ノーマライズ

 人間は、常に誰かを必要としています。

 いつでも誰かと繋がっていたいのです。

 それにはいろいろな方法があります。愛し合うこと。目的を共有すること。感情をぶつけあうこと。共感すること。

 しかし、いちばん有用な方法は。

 他者を拒絶することです。

 集まって誰かの悪口を言い、世代の特徴を馬鹿にし、住んでいる場所を蔑み、違う性別を罵り、他国を嘲って、ひとは仲良くなっていきます。


 それは、地球が滅亡しても変わりませんでした。


 宇宙ステーションに残された、最後の人類10万人。

 彼らは住んでいる場所や思想、立場の違い、人間としての特性の違いなどでグループに分かれ、いくつかの集団を組織していました。

 「ジャンル」と呼ばれる集団です。

 1万人以上のジャンルもいれば、数百人のジャンルもいる。

 規模は様々ですが、共通しているのは、ジャンル外への嫌悪をジャンル内で共有していることでしょう。「あいつらはクソだ」「あんなのダメに決まってる」「俺たちはそれを知っている」「俺たちは最高だ」。

 嫌悪の共有こそ、人と人とを結ぶ絆の正体かもしれません。


 人間は、

 2人いると序列が生まれ、

 3人いるとイジメが起き、

 4人いると派閥が出来る。

 愛する誰かと一緒に、別の誰かを憎みたい――そんな本能があるのです。だから争い合うのです。


   ※   ※


「クソ! 退廃主義者め!」

 男は床に転がったまま、虚勢を張った。

「俺たちのマシーンを返せ!」

 先ほどまで戦闘をしていた、倉庫内。

 戦いに勝利した僕たちは、停止した敵のマシーン2台を回収し、コンテナに詰め込んでいる途中だった。

 いま、マシーンに乗っているのはラナラだけ。

 僕は生身の支給服姿で、ゴム弾が装填された銃を、敵マシーンからひきずりおろしたドライバー2人に向けていた。

「うるさいな。攻めてきたのは、君たち『新人類ザ・ニュー』じゃないか」

「それは、お前らが俺たちの空気を盗んだからだろ!」

 伸縮バンドで(本来は荷物をまとめるときに使うものだ)後ろ手に拘束し、床に転がしてある2人。両方とも20代くらいの男で、1人はおとなしいのだが、もう1人がやけに突っかかってくる。

「この泥棒め!」

「ふん。自分たちは宇宙に適合した新しい人類だ、なんて名乗るんなら、空気を吸わずに生活すればいいだろう。僕たち『ノーマライズ』は普通の人間だから、普通に空気が必要なんだ」

「我々は、残された最後の人類なんだぞ! もっと自覚を持って……」

「自覚すりゃ、自前で酸素が循環できるようになるのかい?」

 などと話していると。

『アズル隊員。マシーンの収容は完了しました』

 耳のチップに通信が入ってきた。

「では、ラナラ指揮官。敵のドライバーはどうしますか」

『そうですね。彼らはもう用済みですから……』


 人類普通化共同体ノーマライズ

 僕たちが所属している「ジャンル」の名前だ。はるか昔、地球で人類が暮らしていたころの“普通”を取り戻し、その様式で生活しようという思想の集まりだ。

 例えば、宇宙ステーション内の環境。

 いつもエアコンの設定温度が28度になっているが、それを調節して夏や冬の季節をつくろうとか、24時間つけっぱなしの明かりを消して夜にしようとか、そういう感じである。

 だが、べつに酔狂でそんなことを言っているわけではない。

 宇宙空間で一生を過ごす人間の寿命は平均60歳、地球人類の108歳より遥かに短い。それは、こういった生活環境に原因があるのではないかという学説に基づいたきちんとした思想なのだ。

 要は、「宇宙でも、地球のように暮らそう」ということ。

 過酷な宇宙という環境下でそれをすべて実現するのは難しいが、少しずつそうしていこうとしている集団、それが僕たちノーマライズ。

 その対極にいるのが、

 「宇宙に進出した人類は、宇宙に適合した生物に進化せねばならぬ」

 と、のたまう『新人類ザ・ニュー』たちだ。


『そうですね。彼らはもう用済みですから……』

 耳に響く、ラナラの声。

 共通電波通信だから、その声は2人の耳にも入っている。ゴクリとつばを飲むのが聞こえた。

 用済みだから?

 どうする?

『帰ってもらいましょう。吸わせる空気ももったいないですし』

 たいした感情も込めないラナラの口ぶり。

(ま、そりゃそうだよな)

 僕は思った。

 たとえ敵とはいえ、人間も貴重な資源だ。そう、水や空気と同じ、人間だって資源なのだ。

 そう簡単に壊したり捨てたりはしない。

 人類は今、10万人しかいないんだから。

 昔の飢饉とか伝染病とか新型爆弾の投下実験とか、数万人の死者が出た事件なんて珍しくない。それが、この宇宙ステーションで起こらないとは限らない。

 しかも人間という資源は、その機能が有用になるまでかなりの時間がかかるものなんだ。


 そして彼女の乗ったマシーンは、そのアームで、倉庫の端にある小さなコンテナ(ちょうど人間が2人入れるくらいの)を指した。

『彼らのAIから一時ファイルを削除したのちに、2人をそのコンテナに入れ、自動操縦で『新人類』の拠点まで送って下さい』

「了解しました」

 僕は、2人をあらためて見下ろした。

「だってさ。どうする? 自分でAIの一時ファイルを削除するか。それとも、ムリヤリ頭に鍵穴ねじ込まれたい?」

「……自分でやるよ」

「監視はさせてもらう。少しでも妙な操作をしたら、記憶メモリを物理的に破壊することになるぞ」

 僕は、そいつの頭に銃を突きつけながら言った。

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