第9話 危機
マヤたち3人は、宮城県仙台まで車で旅行にきていた。今夜は、奥羽山脈のふもとにある温泉旅館に泊まる予定である。都会や事件のことから離れ3人は、はしゃいでいた。
「今日泊まる作並温泉は、弱アルカリ泉で美人の湯といわれているそうだよ。
それに露天風呂が川の近くにあってせせらぎを聞きながら源泉かけ流しだそうだ。久しぶりにゆっくりくつろげそうだな。」
「ユウトったら、アメリカ帰りだから日本の温泉に興奮してるんでしょ。」
「いやーもう楽しみ、楽しみ。旅館で浴衣でくつろいで、御馳走とうまい酒を味わう。それに今日は、マヤさんと美咲の両手に花だ。最高だね。」
いつになく車を運転しながら饒舌になっているユウトを見て美咲は軽く笑った。確かに今までの苦労を思えば、今は夢のようだ。
本来味わえる当たり前の平和がかけがえなく感じられる。
途中、観光スポットのA社のウィスキー工場がある。ここでは工場見学をした後に試飲できる。ドライバーのユウトは、当然ソフトドリンクになるのであるが、マヤと美咲は解放感に浸って試飲コナーで酒を飲んだ。
その時、隣のテーブルを見ると白髪の上品そうな感じの老人がやさしそうな表情で話しかけてきた。
背が高くすっと構えたその姿勢は、凛として堂々と見える。
「みなさんは、どこから来たんですか。今日はいい天気で最高だね。ずいぶん3人とも仲がよさそうだけど御親戚ですか。」
「ええそうですよ。この二人は、家族になる予定ですよ。」
突然話しかけられたので、ちょっとびっくりしたが、マヤは、ユウトと美咲の二人を指しながら答えた。
「そして、私とこの人は、戦友みたいなもんです。」
と美咲がユウトと家族と言われたのにはにかみながら直ぐに後を続けた。
「そうか家族に親友かい。それじゃー仲がいいわけだ。」
老人は、静かに笑うとゆっくりテーブルを立ち去った。
マヤは、その老人に何とも言えぬ親しさを覚えながらその後ろ姿を見守った。
その後、マヤは酒の酔いもあって、ユウトの運転する車の後部座席で珍しく
熟睡してしまった。
「マヤさんも疲れているんだなぁ。眠ってしまったみたいだよ。20分もすれば着くから、静かに寝かせておこう。しかしいい人だよな、マヤさんって。今まで美咲が無事だったのは、マヤさんが身体を張って美咲のことを守ってくれたからだよな。感謝しても感謝しきれない人だよ。」
「そうよ。さっきは、戦友って言ったけど私にとっては、大恩人だわ。いつかこの恩をかえさなくっちゃ。」
車は、予定通り20分走って宿に着いた。しかし宿についてみると40分近くたっていた。
「おかしいな。ちょっと見てよ。もうこんな時間になってるよ。もう3時半だ。すぐ着いてもおかしくないのに。予定通りのルートを走ったのに変だな。」
「確かに案内図通りのルートを走ったのだが、予定より倍近く時間がかかっている。
「あれっ、何だろう。時計が遅れてるぞ。なんだよ。腕時計では20分しか経ってないのに。」
「あれっ、私もよ。時計が壊れたのかしら。20分くらいしか経ってないわ。磁気で時計が狂ったのかしら。」
ユウトと美咲は奇妙な表情をしながら話した。
「あーよく眠った。二人ともどうしたの。」
マヤは、やっと目覚たのかにっこり笑って車を降りた。
温泉に入ると、夕食の宴を3人は楽しんだ。
話題は、さっき工場からの帰り道、車が遅れた件に集中していた。他にも話題はあるのだが、東京での話は、3人とも意識的に避けていた。
「さっき、マヤさんが寝ている間に車でちょっとだけ不思議なことが起きたんですよ。」
「そうそう、私とユウトの腕時計が殆ど同じ時間遅れてしまって、おまけに宿に着くまで倍も時間がかかったのよ。」
「寝ちゃったみたいだから、私はちょっとわからなかったけど、そうなんだ。」
マヤは、あまり関心がないように答えた。東京での緊張が解けたせいだと思うが未だ眠りたりないのだ。先ほどまでの温泉のぬくもりが身体に残っていて気持ちがいい。
実は、マヤ自身彼らの話に全く関心がないというわけではない。過去にもこうした経験は多く、慣れっこになってしまっている。
