フィニエル戦記・3
サリサ様の態度が急変したのは、祈りの儀式の後のことである。
その年、儀式は一の村で行われた。
サラが巫女姫として華々しい行進をした。儀式の間中、負けじとミキアが最高神官の横に居座った。それは、子をなした巫女姫としては当然の位置だったのだが、対抗するようにサラがびったりと寄り添っていたらしい。
儀式の間中、バリバリと戦闘状態だったのでは? と危惧したが、はるばる遠路をシェールも子を連れて参列したため、二人は表面上とても仲良く振舞ったということだ。
傍目には、何も問題のない儀式だったという。
しかし、その日以来、サリサ様はふさぎこんでしまい、食事も巫女姫たちとは一緒にとらなくなってしまった。
まるで、マサ・メル様にでもなったように、自室に篭ってしまうようになり、二人の巫女姫を落ち込ませた。
それが霊山本来の姿とはいえ、今まで仲良くにこやかに過ごしてきたのだから、そういうものだと信じ込んでいた二人には衝撃だったようだ。
本来、母屋では食事を取らないはずの子を産んだ巫女ミキアも、やがて自室で食事をとるようになってしまった。長い霊山の歴史が戻ったように、サラが仕え人とともに食事をとる日々が続く。
サリサ様も、ほとんど顔を現さないで、自室か祠に篭る毎日。まさに、マサ・メル様と同じ日々を過ごしている。
私とも、無駄話はひとつもしない。二人きりの時ですら、何も、だ。
伝統の霊山に戻ったのだ。
私にとっては居心地がいい……はずなのだが、どうも気が落ち着かない。
季節は冷たい冬になった。
雪の朝、ミキアは子供を抱いて山を下っていった。
祈り所に篭る巫女姫ならば迎えがくる。しかし、癒しの巫女として山を降り、永久に霊山に戻らない女には迎えは来ないのだ。送ってゆくものもほとんどいない。
最高神官を朝の祈りに送り出した後、私とリュシュだけが彼女を見送った。
ミキアは悲しそうだった。
雪はやや吹雪きそうな気配である。彼女は、エリザ様が山下りする時に、最高神官が祈りを中断して見送ったという話を知っている。だから、何度も振り向いた。
もしかしたら、サリサ様が見送ってくれるのでは? という希望が、彼女の中にあったのだと思う。
子供を抱きしめ、風から守りながらも、未練がましく彼女は山を見上げた。そして、ふと涙を浮かべた。
「最高神官と巫女姫は、所詮は制度で繋がっているだけのこと。何を期待なさっているのです?」
私は言った。ミキアは小さく呟いた。
「では……なぜ?」
その後は声にならない。
彼女はそのまま山を下り、霊山には戻らなかった。
あれだけ楽しく過ごしたのだ。
最後まで優しく接するのが責任だとは思わないのだろうか?
さすがに、ミキアの姿には同情した。
ミキアがいなくなってせいせいしているはずのサラも、逢瀬が夜だけ、しかもすることをしたら、さっさと部屋に戻ってしまう最高神官の態度に傷ついていた。
あのきかなくてわがままでどうしようもない女が、部屋で一人、すすり泣いている。日に日に顔色が悪くなる。
マサ・メル様は、元々そういう態度だった。だから、傷つく巫女姫など単なる子供としてバカにすればよかった。
だが、サリサ様の場合、ついこの間まで仲良く接していたのだ。これでは、有無を言わさぬ絶交ではないか?
何があったのだろう? と、考えた結果……私はとんでもないことを想像してしまった。
夕の祈りの行で、ついにサラが倒れてしまった。
霊山上げての大騒動になり、医師や癒しの者が母屋をばたばたと駆け回った。
しかし、サリサ様は自室からぼうっと外を眺めているだけである。今までのサリサ様ならば、サラがミキアにやきもちをやいて自分で切ったのだろうと思われる手の傷さえも、お見舞いに行っていたくせに。
窓から見えるはずの巫女姫の母屋は、ミキアが執念で建てさせた子育て小屋に邪魔されて見えない。
「なぜ、私が見舞いなどする必要があるのです? そんなに心配ならば、フィニエル、代理で行ってください」
本当にサリサ様はマサ・メル様になったようだ。私は胸に手を当てて敬意を示し、サラの見舞いへと向かった。
サラが倒れた理由は、単に体調不良だった。
ついでに妊娠が明らかになった。冷たくあたっても、ちゃんとすることはしているところも、まるでマサ・メル様の態度である。
エリザ様の例もあるので再確認のため、一ヵ月様子をみるが、そうなれば、春の一番よいころに新しい巫女姫を選ぶことになるだろう。
「……これが、新しい候補者名簿です」
私が差し出した名簿を、サリサ様はちらっと見て、すぐに机の上に置いた。
「エリザの名がない」
「あたりまえです。あの方が巫女姫の資格を得るには、あと一年あるのですから」
何を言い出すのやら……である。
だが、サリサ様はかなり本気だったのだ。
「エリザを霊山に戻します」
机に乗せたに手がかすかに震えている。サリサ様は動揺している。
私は、自分の予想に確信を持った。
「エリザ様にお会いになったのですね?」
それは、正解だったのだ。
机がカタカタいい出すほど、サリサ様は震えていた。
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