コーディネイト

 僕の上司・ラナラ指揮官は、画面の向こうで言った。

『ということで、休日は22日の6時まで。6時から14時までは2次待機、14時からは水循環システムの警備となります』

 眼球に装備したレンズに映る、その姿。

 ばっさりと切りそろえた赤い髪の、若い女性だ。

 きっちりとした物腰、しっかりとした物言い、きまじめな彼女らしい。誰に聞かれるわけでない個人回線の通信でも、組織の一員としての活動中は、義務づけられている敬語をけっして崩さない。


「了解しました」

 通信を受ける僕は、私室にいた。

 この宇宙ステーションは巨大だが、その大半を占めるのは空気や水の循環システムや発電所その他の環境維持施設であり、居住区画は4パーセントほど。

 必然、部屋は狭い。

 シングルベッドがスペースの半分近くを占領している小さな金属の箱。僕はそこで寝転がりながら、右目で彼女からの通信を見て、左目で公共配信されているバラエティ動画を見ていた。

 脳に高性能AIが直結されているからこそ出来る技だ。

『……アズル隊員、話を聞いていますか?』

「え? え? 聞いてるですヨ?」

『嘘が下手なのは変わりませんね。無論、あなたは3次待機中なので個人的活動を許可されています。ですが、他人との会話中に“ザップする”のはいかがなものでしょうか。これは個人的な忠告です』

「……すみません」

『用件は以上です。では有意義な休日を』

「ラナラ指揮官の、休日のご予定は?」

『私は、今はまだ活動中です。個人的な会話はご遠慮下さい』

「はい……」

『では』

 彼女は通信を切った。


 右目が一瞬ブラックアウトし、その後、左目のバラエティ動画が拡大されて視界ぜんぶに広がる。

「やれやれ」

 すっかり興がそがれた。僕は動画を見るのをやめて、明日に予定している彼女との休日デートの準備をすることにした。

「さて……」

 服は、いつもの支給服でいいだろう。

 この宇宙ステーションで支給服以外を用意するなんて、大変すぎる。それに前開きパーカーのようなこの服は、フードを被るとある程度の気密性があって、突発的な空気漏れや気圧の低下にも対応できるようになっているのだ。

 問題は……

「『人格コーディネイト』、だよな」

 僕は右脳直結のAIを共通回線につなげ検索する。

 表示される、いくつもの人格。

 明るく元気。

 真面目で誠実。

 クールでニヒル。

「この前は失敗したからなぁ……」

 苦い記憶が、AI内のフォルダから再生される。


 「アズルって、リアクション薄いよ」。

 交際中の恋人から、しこたまに冷たい目でそう言われた僕は、新たな『人格』をAIにインストールし、前回のデートにのぞんだ。

 それは、「明るい陽キャに盛り上げは任せろ――パーリー・ピーポー」。

 イケモテ・メンズの必需人格だの、これでクールな彼女がデレデレに、だのという宣伝文句に乗せられて、必死に貯めた電子金貨を払ってはみたものの、これがとんだ大失敗。

 「ウッソ-!」「マジで!」「信じられなーい!」と、やたらに大騒ぎするだけの軽薄な『人格』で、彼女から大不評をこうむったのだ。

 「そういうことじゃないよね」。

 宇宙に裸で出たって、あんなに寒い思いはしないだろう。

 

 こんどは、絶対に外せない。

 女性のツボを押さえた完璧な『コーディネイト』で、彼女のハートをぐぐっと掴んでみせるのだ。

 僕は『人格』の検索を続けた。

 夢を語る男に女は惚れる――「ドリーマー・ジャック」。

 知識の量こそステータス――「ウンチク・トリビアンヌ」。

 彼女の笑顔がみたいなら――「ダジャレ・キング」。

「……どれもいいなぁ」

 僕は迷った。

 だが、現実的な問題もある。

「でも高いんだよなぁ」

 僕はある目的で貯金をしているため、自由に使えるお金は少ない。電子金貨の残高は、僕にはいつも残酷だ。

「やっぱフリー素材しかないかあ……デート代も残しとかなきゃだし」

 けっきょく。

 僕は、無料のコーディネイト・サイトである「ジンカク」にアップロードされている『人格』から選ぶことにした。

「……これかな!」

 ランキング一位。

 賭けに出るのは男の証!――「ギャンブル・ジャンキー」。

「よし!」

 さっそく僕はダウンロードし、脳内AIにインストールしようとする。

 だがしかし。

「ん?」

 そんなとき、なんとなく目に入った『人格』があった。

 ランキング圏外、これまでのDL数わずか2。

 とにかく話を聞くだけの『人格』にしてみました――「ジェントリー・マン」。

「話を聞く……か」

 

「アズル!」

「あっ、来た来た」 

「ごめん! 待った?」

「ううん、全然。だいじょうぶだよ」

「出かけようとしたときに、急にコールが入って……」

「そうなんだ」

「上層部から、またシフト変更だーって。嫌になっちゃう」

「大変だね」

「来る途中でアケミにも会っちゃうし。あの子って話長いから」

「ああ、なるほど」

「だからって、無下に出来ないじゃない?」

「わかるわかる」

「もう、大変なんだもん。急いでるからって言っても、また別の話し始めて……」

「あははは、しょうがないよね」

「そんなわけで、遅れちゃったの」

「だいじょうぶだってば」

「本当にごめんね。今日は楽しみましょう」

「ああ」

 お。

 なんか、いい感じじゃないか?

 インストールする『人格』を、これにして正解だったかもしれない。なんだか彼女も上機嫌だ。

 上気した頬で。

 優しく、甘い声で。

 僕の恋人は、ばっさりと切った赤い髪を揺らした。

「さ。行こうよ、アズル」

「わかったよ、ラナラ」

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