第6話 闇

事件から1週間がたった。警察の取り調べが行われていたが依然事態は進展を

みせない。県警の事件担当である山野は、勤属20年目を超えるベテランの域に

達する刑事である。

事件の起きた根岸界隈は、磯子警察署の管轄であり、丘陵が東の東京湾に迫り、港南区・戸塚区・金沢区等に接する帯状に長い地形で、中央部を南北に走る国道16号線を中心としたに丘陵部に新興団地を含めた住宅エリアを抱えている。 一方、海岸部は東京湾の埋め立てによる工場地帯であり住人はわずかしかいない地域である。

周辺の横浜駅や伊勢佐木町、日の出町といった地域に比較するとはるかに落ち着いて事件も少ない。当初、山野は、地域の特性からすると不法滞在者による単なる物盗りや傷害事件程度と考えていたが、逮捕した二人の中国人の自供により極めて計画性の高い事件であることが分かった。

しかも依頼の金たるや200万のうち100万を前金で渡しておくというのだから、密入国の犯人からみれば、魅力的だったに違いない。

被害者の美咲の洗脳実験の話は、夢想的な話だとも思ったが、事実を積み重ねていくうちにあながち否定できない、もしかしたらと思わせるところも出てきた。

美咲の証言の裏付け調査が必要な段階となった。

山野が四葉リサーチを訪問すると君島という美咲のかつての上司が応対した。

四葉リサーチは、財閥系シンクタンクで六本木ヒルズにほど近いインテリジェントビルの最上階にある。

「景色がいいですね、ここは。ここからだと東京タワー、ヒルズ、ミッドタウンの名所が箱庭みたいに見えますね。」

「当社は、常にお客様を意識していますから、いつも都心の一等地にオフィスを構えるようにしています。ところで本日のご訪問はどういう件でしょうか。」

「それでは、単刀直入に申し上げます。御社で先日までアルバイトで勤務していた美咲氏が先週、自宅近くの公園で襲撃されました。3人の犯人のうち一人は、逃走しましたが、2人は傷害と殺人未遂容疑で拘留中です。2人は、物盗り目的で美咲氏を襲ったのではなく、最初から殺すよう依頼を受けていたことが自供で明らかになりました。」

「美咲さんのことは、知っていますがその事件と当社がどういう関係があるのかご説明頂いてもよろしいでしょうか。もちろん、捜査にお役にたつのであれば協力は惜しみません。」

「ありがとうございます。実は、美咲氏に思い当たる節がないか尋ねましたところ御社で作成されていると思われるあるレポートのことが思いあたるようです。氏によれば、そのレポートは、自分のところに誤送信されてきたようなんですが、その内容がかなり違法性の高いものであるとのことで、それを見たことが原因で事件が起きたのではないか証言しています。」

「とするとその事件は、弊社が美咲さんを抹殺するために依頼した計画殺人だった、とこうおっしゃりたいのでしょうか。」

君島は、論理的かつスピーディーに話すことでエリートコンサルタント特有のいかにも仕事ができるぞという雰囲気を醸し出そうと常に努力しているようだ。

普段通り聞き取りをしている山野は、話を先取りされてやや不快の念を感じた。

しかしそんなことは、感じないようなふりをして話を続ける。

「まあー、氏の意見を率直に汲みあげるとそういうことになりますね。何しろ殺人の依頼を受けた犯人が2人いて証言に食い違いがないというのは確固たる事実です。」

「事実から申し上げますと、美咲さんからそういう相談を受けたことはございます。」

「ほうそうですか。なるほど、するとあながち根のない話ではないですな。」

山野は、メモを取りながら右目だけを少し大きく見開いた。

「何と言ったらよいか。その相談については、どう対応したらよいか。対応に苦慮しましたね。お聞き及びだとはおもいますが、何でも弊社のある極秘機密がメールで送付されてきたと言うんです。その内容は、」

「洗脳の実験データとか。しかも無関係の人間をテレビ映像などを通じて遠隔操作で実施したものだそうですね。」

今度は、山野は話を先取りした。

「そうです。その後で自分の宛先の受信メールや保管した添付ファイルも削除されていたと言っていました。したがって、私は肝心のメールやそのレポートを今だに自分の目で確認できていません。まあー、一言で言ってしまえば、信じ難い話だと思います。第一にそういう反社会的行為を弊社がやらなければならない理由がないです。さらに、そういう極秘情報をメールでバイトの研究員に誤送信してしまうなんてことは、考えれませんよ。」

「『ハマナカ ミサキ』という人は研究所に他にいますか。宛先間違いをしてしまうと言うことは、Eメールの発信ではありうることです。」

「いません。」

君島がまぶたをピクリと動かした。

山野は、場合によっては、令状を取ってでも四葉リサーチのサーバーを調査する必要が出てくるかも知れないと思ったが、確固たる証拠がもう少し出てこないとこれ以上踏み込むのは、現時点では難しいと感じた。

事件が美咲の言うとおりであれば、会社ぐるみで殺人を計画していることになる。もしかするとバックにある財閥企業である親会社も巻き込んでのものであればすんなりと証拠を提供するはずがない。証拠隠滅を既に図っている可能性も大きい。ここまで聴取を終えると、山野は四葉リサーチをあとにした。

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