ヴェールの祠で風に煽られながら、サリサは封筒を開けていた。

 封筒は、思ったよりも厚みがあって、それだけでも驚いたのだが、中から嘆願書が出てきたときには、さらに驚いた。

 てっきり、お暇告げの挨拶が入っていると思っていたのに。

 うれしい……を通り越して動揺していた。

 彼女が、祈り所の生活に耐え切れず、死をも考えた……というのは、サリサの思い違いだったのだろうか?

 霊山の束縛から逃れて自由になりたいと望んでいると思ったのは、勘違いだったのだろうか?

 短すぎる手紙には、サリサに対する思いは何も書かれてはいない。だが、彼女は故郷に帰ることよりも、サリサのもとに戻ることを選んだのだ。

 それは、紛れもない事実である。


 あと一年したら……。

 エリザは戻ってくるのだ。

 それは、無理強いなどではない。

 彼女の意思で……なのだ。

 これほど、うれしいことはない。

 

 サリサは、そそくさと嘆願書をしまいこむと、しばらく風に吹かれてぼうっとしていた。

 風が散々髪をもてあそぶが、気にしなかった。

 青い空の下、ムテの平和な村々が広がっている。その頂点にあたるこの山に、サリサはいた。

 ほろり……と涙がこぼれた。

 それも、一度ではなく何度もである。

 が、彼はぬぐうことなく、風が乾かすままにした。


 嘆願書の最後、エオルの署名がなくなっていた――

 それは重大なことであったが、サリサは気がつかなかった。




=青の手紙/終わり=

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