自分はやはり特異体質なのか自分の身につけている時計やICカードなどよく故障する。また自分の持っているボールペンから突然インクが破裂して液もれしてくることもよくあった。手がべたべたになったのでボールペンのときは、メーカーにクレームをだすと飛行機かなにかにりましたかと聞かれた。そのメーカーにうよれば気圧の低いところにいると起こりうるというのだが、マヤはごく普通の場所で普通に使っていただけである。
(多分、自分は気の力が普通の人より強いんだ。もしかすると磁気でも帯びているのかもしれない。)
といつものように漠然と考えた。
特に時計が遅れることはよくあった。そのせいで学校では遅刻の常習犯だった。
おまけに、あんまり眠っていないのかいつも寝不足だった。休日は今でも寝だめすることが多い。
しかし研究者の彼らは、マヤほど単純ではないようだ。二人ともまだその話題に関心が向いている。
「つまりだよ、僕の時計だけなら単なる時計の故障だよ。でも美咲の時計も同じ時間だけ遅れていたとすると、もしかすると時計が故障したと考えるのは早計かもしれないよ。」
「どういうことかしら、つまりあの車内の空間だけ、時間の進み方が遅かったてこと。おもしろい考えだけど、アインシュタインの相対性理論に従えば、光のスピード近くまで高速で移動しないとそういことって起きないはずよ。いわゆる浦島効果ってやつよね。」
「そうそうだから、そうだとすると面白いんじゃないの。実際地図で予測したよりも工場から宿まで倍近く時間がかかったんだからさ。」
「確かにミステリーだわねぇー。」
マヤは彼らの話を横で聞いてなるほどそういう考え方もあるのかと思った。
時計が遅れるのは、自分がゆったりとして眠りについた時によくおきた。確かにそう考えれば、時計が遅れるだけでなく、寝不足になった原因も説明がつくのである。
普通の人が8時間眠れるところを4時間しか眠れていないのであれば眠いのは当然だ。
ただ仮に本当にそんなことが起きていたとしても一体何の役にたつのだろうか。
自分の気功や予知の力は、役立つがこういうのは、副作用ともいうべき自分の個性であってかえって迷惑で困った話しだと思った。
夕食が終るとユウトと別れてマヤと美咲は、ゆったりとくつろいだまま部屋に戻ってそのまま眠りについた。
明け方だろう。美咲がトイレに行ったようだ。しばらくすると戻ってきた。のどが渇いた。二日酔いというほどのことはないが、昨夜の酒のせいだろうか、マヤもそっと起きて、枕元の水差しの水をごくごく飲んだ。冷えていてうまい。また眠りにつく。
しばらくすると、また美咲が部屋を出ていった。何だろう、体調でも悪いのか、心配に思って起き上がると美咲が戻ってくるのを待った。
おかしい時間が経ちすぎている。マヤは部屋を出ると美咲を探した。不安な気持ちが広がる。
(外にいったのかな。外に出てみよう。)
マヤは、宿を出て駐車場の方に向かった。
(あれっ、白いバンが駐車している。こんな夜中にエンジンをかけているなんて変だぞ。何っ、三人人がいる。えっ一人は浴衣を着ている。美咲だ。後ろ手に縛られている。あっそのまま車の中に引きずりこまれそうだ。)
マヤは眠い目をこすりながら、もはや全身緊張して車の前に走りこんだ。二人の男が振り返った。一人は知らない男だ。しかし、もう一人の男には見覚えがあった。あの根岸の公園で逃亡した男だった。細い眼をして睨みつけるような凶悪な表情をしている。二人が警棒のようなものとダガーナイフを持って迫ってきた。前回の襲撃の失敗があるのでマヤの実力は分かっているらしい。慎重にジリジリと距離を詰めてきた。その時、背後で砂利を踏む音がした。
(あっ旅館の人かしら、もしかしたらユウト。。)
瞬間、楽観して振り返る。しかしそこにはさらに5、6人もの凶暴な顔つきをした大柄な男たちが取り囲んでいた。
マヤは、すかさず武道の構えをとった。しかしどうしたのだろう。身体全体が痺れて動けない。
(そうか、あの水差しだ。あの水差しに薬が盛られていたのだ。でもどうしてだろう。そういえば、美咲が水差しのところで薬包紙を折りたたむようなパリパリと乾いた音がしていたのを思い出した。そんなあり得ない。なぜ美咲がそんなことをする必要があるんだ。)
マヤは、混乱した。
その時突然、背後から二人の男が羽交い締めにしてマヤの首を絞めてきた。一瞬の油断だった。絶対絶命だ。
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