冬恋・6
男たちが、おまえいったいなにやっていたんだよ……などと、仲間を小突きながら消え去ったあとも、カシュは不思議そうにサリサを見ていた。
サリサが見つめ返すと、カシュは照れたのか視線をそらせた。
「いや、あの……すまん。あの、けがはなかったか?」
「けが? 私は何もされていませんよ」
サリサがさらりと答えると、カシュはもう一度ちらりとサリサのほうを見て、うつむいた。
「いや、あのでも……その、髪……」
「あ? ああ……」
……そういえば。
サリサの長い髪は、まるで押し倒されて乱暴されたかのように乱れていた。カシュが誤解しても不思議ではない。
「これは、風とあなたの馬の仕業です」
サリサはそう言うと手櫛で髪を整え、顎の辺りまで落ちていた髪飾りで前髪を止めた。
その仕草が色っぽく見えたのだろうか? それとも、先ほどの演説が恥ずかしく思えているのだろうか? カシュはなぜかもじもじとしている。
男盛りで独身、しかもムテには娼婦もいないとなれば、リューマ族には辛いだろう。強壮作用のある薬湯なしでは、月に一度の行為でもきついムテ人とは大違いなのだ。
リリィに口づけしただけで押し留めたということは、この男にとってはかなりの忍耐かもしれない。
「私が女に見えますか?」
サリサはついおかしくなって、からかうように聞いた。
「や、いや! そそそそんなことは!」
真っ赤になってカシュは叫んだ。
どうやらこの男、いい歳をして――といっても、サリサよりははるか年下の40歳くらいかと思われるのだが――かなり純情のようだ。
「では、男に見えています?」
ふと腕に触れて聞くと、カシュは跳ね上がって返事をした。
「み、見えてる、見えてる!」
くすくすっとサリサは笑った。
「では……男同士、腹を割って話でもしましょうか?」
カシュの部屋は、あまりセンスのよい感じではなかった。
やや成金趣味のチグハグな絵が飾られている。だが、元々が倹約家で堅実なのだろう、灯された蝋燭は安物でちょっと臭いがきつい。
一見立派そうに見えれば……ということなのだろうか? ゴテゴテと飾りがついているテーブルも合板であり、張り合わされた板には穴さえ開いていた。
軋む椅子に腰掛けると、カシュは二つ出したグラスに酒を注いだ。
「いただきます」
と、今度は酒に口をつけたが、あまりの安っぽさにそれ以上は飲めなかった。カシュのほうは、というと、やはりぐぐぐ……と飲み干した。
「さっきはすまねぇ、説教しちまって」
「いいんですよ。私も同じ気持ちです。好きな人の幸せを願うのは当然のことです」
好き、という言葉を聞いて、カシュはびくんと頭を上げた。
「と、とんでもねぇ! 俺がリリィさんを好きだなんて、そんな! リリィさんは、あんたが幸せにしてくれないと!」
全然誤解は解けていないらしい。
「あのですねぇ、私には別に心に決めた人がいるんです」
「な、なんと! じゃあ、リリィさんは片思いか!」
バタンと立ち上がるカシュ。この誤解はかなり深い。
「いいえ、私とリリィは……なんというか、先生と教え子のような関係なんです」
「リリィさんって先生なのか?」
「いえ、私が……です」
カシュはまじまじとサリサの顔を見た。そして、へなへなと椅子に座り込んだ。
「はぁ。そうだった。あんたら『銀のムテ人』様だった……」
見かけと実年齢は全く違うのが、ムテである。
若者に見えるサリサであっても、実年齢は百八歳。三十年後もたいした変わらない。カシュとは同じ年齢にはならない。
カシュは虚しいため息をついた。
「どんなにがんばってみたところで、ムテにはなれネェ……」
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