第10話 謎

その頃、ユウトは一人部屋でゆっくり眠っていた。しかし駐車場で車が止まっているのかエンジン音が耳について離れない。結局起きてしまった。

「うるせぇーな。」と一人言を言うと2Fの窓を開けて駐車場を見降ろした。ユウトの部屋は、駐車場の目の前にありよく見渡せる。

すると、車の前で浴衣姿の若い女性客とおぼしき二人が大勢の男たちに拉致されようとしているではないか。

一人の女は、気絶しているのかもしれない。身動きしていない。

もう一人の女は、必死に抵抗しているようだが多勢に無勢で男たちの間からは、獲物をしとめたような余裕の笑い声が漏れている。

しかも注意してみると、あれは美咲とマヤに違いない。ただごとではない。

(早く助けなければ、、110番するか。しかし間に合わないぞ。どうしたらいい。)

ユウトは苦悶した。焦燥感で冷や汗が出てくる。

その時、男たちの前に立ちふさがるような感じですっと不思議な白髪の老人が現れた。

男たちは、突然の出現にびっくりしたようだが、老人と見たのか見下したような笑い声が起こった。老人が何か話しているらしい。

「このじじぃー。」

男たちから怒号が飛んだ。誘拐の目撃者だ。やられてしまうかもしれない。

その時だった。老人は、マヤを捕まえている二人の男の手をひねり上げるとそのままマネキン人形でも投げるように5,6メートルほど上に放り投げた。

投げられた二人の男は、地面に叩きつけられた後、痛そうに手首を押さえている。どうも折れてしまったようだ。

信じられない力だ。怪力としか言いようがない。

次に男たちが老人に向かって飛びかかろうとして取り囲んだ。すると瞬間老人の姿がふっと目の前から消えた。

信じられない顔をして男たちが回りをきょろきょろして探している。

しかしもっと信じられないことが起こった。ばたばた男たちが倒れ始めた。あるものは苦痛に悲鳴を上げ、あるものは気絶しているのだろうか動けない。

いったん苦痛に悲鳴を上げたものも立ち上がれないようだ。四肢の骨が折れているのか脛の中間など関節以外のあり得ないところから曲がっている。

あっという間に男たち全員が地面に丸太のようになって転がっていた。

ここまで見ると、ユウトは、駐車場に向かって駆け出した。

早く二人を救出しなくてはならない。

マヤは、首を絞められ意識を失いそうになった時、幻のような人影をみた。

何だろうかわからないがその人影が、耳元でこう優しくつぶやくのを聞いた。

「よく一人で頑張っているね。でも無理はいけいないよ。」

そして首を絞めていた手が自分から離れるの感じた。

「お前ら、よくもやってくれたな。その身をもって報いを受けるがいい。」

と言い放った。男たちへの凄まじい怒りを感じる。

瞬間にその人影は、空気の壁を突き破るように動いて、瞬く間に敵を叩きつぶしていった。何者だろう。戦いが終わったらしい。

自分と美咲をそっと、止めてある車のボンネットに寝かせるやいなやその気配は消えた。山野と部下の和田が事件のあった駐車場にきていた。

ユウトの110番通報のあと、宮城県警が駆け付け、呉を含む総勢8名の犯人を収容した。逮捕したのではなく、収容したというのは、全員の腕と足の骨が4本ずつ全て内側に向かってへし折られていたため病院送りになったからである。

「いやぁー、山野さんの御心配していた通りになりましたが、何はともあれ3人が無事でよかったですね。しかし誰が8人もの犯人を病院送りにしたんでしょうね。しかもあれだけ痛めつけるんですか、ものすごい怒りをもっていたんでしょうな。」

「そうだな、目撃によれば、相手は一人だったといううんだから、相当のやつだ。全くこの事件は、謎が深まるばかりだな。」

「それにしても、美咲さんの方は別人格になって操られていたそうですが、何か引き金になるようなものがあったんですか。」

「それだよ、電話じゃなかったんだ。」

「何ですか。」

「彼女の奥歯に居場所を知らせる小型探知機とバイブレーターがインプラントされていたんだ。遠隔操作でバイブレーターが起動すると彼女は、催眠状態に入り別の人格になったいた。最近彼女の通院するクリニックの歯科医が脅迫されていて、治療の際仕組んだらしい。」

