先代勇者は使用済みパンツが欲しい~パンツの価値は誰がどのように履いたかで決まる~
寺垣薫
序章 勇者編
第1話 裏切られた勇者
広大な草原のど真ん中に急遽建てられた大きなテント。
今日ここで、王国と魔族の和平会談が行われる。
ここまで本当に長かった。
この世界に勇者として召喚されて早三年。
四人の仲間たちと共に過ごした日々が次々とまぶたに浮かんできた。
分け隔てない優しさを見せる王女のキム。
彼女の強力な攻撃魔法で絶体絶命の危機を乗り越えたのは一度や二度ではない。
公爵家の跡取りで自称『世界最強の男』イーサン。
彼の結界魔法は準備が終わるまで非常に長い時間がかかるのが欠点だが、その威力は世界最強の名に恥じない。
王家の剣術指南役で剣の腕は王国随一のユーイン。
結局、三年間一度も彼に剣で勝つことは出来なかった。
冒険者ギルドのギルド長で格闘も回復魔法も超一流のギーシュ。
彼の回復魔法があるから安心して戦ってこれた。
そんな仲間たちと力を合わせて戦って、戦って、戦って、それでも戦えたからまだ戦って……。
そうして戦い抜いた結果が今日ようやく実を結ぶ。
平和を愛する国王の『人間と魔族が手を取り合って暮らしていけるような国にしたい』という望みをついに叶えることができるのだ。
---
「お待ちしておりましたイチロー様。他の方々は既にテントの中でお待ちです」
テントの前でキムが待っていた。
彼女は俺を支えてくれたパーティーメンバーであり、俺の婚約者でもある。
まあ、明日正式に婚約を発表するので今はまだ婚約予定の段階だけどね。
まだ婚約前なので今日まで彼女とは清い交際だったが、明日からは爛れた関係になることを彼女も了承している。
日本でボッチだった俺が本物の王女と結婚できるなんて夢のようだ。
これも、召喚された途端になぜか身体能力だけでなく顔までハイスペックになったおかげかもしれない。
元の世界にいた頃はかなりの不細工だったことが嘘のようだ。
肉体改変というやつだろうか。
勇者召喚は本当に凄いぜ。
「キム、風邪はもういいの?」
「はい、おかげさまですっかり良くなりました」
彼女は少し前に風邪をひいて部屋に引きこもっていた。
吐き気が酷いと言っていたから、たぶん胃腸風邪だろう。
この世界では、病気も治癒魔法で治すことができる。
しかし、命に関わらない――例えば軽い風邪のような場合、にはできるだけ自然治癒で治すのがいいとされている。
あまり治癒魔法に頼りすぎると、肉体が貧弱になってしまうらしいのだ。
「さあ一緒に入ろうか」
キム王女と一緒にテントの中へ入る。
中にいるのは国王、魔王と俺のパーティーメンバーだけだ。
ちなみに、両陣営の護衛はテントから北と南に1kmほど離れた所に待機している。
文字通りトップ同士の膝詰め交渉だ。
「遅かったではないか、イチロー」
魔王が俺に話しかけてきた。
この魔王さまとは、一度戦って引き分けたことがある。
五対一で戦ったのだが、本当にギリギリでなんとか引き分けに持ち込めたのだ。
一対一では絶対に勝てる気がしない。
しかし、なぜかそれ以来、魔王は俺のことを非常に高く買ってくれている。
戦った相手と友情を感じるなんて、昔の少年漫画の登場人物のような魔王さまだ。
俺もこういうタイプは嫌いではない。
ただ、自分の娘と俺をくっつけようとするのだけはやめてほしい。
俺にはもう婚約者がいるのだから。
「では和平会談を始めようではないか」
国王が宣言する。
「よかろう。魔族としては、不可侵条約の締結をするならば国境線をこの戦いが始まる前の地点に戻す用意がある。もちろん賠償金はなしで構わん。但し、魔族領への奇襲を企てた者達の身柄の引き渡しだけは絶対に譲れぬ条件だ」
守備隊長の独断での暴走とはいえ、実際に先に仕掛けたのは王国側だ。
しかも、その後の魔族の反撃で王国は国土の三割近くを占領されている。
そんな現状を考えれば、魔族側がこれ以上ないほどに譲歩してくれたと言える。
それに、暴走して魔族領へ侵攻した守備隊長やその部下はすでに王国内で責任を問われて処刑済みなので、引き渡すのは暴走を支援した地方領主一人だけになるだろう。
これならば、王国側もすぐに応じてくれる――そんな風に思った。
しかし。
「話にならんな」
なぜか国王は拒否した。
魔王の表情が固まる。
拒否されるとは思っていなかったのだろう。
国王に考え直すように言おうとしたその時、国王はとんでもないことを言い出した。
「我が国としては、魔族の無条件降伏以外は一切認めない」
一瞬国王が何を言ったのか理解できなかった。
「なん……だと?」
魔王も理解できなかったようだ。
