フィニエル戦記・4


 秋の祈りの儀式。

 それは、一の村の祈り所で行われた。

 巫女姫は二夜、最高神官は一夜、祈り所の地下に泊まるのだ。もしも、エリザ様が一の村の祈り所にいたとしたら? それをどうしてサリサ様が気がついたのかはわからないが、会いに行くことは充分に考えられえる。

 ましてや、大満月の力が満ちた夜だ。最高神官の力で、誰にも悟られずに彼女と密会したにちがいない。


 サリサ様は激しく動揺していて、倒れるのでは? と思うほどだった。

「私がこの三年間、楽しく過ごしていた間、あの人は……」

 その先は言葉にならない。

 祈り所の生活が過酷なのは、誰よりも長くあの場所で過ごした私がよく知っている。サリサ様にも、充分にそのことはお伝えしてきたはず。

 何を、今更……である。

 サリサ様は、その事実を突きつけられた。

 この数ヶ月の落ち込みは、やはりそんなところだったのだ。

 しかし、サリサ様に同情する余地はない。

 はっきり言わせてもらえば、サリサ様の明るく楽しい三年間と、祈り所の暗く苦しいエリザ様の生活を比較するほうがおこがましい。

「エリザ様には耐え切れぬ場所だと、私は申し上げました」

「だから、早く助け出さなければ! あの人は死んでしまう!」

 ……呆れた。

 自分で押し込めておいて、この男は何を言い出すことだろう? 

 その結果を悔いて、ここ数ヶ月、祈り所に篭ったような気分で過ごしたとでも言うのだろうか?

 実に甘い。甘すぎる男である。

「それがあなたの選択です。仕方がないでしょう?」

 くう……と情けない声を漏らし、彼はついに泣き崩れてしまった。

 よほど、エリザ様はひどい状態だったのだろう。

 彼女の弱さから考えると、本当に死にかけていたとしてもおかしくはない。

「……夢で……見たとおりでした。こんな……」

 困ったお人だ。

 仕方がないから、私はサリサ様の横にしゃがみこみ、よしよし……と、肩を抱いてやるしかなかった。

「あの人は……絶望していて……。私が何をしても、何を言っても、だめだった。できたことといえば、霊山に戻る前、窓辺に花を捧げたくらいで……」

 全く。

 もっとまともなことは考えつかないものなのか?

 私は、一の村の祈り所の巫女姫の部屋を思い返してみた。

 祈り所の高窓に花なんて置いたって、そんなもの、誰も気がつくわけがないだろう。何の慰めにもなっていない。ドライフラワーになるだけだ。

「サリサ様、選択を悔やんではなりません。あなたは、エリザ様を失いたくはなかったから、この道を選んだ。今になって修正することはできないのです」

 まったく小さな少年に戻って、サリサ様は泣き続けた。図体は大きくなったが、中味はてんでお子様だから本当に困ってしまう。

「今は悔やむときではありません。それよりも、なすべきことをなす時です」

「何をすればいいのか……わからない……」

 私は、ぎゅっとサリサ様を抱きしめた。

「まずは、泣き虫をおやめなさい」

 世話がやける。

 ……。

 ……。

 まぁ、仕方がない。

 もしも、私がマサ・メル様の子を産んだとしたら、やはりこんな感じだったかもしれない。

 そう思うと、こんな甘ったれたどうしようもない最高神官であっても、私が面倒を見てあげるしかない。


  

 人の心とは不思議なもの。

 マサ・メル様のように、誰も愛さなければ何も争いは起こらない。

 サリサ・メル様のように、誰にでも好意を振りまけば争いになる。

 距離を保つこと・心を秘めておくこと……は、本当に大事なことだと思う。霊山の節度は、固く守られるべきである。

 だがそれは、サリサ様には似合わないかもしれない。

 ああは言ったものの、サリサ様の甘えっ子が直ってしまったら、私は寂しいと思う気がする。

 たまに「フィニエルぅー」と、頼ってもらえたほうが、彼らしくていいような気がしてきた。

 何せ、彼が『マサ・メル風』だった数ヶ月は、確かに戦闘は収まっていたが、活気も何もかもなかったのだから。

 すべては死に絶えたような、静かな時間だけが流れた。


 エリザ様のことはとても心配ではあるが、私の場合、今に始まった心配ではない。彼女が山を降りたときから、こうなることはわかっていた。

 でも、私もシェールも他の巫女姫も、その苦しみを乗り越えて今に至っている。

 エリザ様も、きっとどうにか乗り越えてくれるだろうと、願うしかないのだ。


 この寒い冬にあって、サリサ様はマール・ヴェールの祠にて、祈りの行を執り行うことにした。わずかな乾パンだけで一ヵ月過ごす過酷な行である。

 それは、彼が望んだことだ。

 べそべそ泣いたところで、エリザ様がどうにかなるわけではない。サリサ様が楽しく過ごそうが苦しんで過ごそうが、何も変わることはない。

 ならば、自分が納得できることをすべきなのだ。

 冷気にあたって頭がさえて、甘ったれた根性が改善されるならば、それはそれでいいことだと、私は思う。

 本当はこっそり何処へ行ったのか、なんて、私の知ったことではない。




=フィニエル戦記/終わり=

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