スパーク・ロッド

 スパーク・ロッド。

 敵のAIに情報をムリヤリ送り込む兵器である。

 見た目には細長い棒の形をしていて、先端で敵マシーンに触れることによって発動する。そして大容量の情報を流し込んで、その過負荷によって敵のAIにダメージを与えるのだ。

 ウィルス・ナパームの簡易版として開発された。

 敵味方を区別できない、事前に大量のコンピュータ・ウィルスとワクチンを用意しておく必要がある、というウィルス・ナパームの弱点を改良したものだ。

 ただ、こちらにも欠点はある。

 手足などに当てても効果が低く、(一時的な回線の切断などで対処できるため)そうなると敵のAI――乗り込んでいるドライバーの脳に埋め込まれたAIだ――や頭部センサーの近くに当てなければならない。そのために、器用なマシーンしか扱うのは難しい、ということだ。

 

 払う、仕掛ける、上から打ち込む。

 だが止められて、突きを食らう。

(くっ!)

 僕は自分のロッドで相手のロッドを払いのけ、後退した。

(頭痛がする……)

 脳に直結されたAiが過負荷状態になっているのだ。

 痛みはすぐにやんだが、これを連続して何度もやられると、だんだんと辛くなってくるだろう。

(嫌な兵器だな……)

 コンテナが積み上げられた倉庫の中。

 僕はマシーンに乗り込んで、敵と対峙していた。敵は僕のマシーンと同型で、同じスパーク・ロッドを装備している。

 僕は遠距離から、牽制の突きを打ってみた。

 相手もロッドで反応する。

 数度ロッドの先端を打ち交わしたあと、敵が大きくロッドを振り回し、踏みこんで、こちらに打ち込んできた。

 僕はそれを、受け流しながら後退する。

「おっと」

 背後は壁だ。

 追い詰められた。

「だけど、こんな時ほど……」 

 逆転の一手はあるものだ。


 まずは大きく左へとんで。

(そんで、左手で持ってるスパークロッドを右に持ち替えて、攻撃。左右の揺さぶりで勝負をかける)

 僕はそう考えた。

 考えるだけでAIが働き、棒の持ち替えやダッシュの体勢など、細かい調整をやってくれる。その極小のコンピュータは僕の脳とマシーンのシステムに直結されているので、ボタンを押す動作すら必要が無い。

(勝負!)

 左へ飛ぶ。

 敵は僕の前を押さえようと、反応した。

「ここだ!」

 ロッドの持ち替え、会心の1発!

 上体を左に大きく傾かせた相手の体勢では、反撃も防御も難しいはず。余裕で決まるはずの攻撃だ。

 ところが。

「あれ?」

 僕のロッドは、相手の右脚部で止められた。

 片足立ちになった敵のマシーンが、ぐるりと大きくロッドを振る。

(あ、ヤバイ)

 ギヂイィィィ!

 頭に走る激痛。

 思考が停止した一瞬のあとに、僕は壁に押さえつけられていた。

 敵のドライバーから通信が入る。

『アズル隊員。ロッドの操作だけではなく、機体の動きも含めた総合的な体術をAIに学習させなければなりませんよ』

「……善処します、ラナラ指揮官」

 模擬戦は終わった。


「どうだったよ?」

 マシーンから降りた僕たちに、声をかけてきたのは結んだ長髪にボルトの飾り、チェッロだった。スパークロッドの開発者だ。

 僕たちは、この新兵器のテストをしていたのだ。

「耐久性も問題ないですし、攻撃は有効でした」

 答えたのはラナラ。

 ばっさりした髪とさっぱりした性格の、僕の上司だ。

「痛みを感じないマシーンは、普通、攻撃を受けても動き続けます。ですが、スパークロッドを食らうと一瞬とはいえ動きを停止させることが出来ます。このタイム・ロスを引き出せるのは有効です」

「お前はどうだ?」

「僕の攻撃は当たってないよ」

「ちげーよ。彼女にヤラれまくった感想を聞いてんだ」

 ひっひっひ。

 引きつるような笑いのチェッロ。あいかわらず下世話な奴だ。眉をひそめるラナラの手前、僕は真面目にダメージを受けた感想を述べた。

「……頭が重い感じですね。まだ神経がピリピリする。でも、後に引きずるほどじゃないと思いますよ」

「さっそくレポートをまとめて、上層部に提出します。今日の活動はここまでにしましょう」

 ラナラは、きびすを返し、ドアの方へ歩いて行った。

 が、途中で立ち止まって「ああ、そうだ」。

「アズル隊員。明日は休日になりました」

「あ、そう……ですか」

「バナーザ隊が活動に復帰したため、食料プラントの警護シフトが変更になったのです。急な変更ですが、大丈夫ですか?」

「はい」

「では、これで」

 彼女は小さな密閉ドアを開け、倉庫から出て行った。

「おっ、休みか。いいなあ。俺なんか10連勤中だぜ」

「僕も2週間ぶりだよ」

 この厳しい宇宙という環境では、生きていくことが労働のようなものだ。休日の数は非常に少ない。

「休みか……」

 僕は考えた。

「彼女をデートに誘うかな」

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