「もう一度言おう。魔族のような劣等種は、我らの奴隷の立場こそ、ふさわしい。すぐに無条件降伏せよ」
いくら交渉の基本が最初に無茶な要求をしてそこから妥協点を探していくことだとしても、この要求は無茶過ぎる。
全然フェアトレードじゃない。
まるで、国王には和平を願う気持ちなどないかのようだ。
そもそも、現状で不利なのは王国側である。
王国側が無条件降伏を要求するなんてありえない。
本当は今回の交渉では一切口をだすつもりはなかったのだけど、さすがに我慢しきれなかった。
「お待ちください。国王陛下。いくらなんでもその要求は理不尽過ぎます。ご再考を」
「イチローよ。魔族のような劣等種とこうして会談をしてやったことが最大限の譲歩だ。これ以上は譲れぬわ」
国王はあからさまにうんざりした表情で言った。
おかしい。
『人間と魔族が手を取り合って暮らしていけるような国にしたい』と俺に繰り返し語っていたのは国王自身ではないか。
しかし、今の国王の顔には魔族に対する差別主義者が浮かべるのと同じ嘲りが含まれていた。
まるで以前とは別人だとしか思えない。
「人間の王よ、それが遺言か。ならば、和平会談はこれまでだな。次に会う時がお前の命日だ」
魔王が席を立とうとしたその時。
「次に会う時だと? 存外魔王というのも甘いものよな」
国王は指を鳴らした。
その途端、テント内が結界に包まれる。
いや、正確には俺と魔王が結界に包まれたのだ。
「国王陛下! これはどういうことですか!」
「前から頭の悪い勇者だと思っていたが、こうまで察しが悪いのか……」
そう言うと国王はため息をついた。
「和平会談と偽って我らをおびき出した魔王は、卑劣にも会談の場で我らをだまし討ちにしようとした。しかし、勇者は自分の命を犠牲にしてなんとか魔王を倒すのだ。そして、亡き勇者の無念を晴らすために我が国は一丸となって、魔族を攻め滅ぼすであろう。魔王のいない魔族など恐れるに足りないからな」
国王が何を言っているのか理解できない。
「は?」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「だから安心して死ね」
国王の目は寒気がするほど冷たかった。
俺はこの段階でようやく気づいた。
自分が今まで国王に騙されていて、用済みになったからここで始末されようとしていることに。
「この程度の結界で我を止められると思ってか!」
一人で一万の王国軍を蹴散らしたこともある魔王。
その彼が力づくで結界を破壊しようとする。
「ぬぅん……ぬ?」
しかし、魔王がいくら力を加えても結界はびくともしなかった。
「無駄無駄無駄。世界最高の結界士であるこの僕が、魔族千匹を生贄として一年も掛けて作った自慢の結界だからね。例え、魔王や勇者といえども破れはしないよ。その上、結界内での転移魔法の類も使用できないようにしてあるから、脱出は不可能。まさに完璧な結界さ」
そう言ったのはさっきまで黙っていた、俺のパーティメンバーで結界士のイーサンだった。
「イーサンどうして?」
「前から君のことが気に入らなかったんだ。いくら演技とはいえ、キムが……僕の婚約者のキムが、演技とは言え君のような劣等種と仲良くしているのを黙って見ていなければならなかったんだからね。今までの僕の気持ちがわかるかい?」
「え?」
キムがイーサンの婚約者だって?
「イーサンよ。さも自分だけの手柄のように語っているが、討伐依頼を出して冒険者達に魔族千匹を集めさせたのはワシじゃぞ」
「もちろんわかっているよ、ギーシュ」
その言葉を聞いて魔王の目は怒りと悲しみで真っ赤に染まっていた。
「お前らが我が同胞を……。許さぬ! 許さぬ! 絶対に許さんぞ!!」
「ハハハ。許さないだって? それでどうするつもりなんだい? 魔王さんよ」
そんな魔王をイーサンが馬鹿にする。
「ぐぬぬぬぬ」
何が何だか分からない。
俺はただただ呆然として、俺の仲間(・・)と魔王のやり取りを眺めていた。
そんな俺に声を掛けてくる男がいた。
「全く呆れるほどの馬鹿だな、お前は」
俺のパーティメンバーで剣士のユーインだった。
「ユーイン、お前もなのか?」
「そういうことだ。別に裏切ったわけではない。元々こちら側だったというだけだ。悪く思うなよ」
それでも俺はまだ自分に起こったことが信じられなかった。
最後の望みを持って婚約者に話しかける。
「キム……。嘘だと言ってくれ」
「フン。汚らわしい。お前のような下賤のものに馴れ馴れしく名前を呼ばれる筋合いなど、もはやない!」
だが、その答えは想像以上に残酷なものだった。
どうしてこうなった?
