宇宙の迷子

 西暦2412年、地球は消滅しました。

 原因はわかりません。

 愚かな核戦争、巨大隕石の激突、宇宙人の侵略、神の裁き、そんなものは全くありませんでした。

 ただ、ある日とつぜん爆発したのです。

 宗教者は「ついに来た」と思ったでしょうし、科学者は「予想より早かった」と思ったでしょう。とある予言者なら、「ずいぶん遅かったじゃないか」と言ったに違いありません。ですが、まあ、どうでもいいことです。

 

 地球の人類100億人は、みんな死んでしまったのですから。

 

 到来していた宇宙時代、月のドーム都市には1億人が住んでいましたが、これも全滅しました。人工的に造られた、第2の月に住んでいた2千万人も全滅しました。火星基地の6百万人も全滅しました。

 ただ。

 火星と木星の間にある、小惑星帯。

 ここに建設された巨大宇宙ステーションの数万人だけが、無事でした。

 しかし。

 もちろん影響が無かったわけではありません。

 地球の消滅によって太陽系内の微妙な重力バランスが崩壊し、そのはずみで宇宙ステーションは太陽系外へと飛ばされてしまいました。

 生き残った最後の人類は、宇宙をさまよう迷子になりました。


 幸運だったのは、空気・水・食料などの完全な循環システムが機能していたことでしょう。吐き出した空気も飲み込んだ水も食料も、すべて循環されてもとの空気や水に変換されます。

 おかげで人類は、さらに200年もの年月を生き延びることが出来ました。

 人口も、少しずつ増えて10万人に達しました。

 そこで問題が起きました。

 宇宙ステーションの定員が、10万人だったのです。


   ※   ※


 僕は、宇宙ステーションの一室にいた。

 高さ7.4メートル、縦横10メートル四方の金属製の箱。その天井からはクレーンがいくつも吊り下がり、隅のほうには工具や部品が入ったコンテナが積み上げられていた。

 その中央に、マシーンが2台。

 3.53メートルの人型で、ややズングリとした形をしている。

 この宇宙ステーションで使われている作業用機械で、人間が中に乗り込んで操作するタイプ。名称は「F-13型」。宇宙空間や施設内での軽作業用に、動かしやすさと反応の良さを追求したマシーンだ。

 そう、作業用機械。

 狭く、資源の限られた宇宙ステーションに、兵器なんて用途の限られすぎたものをわざわざ置いておく余裕はない。

 僕らは作業用機械で戦争をしているのだ。


 長柄のブラシを、脚部のカバーに差し込んで。

 僕はマシーンを掃除していた。

「っしょ、っしょ」

 駆動系の隙間にたまったホコリやゴミを取り除いてやるだけで、動きが4パーセントは違う。僕の左脳に直結しているAIは、そう検証していた。

 これをやっておくことで、少しは戦闘で有利になるかもしれない。

「ふう!」

 僕はブラシをいったん置いて、汗で濡れた髪をかき上げた。そこそこに艶のある黒い髪。ただ、左側頭部の一部だけが赤い髪になっている。

 そこにはAiがある。

 頭蓋骨に穴を開け、脳に直接埋め込まれているのだ。

 15歳の成人のとき、誰もがその手術を受ける。

 この過酷な宇宙で生きていくためには高度な計算能力は欠かせない。また科学・化学・物理の知識も必要だ。瞬間的な判断力も問われることになる。人間の脳の性能ではとても処理できないそれらを、AIはすべて補助してくれる。


