巫女姫シェール・8
その夜、サリサはこっそりと外出した。
黒い衣に身を包み、誰にも見つからないように……。しかし、心病で気が敏感になっているシェールにはばれたらしく、彼女は門の前で待ち伏せしていた。
「いよいよ、決心がついたのね? がんばってねー!」
サリサは苦笑した。
どうも彼女は……自分がエリザと駆け落ちするのだと思っているようだ。
力を使わずに山道を降りてゆく。
満月の夜は、祈りの夜である。
霊山に一番近い一の村は、サリサの出身地でもある。サリサにとっては庭のようなところだが、エリザには気の毒な場所でもある。
なぜならば、三つの村の祈り所の中で、一番陰湿な場所でもあるからだ。
月の明かりに照らされても、真っ黒なマントを羽織ったサリサは銀の光すら漏らさない。
誰もこの姿を見て最高神官だとは思わないだろう。ただ一人の巡礼者にしか見えない。
細い街の道を抜けて広場に出る。
コンコンと湧き出した水で手を洗い、身を清める。ムテの一般人と同じ方法で、祈り所に向かう。
ひんやりとした階段。その下に地下室があり、どこかにエリザがいるはずだ。
光が届かないように、サリサの姿もエリザには届かない。
地下に続く換気口のような小さな窓に、霊山で摘んだ小さな花を添える。それも、エリザには届かないだろう。
小さな蝋燭に火だけをつけて、闇の中で人々は祈る。
そういえば、エリザと一緒にここにも来た……とサリサは思い出した。
あの時、エリザは力を制御できずに、自分でもわからない状態で、マリを意識不明に引き込んでいた。
あのようなことは、エリザだけに起こることではないのだ。最高神官である自分でさえ、似たようなことをやらかしている。
多くの人々に混じって、サリサも床に膝をつき、ひたすら祈る。
ここに来る人の祈りは、悲しいことが多い。
誰かに頼りたいほどに、一人では耐え切れないほどに……悲しい。
エリザへ……。
私の選択を許してください。
ムテ人は誰しもが心を病むのです。
その心の支えになること。
最高神官であること。
それが、私の願いです。
私はあなたを連れて逃げることはできません。
きっとあなたも、人の希望を繋ぐ最高神官である私を望むでしょう。
人々の苦しみから逃げだす男を、あなたは望まないでしょう。
あなたは、人の不幸に耐え切れない人だから。
私がやるべきことを、教えてくれたのはあなただから。
二度と、心病になど負けはしない。
そして二度と――
私のわがままで、あなたを不幸にはしません。
=巫女姫シェール/終わり=
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