第2話 引きこもり勇者
元の世界の元の時間に俺は戻っていた。
イケメンだった顔も元の不細工顔に戻っていた。
あれだけ鍛えあげたはずの肉体も元のガリガリで貧弱な体に戻っていた。
まるでむこうでの三年間が夢であったかのように。
しかし、俺の右手には次元転移石がしっかりと握りしめられていた。
あの世界での出来事は決して夢なんかではない。
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あれから一年がたった。
今年で十五歳なのだが俺は学校に通っていない。
元の世界に帰った俺は、人間不信でひきこもりになっていたのだ。
あの時のことがトラウマで、今でも他人と上手く付き合うことができないせいだ。
特に母親以外の女性が近くにいると、あの時の怒りと悲しみを思い出してしまって自分ではどうしようもなくなる時があるのだ。
いや、ごまかすのはやめよう。
確かに裏切られたトラウマも大きい。
しかしそれ以上に、強大な力を失った喪失感でどうしようもないのだ。
向こうの世界ではイケメンでなんでも出来た自分。
それと比較して、こちらの世界に戻ってからは何もかもが人並み以下。
その落差にとても耐えられなかったのだ。
だから俺は引きこもりになった。
その結果、元々夫婦仲の悪かった両親は離婚した。
離婚の決定打になったのが俺が引きこもりになったことなのは間違いない。
本当に両親には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
しかし、情けないことだがこの無力感は自分でもどうしようもないのだ。
そうして、俺は母親に引き取られ、鈴木一郎から佐藤一郎になった。
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今日も今日とて、いつものように引きこもっていた。
天気はいいようだが俺には関係ない。
朝好きなだけ寝られるのは、引きこもりの特権だ。
そして今日もいつものようにその特権を思う存分行使していた。
しかし、せっかく気持ちよく寝ていたのに、我が家の裏にある公園でリア充どもが騒いでいるせいで目が覚めてしまった。
この公園、夏の夜にもなると暗闇のそこらじゅうから何かの鳴き声が聞こえてきてうるさいのだが今はそんな時間帯ではない。
まあ近いうちに、鳴き声対策に暗視装置でも買おうかと思っているのだが……。
今はそれは関係ないが、とにかく最悪な目覚めだ。
何が「いーくんが私の作ったお弁当だけ食べてくれない……。茜ちゃんばっかりずるい」だ。
でかい声で喋りやがって。
うるさくて、二度寝することも出来ないじゃないか。
しかたがないので俺はいつものように電源を入れっぱなしのPCの前に座る。
お気に入りのネット小説を読もうとしたのだ。
その時。
一瞬視界が歪むような感覚がした。
そして、視界がドンドン白く染まっていく。
これは……この感覚は……ッ!
思い出すだけで忌々しいこの感覚はッ!!
まさかッ!!!
俺はとっさに机の中から次元転移石を取り出して握りしめた。
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気付いた時には、あの場所に横たわっていた。
見覚えのある、あの場所。
一度目の召喚の時にも最初に来た場所。
あのクソッタレな国の召喚の間だ。
体中にあの頃の魔力が戻ってくるのを感じる。
ほんの一年ぶりのはずなのに、随分と懐かしい感覚だ。
もしかしたら顔もイケメンに戻っているのかと期待して、近くに掛けてあった鏡を見る。
だが、残念ながらそこに映っていたのは元の世界の俺だった。
いや正確には、長い引きこもり生活のせいで丸々と肥え、不細工に数段磨きがかかった俺の顔だった。
しかし、勇者だった頃の力が戻ってきたのも間違いない。
「ここはどこだ?」
声がする方をみれば、日本人らしき人間が三人ほどいる。
どうやら今回は複数召喚らしい。
「見たことのない場所……」
「ちょっと、ここどこよ!」
男が一人、女が二人だ。
リア充っぽいイケメンと、結構可愛い女の子が二人だ。
三人の仕草や表情、それに距離の取り方から考えて奴らは知り合い――いや、もっと親しい間柄なんだろう。
「ようこそコマ王国へ、勇者様」
そういえば前回の時も最初はこのセリフだったな。
俺は初めて召喚された時のことを思い出した。
あの時は糞女がこのセリフを言ったんだっけ。
とりあえず声のした方を向いてみると、いつの間にか女が立っていた。
どことなくあの糞女を思い出させるようなムカつく顔だ。
あの糞女のことを思い出し、腸が煮えくり返ってきた。
思わず絶叫したくなるほどの怒りに、体中が支配されそうになる。
しかし、かなり似ているが別人だ。
俺はなんとか理性で激情を抑えこむ。
もし、あの糞女や糞結界士が生きているとすれば、ここは敵国の真っ只中。
冷静に対処しなければ、こっちがやられる。
前回やられた時のような油断は決してしてはならない。
決して。
「コマ王国ってなんだよ? 地球のどこだよ? それにお前は誰だ? 今日は何年の何月何日の何曜日なんだ?」
俺は混乱した風を装い、早口でまくしたてた。
もちろん本当に聞きたかったことは今日の日付だけで、他はどうでもいい。
俺が向こうの世界に戻った時のことを考えれば、こちらとあちらでは時間の流れが違うのは明らかなので、もしかしたら過去の可能性もある。
「落ち着いてください。コマ王国は地球とは別世界にあります。私はキム。この国の第一王女です」
あの糞女と同じ名前か。
そういえば、ここの王家の長女はキムという名を代々引き継ぐという話を聞いたことがある。
紛らわしいから、こいつは糞女二号でいいや。
「そして今日は王国歴235年の6月4日、土曜日です」
王国歴235年だと?
