ウィルス・ナパーム

 名前も忘れたSF映画。

 古い古い作品だった。

 いまどきのストアに並んでいるような「脳内再生イメージ」ではなく、「意識投影ヴィジョン」ですらない、「可触立体映像」時代の遺物だ。

 星ほどに巨大な敵の宇宙要塞。

 高速飛行する主人公の戦闘機。

 飛び交うビーム、炸裂するミサイル。

(昔は、宇宙戦争ってこんなものだと思われていたんだろうか?)

 そんな風に思いながら、7歳の僕はそれを見ていた。

 10年たった今では、まるで子供が夏期休暇の創作課題でつくたようなチャチさに苦笑してしまうところだろうが、幼いころの自分の心には妙に焼き付いていた。

(現実は違う)

 狭い狭い宇宙ステーションの中、人間より一回り大きいだけのロボットで繰り広げられる地味で静かな戦争。

 惑星を破壊する爆弾?

 光の速さのレーザー?

 もちろん技術的には可能だが、そんなものを使ってどうする。

 地球が消滅した今となっては、この宇宙ステーションだけが人類の住処。破壊してしまったら、1人残らず全滅だ。穴が開くだけでも大変で、貴重な空気が宇宙に放出されてしまう。

 少ない空気を奪うために戦争をしているのに、そんなことになったら本末転倒もいいところ。

 空気だけじゃない。

 水も、食料も燃料も、衣服や道具や家具、宇宙ステーションの壁も扉も、すべてが貴重で限りある資源。

 敵のマシーンも例外ではない。

 それどころか、マシーンは稀少な部品や機械、コンピュータ、データの宝庫。こんなものを壊してしまうなんて、とんでもない!

 できるだけ、壊さない。

 できるだけ、傷つけない――奪うために。

 それが現代の戦争のルールだ。

 

「だから、面倒くさいんだよな」

 僕はマシーンを走らせた。

 敵は2台。

 1台は前も戦った、削岩用の鉄球を装備したA-58型。もう1台は、両腕にワイヤーがついている特殊作業用のD-26型だ。ずんぐりむっくりで頭が鉄球になっているA型と違い、細い「体型」なのがD型だ。

 D型が腕を伸ばす。

 文字通り、ワイヤーで上に向かって腕を射出したのだ。

「くっ!」

 この部屋は、宇宙ステーションの中では広いほうの空間である。

 高さは15.5メートル、横幅51.3メートル、奥行きは128メートル。長方形の箱を横に置いたふうな向きで、人工重力が働いている。

 資材倉庫として利用されている空間で、様々な部品や機械が入ったコンテナ、鉄骨や壁材が各所に点々と配置されていた。

 つまり、遮蔽物が多いというわけだ。

 敵のD型は、伸ばした腕で天井を掴み、振り子のように自分を移動させて、コンテナの後ろに隠れた。

「! あのコンテナは……」

 即座に、僕の脳に直結したAIが働く。 

【重機マシーン用・脚部シリンダー】

 共通情報網に公開されているコンテナの中身を脳に流し込んできた。

「貴重品だ。まさか壊したりはしないよな」

 そのはずだ。

 貴重な部品は、相手だって欲しい。壊されたくないし、壊したくない。だから、それを防ぐためにコンテナの中身は公表されている。

「右から出てくるか、それとも左?」

 もう1台のA型にも注意を払いながら、僕はマシーンを前進させた。

 そのときだ。

 耳に埋め込まれたチップに通信が入った。

『アズル隊員、聞こえますか』

 指揮官のラナラからだ。

「聞こえています、ラナラ指揮官」

『ウィルス・ナパームを使います。ワクチン482を投与して下さい』


 マシーンは、その機能のほとんどをコンピュータで制御されている。

 中に乗っている人間も、頭にコンピュータであるAIを直結させている。

 それを狙ってコンピュータ・ウィルスをばらまくのが、『ウィルス・ナパーム』と呼ばれる兵器だ。

 もちろん現代AIにとっては、自動でワクチン・プログラムを生成することなんて簡単だが、一時的にメモリをそちらへ使わせることによって、戦闘への容量を削減することが目的だ。

 もちろん味方もその被害を受けるのだが、事前に用意しておいたワクチンを使うことで、それは最小限に抑えられる。

「ワクチン482、投与しました!」

「ウィルス・ナパーム炸裂いたします。直後に、D型を攻撃して下さい」

 ウィルスによりメモリの容量を奪える時間は30秒。

 この間に、勝負を決めなくてはならない。

 来たッ!

 約2秒、センサーの大部分が死んだが、すぐにワクチン・プログラムが作動してウィルスを駆逐する。

 僕はマシーンをジャンプさせ、コンテナに飛び乗った。

 すぐ真下にD型がいる。

 もう1台の敵、A型は左前方307度、距離11.2メートル。すぐには来られないだろう。

「よしっ!」

 僕は胸部のポットから『カイロナイフ』を発射した。

 目標の内部で溶けるこの兵器なら、この部屋の壁やコンテナに傷をつけることも無いし、敵のマシーンもあまり壊さず停止させられる。

 ナイフは敵の脚部関節に命中した。

 ガクンと膝をつく敵マシーン。

「どうだ!」

 だが、敵は停止したわけではない。

 腕を射出して、左前方307度へとワイヤーを伸ばした。

「あっ!」

 そこにはA型がいる!

 ワイヤーを戻す力と、A型が走る勢いがプラスされ、さらにジャンプ。巨大な鉄球を装備したA型が一気に距離を詰めてきた。

「ちっ!」

 僕はコンテナを飛び降りた。

 そして貴重品の入ったコンテナを背にする。

 敵は鉄球を発射しようとしていたが、やめた。コンテナに当たる可能性を考慮したのだろう。

 が、その隙に。

 D型に脚部をつかまれた!


 敵は2台。

 1台は手負いだが、ワイヤーを装備した両腕は自由に使える。

 圧倒的に不利な状況だ。

「よし」

 マシーンの中で、僕はつぶやいた。

 脳に直結したAIをもつ現代人は、選択肢において不正解を選ぶことは少ない。

 だからこそ。

(だからこそ、そこに隙があるんだ)

 それが僕の持論だった。

 敵の行動が成功したときこそが狙い目。

 僕がつかまったのは、この場所に、2台の敵を集めることが目的だった。

「今だ!」

 背後のコンテナが開く。

 中から、部品の山に隠れたラナラのマシーンが姿を現した。

 ウィルス・ナパームを使って敵のセンサーを一時的に殺したのは、彼女のマシーンが起動するのを気づかせないためでもあったのだ。


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