俺はほんの五分前までは幸せの絶頂だったはずだ。
地位と名誉、そして可愛い婚約者、すべてを手に入れていたはずだった。
だが、全てが幻だった。
「イーサン、さっさとこんな奴殺しちゃってよ」
俺の婚約者が……。
いや、俺の元婚約者だったナニかが面倒くさそうにそう言った。
まるで、台所に出たゴキブリでも始末するかのように。
「キム、残念だけど、僕の結界は強力過ぎるのが欠点でね。内側から外に手を出せないのと同様に、外からも内側に手を出すことは出来ないんだ。まあ結界そのものが少しずつ小さくなっていくからこいつらが圧死することは確定なんだけどね」
「あとどれくらいかかるのよ?」
「ざっと二時間くらいかな」
「そんなに待っていられないわ。私帰る」
「俺も仕事は終わったようだし、先に帰らせてもらうぞ」
「依頼は達成した。今回の報酬が楽しみじゃわい」
こいつら俺の仲間だった奴らだよな?
どうしてこんな会話ができるんだ?
わからない。
わからない。
わからない。
「イーサンよ。後は任せる。先に帰っておるぞ」
「お任せください」
「イーサン、終わったらすぐに私のところに来てね」
「ああ、すぐに行くよ」
国王と俺の元仲間たちのやり取りが、どこか遠くで起こった出来事のように現実味のないまま俺の耳に響いてきていた。
---
一時間後。
色々と試してみたのだが結界を破壊することは出来なかった。
その間にも結界はどんどん小さくなっていき、今や俺と魔王は密着状態だ。
こんな暑苦しいおっさんと密着して死ぬなんて嫌すぎる。
どうせ死ぬなら、せめて美少女と密着状態で死にたかった。
「魔力の流れを探ってみたが、結界は地下から出ているようだ。恐らく地下に巨大な魔法陣を作りそこで我が同胞たちを生贄にしたのであろう。規模から考えて、かなり以前から計画されていたことだけは間違いないな」
さっきまでずっと無言だった魔王が小声で喋りだした。
無言だったのは放心していたからではなく、この結界を探っていたかららしい。
「色々やってはみたのだが、わかったのはそれだけだ。魔王などと呼ばれてはいても所詮我はこの程度なのか。自分の無力が恨めしい」
そもそも、魔王がこんなことになったのは俺が原因だ。
俺が国王に踊らされて魔王に和平をもちかけなければこんなことにはならなかったはずだ。
「人間側から和平を持ちかけたのに、こんな結末になってしまって本当に申し訳ありません」
俺はイーサンに恨みを込めた視線を送るが、イーサンは半分眠っていてそれに気づきもしない。
「お前が悪いわけではない、気にするな……。そんなことより、イチローよ。実は今日、お前に渡すものがあったのだ」
そう言うと魔王は懐から小さな石を取り出した。
「これは次元転移石と呼ばれる魔族の秘宝でな。我が祖先がこの地から魔界に帰るために作ったものだ。他の世界から来たものがこの石を使うと元の世界に戻ることができる。これを使えばお前は元の世界に帰れるはずだ」
「え?」
「我はお前が思っている以上にお前のことを高く評価している。我が一人娘を嫁に出しても惜しくはないほどにな。お前は我が娘のことをどう思っておる?」
「可愛い子だと思っています」
「なら、どうして嫁入りの話を断ったのだ?」
「それとこれとは話が別です!」
「なぜだ?」
「なぜって、レオナちゃんはまだ七歳じゃないですか!」
「年など黙っていても増えていくものだろうに」
「……」
さすがにそういう訳にもいかないだろう。
本人の意志というものは大事だ。
望んでいない結婚をしても、俺の両親のように冷えた関係になるだけだしな。
「まあいい。そんなことより今はこの次元転移石を黙って受け取れ。お前だけでもここを脱出するのだ」
「俺だけ逃げるなんて、そんなこと出来ません。なんとか二人で逃げる方法を探しましょう」
「それが無理なのはお前も知っているだろう」
確かに散々、転移魔法を使おうとしたり、結界を中和しようとしたり、魔法剣で結界を切り裂こうとしたり、色々試してみたのだが全部駄目だった。
それでも俺はこの気のいい魔王を犠牲にしてまで自分だけが生き残るなんて耐えられなかった。
「そろそろお別れの時間だ。我が魔法で結界内を焼きつくす。そうすればお前が次元転移石で元の世界に戻ったことにも気づかれないであろう」
「え? ちょっと待って下さい」
「ダメだ。待てぬ。他に方法がないことくらいわかっておろう。監視が寝ている今がチャンスなのだ」
「それでも! それでも俺は……、あなただけを犠牲に生き残ることなんて出来ない!」
「……我のことは心配するな。我は魔王ぞ。例え、この身がすべて灰になろうとも、すぐに復活してみせるわ」
「本当に? 本当に復活できるんですね?」
「もちろんだ。三十年……いや、二十年以内に必ず復活する。だから、そう心配するな」
魔王を倒すためにこの国に召喚され、この国のために戦い、そしてこの国に裏切られた俺。
そんな俺が、魔王に命がけで助けられ、そして励まされている。
なんて皮肉なことなんだ。
「そろそろ時間だ。さらばだ、イチロー」
「本当にありがとうございました」
魔王が放った魔法は一瞬で結界内を炎で満たす。
すさまじい爆発音と灼熱の炎に包まれながら俺は元の世界に転移した。
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