ドアの外

 商店街は、たくさんの人でにぎわっていた。

 狭い通路で、押し合うように行き交う人々。ここの通路は幅が、3.72メートルもあって広いほうだが、それでも袖をすりあわせずにはいられない。

「離れないでよ、アズル」

 と、ラナラが僕の腕を抱いた。

 柔らかい感触にドキリとする。男女の肉体的な差があまりなくなった現代でも、女は男と比べて体脂肪率が高いのが普通だった。


「……うん」

 通路の両側には、10.5メートル間隔で扉がある。

 そこは個人の居住用の部屋だが、商店でもある。物資の少ない宇宙ステーション内とはいえ、電子金貨しだいではいろいろな物が買えるのだ。

 端布や金属片でつくったアクセサリー。

 ちょっとした食料品や飲料。

 それなりの嗜好品。

 その他、個人的なサービス。マッサージ屋、ヘアメイク屋、シャンプー屋、ペイント屋、歌い屋、手品屋。

 そんなこんなで、長さ107.15メートルのこの通路はいつも大賑わいだ。

「ええっと……ジャンク屋には行ったし、ガムも買ったし……」

「もう用事は終わりね」

「じゃ、さっさと窓カフェに行っちゃおうか」


 僕らは、「商店街」と呼ばれているその通路の隔壁ドア(厳重な気密扉のこと)を係員に開けてもらい、外へ出た。

「ふう。やっと、おもいきり息が吸える」

「人が多いところは空気が薄いものね」

 これは、笑ってすむ問題ではない。

 この宇宙ステーションでは、通路・部屋などの小さな空間ごとに完璧に密閉されているので、1カ所に大人数が入り込むと、すぐに酸素不足になってしまう。もちろん余所から空気を持ってくるシステムはあるが、それを使えば他人の空気を奪うことになり、下手をすれば殺し合いだ。

 だから、1つの区画に入ることの出来る人数には制限があった。

「はい、2名様お帰りでーす」

 中の係員が、外の係員に告げる。

 外では、何人かが順番待ちをしていた。

「ありっとうござーまー。では整理番号724番様、725番様、ごあんなーい」

「あの、725番ですけど。彼女と一緒に来てるんで、次まで待ってます」

「そーすか。じゃ、724番様だけ、どーぞ」

 やる気のなさそうな若い係員が、次に「商店街」へ入る人間を呼び出した。


「おうよ」

 立ち上がったのは、筋骨隆々とした男だった。

(めずらしいな)

 現代社会では、力仕事はすべて何らかの機械を使って行うのが普通だ。そのため筋力はほとんど必要なく、細身の体型が普通だった。まるで空気配給管のように太い腕など滅多に見ない。

(それに……)

 白髪はくはつだ。

 平均寿命60歳の宇宙空間では、まっ白な髪を持つ人間などなかなか見ない。しかも、男の見た目はまだ若く、せいぜい30歳くらいだった。

 ドン!

「おっと、悪いな」

 男が肩から提げていたカバンが、僕にぶつかった。

 拍子に中身がチラリと見える。

 何かのボトルが入っていた。

「……?」

 一瞬鼻につく、不思議な匂い。

 どこかで嗅いだことのあるような……。

 鼻腔から受けた刺激をAIで検索して、粘膜に付着した物質の分析を試みるが、サンプルが少なすぎて駄目だった。

(何だっけ……?)

 そんなことを考えているうちに、男は隔壁ドアの中へと入っていった。

「どうしたの?」

 ラナラが不思議そうな顔で聞いてくる。

「いや、なんでも無いよ」

 僕は頭を振った。

 そうだ。今日は貴重な休日、ラナラとのデート。

 すれ違った男の所持品を検索するなんてことに、余計なメモリを割くなんて馬鹿馬鹿しい。

「さ、行こう」

 と、そのとき。

「ラナラ?」

 後ろから、素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「ラナラじゃない! ひさしぶり!」

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