俺が殺されそうになった日が王国歴の220年だから、あれから十五年後じゃないか!
それに十五年後なら、あの糞どもがまだ生きている可能性は高い。
つまり……復讐ができるッ!!
俺は怒りと喜びで全身が震えてきた。
「そんなことより俺達を家に帰してください」
「そうよ。あなた達がやったことは犯罪よ!」
他の勇者たちが非難の声を上げた。
しかし、明確な意志を持って犯罪を行った者に『それは犯罪だ』なんて言っても意味はないのにな。
こいつらのあまりの危機感のなさに、怒りが吹っ飛んで思わず笑いがこみ上げてくる。
「も、申し訳ありません、勇者様。しかし、国を魔族に蹂躙されて滅亡の危機に瀕している私達には勇者様にお縋りするしか方法がなかったのです」
前回の時と一字一句まで同じだ。
恐らくマニュアルのようなものがあるんだろうな。
糞がッ!
せっかく収まっていた怒りが再び湧いてきた。
つい感情的になり大声をあげそうになるが、なんとか抑える。
「もう一度言います。そんなことより俺達を家に帰してください」
イケメンのそのセリフに、糞女二号は激しく泣きだした。
冷静になって観察すると、泣き方が酷くわざとらしい。
もう少し演技指導を受けるべきだろう。
「も、もうじわげ……ありまぜん。う……う……。お、お話だけでも聞いていただけないでしょうか」
でた。
泣き落とし。
前回と全く同じ展開だ。
本当に嫌になる。
思わず目の前の糞女二号を殺したいほど嫌になる。
「わかった、わかりましたよ。話だけは聞きます」
うわ、このイケメンちょろすぎ。
女の涙に弱すぎだろ。
……。
前回の俺もあのクソッタレ共に同じように思われて影で馬鹿にされていたんだろうな……。
糞ッ!
本当に腸が煮えくり返ってくる。
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説明は前回と全く同じだった。
本当にマニュアルが存在するのだろう。
突如、魔王軍がこの国に侵略の魔の手を伸ばしてきたなどと、抜け抜けと言っている。
そして、どれほど魔王軍が残虐で、どれほど自分たちが追い詰められているかを涙ながらに訴えてきやがる。
もちろん全部つくり話だ。
逆に、魔族に奇襲をかけて攻め込んだことや和平会議の場で魔王をだまし討ちで殺したことなど、糞共が行った非道なことには一切触れていない。
完全に被害者気取りでいやがる。
クソッタレめ。
冷静に判断すれば怪しいとわかるはずなのに、前回の俺はコロッと騙されてしまった。
しかし、その後色々あって魔王と俺は意気投合し話し合いをすることになる。
クソッタレ共にしてみればあれは想定外の事だったはずだ。
その魔王との話し合いで実際には王国側が先に奇襲攻撃を仕掛けて侵攻した事実を知ることになった。
しかし、当時の愚かな俺は、あの糞女の「守備隊長が暴走して勝手にやったことなの。魔族には申し訳ないことをしてしまった」という言葉を信じて疑わなかった。
今にして思えばあれも嘘だったのだろう。
「酷い……」
「そんな、あんまりよ」
「確かに酷すぎますね」
こいつら三人もあっさりと騙されたようだ。
「ああ、酷いな」
俺も騙されたふりをする。
本当はこんなことは言いたくはないのだが、反抗的な態度をとったり興味なさげな態度を取るのはまだ不味い。
ここは敵の王城内部。
あのクソッタレな結界士が術を仕込んでいる可能性は非常に高い。
お互いに事前の準備なしで戦ったのならあいつに負けるつもりは毛頭ないが、もし事前に大量の生贄を使った結界術を仕込まれていた場合、俺の勝ち目は極端に薄くなる。
悔しいが、今は我慢のしどころだ。
「勇者様。どうかお力をお貸しください。そのお力で我らをお救いください」
糞女二号がここぞとばかりに押してくる。
「しかし、俺達は普通の高校生です。あなた達を助ける力なんて……」
「あなた方の力の件に関しては我が父が伝えます。どうか、一度我が父に会っていただけませんか?」
そして、糞女二号は一瞬間を置き、こう言いやがった。
「我が父イーサンは国の行く末を案じて酷く悩んでいます。ぜひともお願いします」
あの糞結界士がこの国の王だとッ!
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