「おーい。やっぱダメだわ」

 そのとき、ドアが開いて、1人の男が入ってきた。

 肩まで伸びたボサボサ髪を後ろでまとめた男。たれ目で細い鼻、ガムをくちゃくちゃと噛みながら、だらけた印象の男だ。

 工学技士のチェッロ。

 僕と同じ17歳。

 着ている服も僕と同じで、灰色の支給服。ま、物資の足りないこの宇宙ステーションで、支給服以外を着ている人間なんて滅多にいないけれど。

「部品は無いな。右腕、直んねえぞ」

「ええ! マジで?」

 僕のマシーンは、先日の戦いで右アームを損傷していた。壁に叩きつけられたときにパーツが折れてしまったらしいのだ。

「動かないわけじゃねえんだから、我慢しろや」

「でも、駆動性が27パーセントにまで低下してんだよ。耐荷重や可動範囲も……」

「お前が壊すのが悪い」

「ぐぅ!」

「空気や水すら足りないってのに、機械の部品があるかよ」

 これはまずい。

 軽作業用のマシーンは器用さが命。なのにアームが使えないとなると……。

「うーん……困った」

 すると、チェッロが。

「でも、どうしてもって言うんなら、方法が無いわけでもない」

「! ホントか!」

「この前の戦闘で捕まえた、A-58。アイツの部品を流用する」

「? 共通部品なんかないだろ?」

 A-58型は工事用の重機だ。軽作業用のマシーンとは、アームの構造からまるで違う。

「それを何とかすんだよ。この俺様がな!」

「おお、天才!」

 喜んでいると。

 ふたたび扉が開き、女が1人、入ってきた。


 ばっさりと切りそろえられた赤い髪。

 きっちりと着こなされた白い支給服。

 つり上がった目と細いあごがキツイ印象の女性だ。顔は……まあ、美人なほうだと僕は思うけど。

 彼女は言った。

「アズル隊員」

「はい、何でしょうラナラ指揮官」

「出動指示が出ました。空気タンク設置中の、バナーザ隊の支援に向かいます。準備をお願いします」

「わかりました。5分お待ち下さい」

 彼女はラナラ。

 僕の直属の上司だ。2つ年上の19歳。冷静で知性豊かな人物で、この前の、移送中の空気タンクを奪取する作戦も、彼女が発案したものだった。

「よう、ラナラ」

「チェッロ隊員。私のマシーンは整備が終了していますか?」

「おう。お前のケツと同じくらい、しっかり磨いといたぜ」

 瞬間、眉をひそめるラナラ。

「チェッロ隊員。我が『人類普通化共同体ノーマライズ』では、活動中の会話は、敬語に限定されているのですよ」

「知るかよ。べつに俺は『普通化主義者』じゃねえし。この腕が生かせりゃなんでもいいんだ」

 きゅっと小さくなるラナラの唇。

 彼女が怒るときのサインだ。

「お待たせしました! 出動できます」

 僕は慌てて2人の間に割り込んだ。

「……わかりました。行きましょう」

 マシーンの方へ歩き出すラナラ。

 やれやれ。ちょっと真面目すぎるのは、玉に瑕だよな。


 無線鍵を解除して。

 スイッチを押すと、マシーンの上半身が開く。

 そこには申し訳程度の隙間が開いていた。『コクピット』や『操縦席』なんてとても言えない、ただの『隙間』。

 そこに、僕は身体をねじ込んだ。

 まるで、鍵穴に差し込まれた鍵だ。

 背もたれのない小さな椅子に軽く腰をもたれさせたような体勢、下半身はほとんど動かせない。上半身も腹まで機械類の中に埋まっていて、ほんのわずかな空間しか空いておらず、両腕も頭を触るぐらいしか動かせない。

 僕はその腕を伸ばして、左側頭部の、黒髪の中でそこだけ赤い髪が生えているところを触った。

 そこに、穴が開いている。

 脳に直結したAIが入っている穴だ。

 その蓋に、赤い髪がついている。この蓋にどんな飾りをつけるかは、僕らに許された数少ないオシャレだった。

 ちなみに、チェッロはボルトとナット。

 ラナラは地味~な茶色いピン。

 性格が表れている。

 僕は、その蓋を外し、ぶっといコードが何本もついたコネクタを、穴の奥のポートに差し込んだ。

「あ、逆だ」

 失敬、コネクタをひっくり返して。

 こんどこそ、本当に接続完了。

 これでマシ-ンと僕は、AIを通じて直結されたわけだ。

 眼球のレンズに、映像が投影される。

 マシーンの稼働情報が脳に流れ込んでくる。

「よし、行くぞ」

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