青の手紙・4



 親愛なるエリザ。

 

 おまえが泣いているのでは? と思って、いつも心配でたまりませんでした。

 でも、『祈りの儀式』で立派だったおまえの話を村の者に聞きました。堂々としていて美しかったと。誇らしいです。

 いつも私の後ろで泣いてばかりの弱虫のおまえが、厳しい仕事に堪えてがんばっていると知って、うれしく思います。

 おまえは、私がおもっているよりも、ずっと大人になったんだね? その姿を見たかった。お母さんにも見せたかった。お父さんにも。

 この嘆願書を見て、利口なおまえは気がついたかもしれない。

 お父さんは、確かに体調を崩しています。祈りの儀式に行けなかったほどに。長い病ですが、心配は要りません。

 私は結婚しました。

 私にはもったいないほどの素晴らしい妻です。彼女と一緒に、お父さんを看ています。安心しなさい。お父さんは大丈夫です。

 おまえが帰ってくるまでは、癒しの巫女殿もこの地に留まってくれると約束してくれています。

 だから、心置きなくやるべきことをやり遂げて、戻ってきてほしい。

 確かに嘆願どおり、誰もがおまえの帰りを待っています。

 でも、一度戻ってきたならば、二度とこの使命は訪れない。逃げてしまえば、もう取り戻せはしないのです。

 よく考えて、やり残したことはないのか、自分の心に聞いてみなさい。

 まずは、自分の気持ちを優先しなさい。村は、いつでもおまえを待っていて、消えることはないのですから。

 闇は我々にとっては苦痛です。

 でも、闇を恐れてはいけない。闇を知るからこそ、光の恩恵はあるのです。

 おまえが成そうとしていることは、おまえを大事に思っている御方にとっても、重要なことだと思っています。

 だから、私たちはおまえをいつまでも待てます。

 来年こそは、お父さんと妻を連れて、巫女姫の行進を見に行くことができるでしょう。

 でも、もしも本当に辛くて耐え切れなくて我慢がならないなら、今の使命がおまえに重すぎるのならば。最高神官の側にいることが、おまえ本来の希望だと思っている私の勘が、間違いであれば。

 この嘆願書をたよりに戻っておいで。

 いつでも誰であっても、おまえは私のかわいい妹なのだから。

 そして、私はいつでもいつまでもおまえの兄なのです。


 愛を込めて。



『エオル』

 という最後の署名だけは、黒い通常のインクで大きく書かれていた。

 エリザは、ぽろぽろと涙を手紙に落とした。

 ハリの樹液の青い文字は、涙なんかでにじみはしない。手紙を何度も読み直した。

 今まで何も情報がなくて、エリザは心配でたまらなかった。

 家族のことで、巫女姫に届けられたことといえば、母が旅立ったことだけだった。

 確かに不幸はあったけれど、幸せもあったのだ。

 兄が結婚したことも、エリザは知らなかった。

 生真面目な兄のこと、手紙には短くしか触れられてはいないが、『もったいないほど素晴らしい』なんて、思わず笑えてしまう。


 ――どんな顔をして、この一言を書いたのかしら?


 それに、父が旅立ってしまったわけではなかったのだ。

 兄と彼の大事な人が、父を介護している様子が頭に浮かんで、エリザはほっとした。

 もしも父の病が深刻ならば、兄はきっと伏せてしまう。そういう兄だ。

 最愛の父のことは心配ではあるが、はっきりと教えられたことでかえって気が楽になった。

 祈りの儀式に家族が来なかったことも、これで納得ができた。嘆願書に父の名前がないことも、おそらく体調のせいで集会に出られなかったのだ、とわかった。

 家族に抱いていた不安のすべてが、エリザの心から消えていった。


 エリザは、エオルの手紙の部分を切り取って、嘆願書をしまった。

 青の手紙は、別の封筒に収めて胸元に押し込めてしまった。


「光は恩恵です。でも、闇は死ではありません。休息なのです。体を休め、また再び歩むために必要な、やはり恩恵なのですよ」


 そう教えてくれたのは、一体誰であっただろうか? エリザには思い出せない。

 確かに、エリザは闇が怖い。この祈り所の空気には堪えることができない。

 でも、もっと確かなのは、今、ここを飛び出してしまったら、祈り所も霊山も、エリザにとってはただの苦痛と挫折の象徴にしかならない、ということだ。


 ――新しく光の中に羽ばたくには、どうしたらいいの?


 エリザは、蝋燭の光を吹き消した。

 今は休むときなのだ。

 すぐにも帰って、兄や父に会いたい気持ちにはかわりがない。でも、エリザはもう少しだけ考えたいと思った。

 闇に身も心も沈めて、ゆっくりと自分を見つめて……。

 

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