「恐ろしいことをしますね。四葉リサーチは。」

「そうだ。あいつらのやることは、普通じゃない。幸いに呉のやつの証言で所長の

青木の身柄も確保できた。これから東京に行って詳しく調べよう。」

東京での青木の取り調べで事件の全貌が明らかになった。四葉リサーチでは、やはり電子メディアを使用した洗脳技術の開発を行っていた。当初は、サブリミナル効果の開発の経緯と同様に製品を消費者にアピールするための技術として開発していたが、その効果を上げるための研究がエスカレートしていったのだ。

人の意識や記憶、人格までコントロールできることがわかるようになると研究目的そのものまでが変容して行った。

特に映像や音だけで人を操ることができれば、直接手を汚さずインターネットで世界中にいる人間を遠隔操作できる。

コストをかけずに選挙結果を左右することも可能になれば、その国の政権さえも左右できるようになる。

さらには、極めて簡単にテロリストを世界中どの地域でも養成することさえ可能になる。まさに悪魔の研究と言える。

美咲が最後まで命を狙われたのは計画の中心人物の一人だったからだ。彼女のずば抜けたデータ解析能力は、どういう要因をどのような組み合わせで使えば人を支配できるかという研究には欠かせなかったのだ。そして美咲からの情報漏洩を恐れた四葉リサーチは、美咲の中に隠れた別の人格を作ってその者に研究させたのである。四葉リサーチのxブースで研究しているときの美咲は、元の美咲とは反対に冷酷冷徹な研究者そのものだったということである。

事件後、心理学者、精神科医によるプロジェクトチームが組成され、美咲に対する集中治療が実施された。

幸い治療経過はよく、美咲は元に戻ることができた。

事件からしばらく経って、山野がマヤのところを訪れた。

「それにしても、今回は、僕の担当した事件でもこれほど背景の大きなものはなかったな。マヤさんがいなかったら絶対事件は解決していなかった。」

「事件は、新聞にも出ていなったんですが、結局はどうなったんですか。」

「あまりに危険な内容なので、政府が悪用されることを恐れて表にしていないのさ。警察にも圧力がかかってこの件は、記録にも残さないことになった。」

「あの犯人たちはどうなるんですか。」

「彼らはそもそも密入国者だし、強盗、殺人そもそもいくらでも罪状がある凶悪犯だ。あいつらを監獄から出すことはないね。本国に送還すれば死刑は間違いないだろう。」

「それを聞いて安心しました。」

「ちなみに研究はどの程度まで完成していたんですか。」

「いや、押収した資料によると未だ不完全なものだったらしい。映像や音楽等のメディアで人をコントロールできる割合は限定的で洗脳率を向上させようとしていたらしい。」

「つまり、現段階では全員にはかからないってことですか。」

「そうだ。実践レベルには達していないらしい。」

「それは、良かったです。」

「しかし、事件を解決に導いた謎の老人ていうのは、何者だろうか。マヤさん本当に知らないの。」

「えーわかりません。ただあの雰囲気は、昔、何処かで感じたことがあるんです。それが誰かはわかりませんが、絶対的な安心感を感じました。」

「そうなのか。きっと君を守ってくれているんだろうなその人は。目撃によるとすごい怪力らしいな。ただ僕がちょっと心配しているのは、その老人も幻想のようなもので目撃者自体も洗脳されて幻影を見せられているんじゃないかと思う点だよ。」

「そうかも知れませんね。でもいくら疑っても仕方ないかもしれませんよ。きっとあのあたりは相当の山奥ですから、山の天狗の化身だったんじゃないかと思うんです。」

マヤは、子供に戻ったような無邪気な笑顔を浮かべた。

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