脳髄に鍵を差し込んで
狐
宝
脳髄に鍵を差し込んで。
僕はマシーンを起動させた。
僕の左側頭部にぽっかりと開いた穴に埋め込まれたAI。そこにマシーンのデバイスを接続して、認識させる。
電動モーターが駆動する。
脚部シリンダーが震える。
2本のアームが動き出す。
頭部センサー類は感度良好。光学センサー、反響定位測定器、熱感知、紫外線レーダー、すべて正常。
「OK」
僕は、マシ-ンを1歩進ませた。
「さあ、『宝』は目の前だぞ」
眼球に装備した投影レンズ。
それに映し出される目の前の光景。
縦5メートル、横5メートル75センチ、ほぼ正方形の通路が、31.672メートル先まで続いている。
この数字は正確だ。
センサーからのデータを、左脳に直結させたAIで処理した情報だからだ。
「アズル、前進します」
僕はマシーンを進ませる。
体高3メートル53センチのこの機械が入ると、狭い通路はいっぱいになってしまった。
『気をつけてください、アズル隊員。その地形では、援護は困難です』
耳に埋め込まれたチップから入る、指揮官からの通信。
「了解しました」
通路は金属で出来ている。2つの脚部を交互に前進させるごとに、ガシャンガシャンという振動が、通路を揺らす。
「さて……」
31メートル先に到着した。
扉がある。
絵の具をぶちまけたように、電波反射剤が塗ってあった。これではセンサー類は通用しない。この先には何が“いる”のか分からない。
「ふう」
息をついてから。
無線LANを通じて、解除コードを入力。ロックを開けた。
扉が開く。
同時に、鉄球が飛び込んできた。
「ぐっ!」
僕はマシーンを後退させた。
マシーンの半身ほどもある巨大な鉄球は、すんでの所で当たらずに、また通路の外へと戻っていった。
「やっぱりな」
扉を開けるこのタイミングで、敵が攻撃を仕掛けてくるのはわかっていた。事前に避ける準備をしておいたのだ。
「鉄球……A-58型か」
敵が通路に入ってきた。
潰れた人形のような、短足で胴の短い人型のマシ-ン。ただ頭の部分が巨大な鉄球になっており、それが身体の半分を占めていた。
「厄介だな……」
ワイヤーつきの鉄球を装備した、工事用の重機マシーン。
“体格”はこちらのマシ-ンとほぼ互角だが、重さが違う。すれ違えないほどに狭いこの場所では、それはとても有利に働くだろう。
「こっちは軽作業用なのにさ」
正面衝突など、できない。
だからこそ僕は、正面からマシーンを突っこませた。
敵は、「やった」と思うだろう。
こちらを「バカだ」と考えただろう。
だから馬鹿正直に対応してくる。
「ほらな!」
鉄球は真っ直ぐとんできた。
【時速160キロ――重さ0.5トン――】
計測結果から、AIが数パターンの対応を提示し、僕はそれを選択する。
鉄球が当たるまでの1秒にも満たない時間でそれができるのは、マシーンの制御システムと僕の脳が、AIを通じて直結されているからだ。
「はっ!」
僕が選んだのは、マシーンをジャンプさせることだった。
飛び上がって。
背中を天井につける。
それを支えに、右アームを振りかざす。
【斜め上47度】
AIが計算した角度で鉄球を叩き、軌道を逸らした。
(よし、前進だ!)
この通路はすれ違えないほどに狭いが、それはマシーン同士の場合だ。鉄球だけなら、鉄球のなくなったマシーンだけなら、話は別。
敵の最大の武器は、僕の背後でバウンドした。
あわててワイヤーを引き戻そうとしても、もう遅い。
僕の操縦するマシーンは、半身を無くした相手の上にアームをついて飛び越え、敵の背後に回ることに成功していた。
狙いは、背中部分にある電動モーターだ。
自機の胸部に取り付けたポッドから『カイロナイフ』を発射する。
ナイフのように見える武器だが、柄の部分がモーターになっており、刃の部分を回転させることによって、金属でも貫通することができる。そして敵マシーンの内部に潜りこむと、そこでモーターがオーバーヒートを起こし、周囲に仕込まれた発熱剤を反応させて、ナイフそのものが溶解する。
それによって、敵の内部のみにダメージを与えるのだ。
電動モーターに正確に打ち込めば、相手は動けなくなってしまう。
「よし!」
ガクン、と膝をついて倒れた敵マシーン。
鉄球もその辺に転がっている。
「やった!」
だが、そのとき。
「あっ!」
敵のアームが、僕のマシーンの脚部をつかんだ。
「しまった、予備モーター! こいつ、改造機か!」
ドジャアアン!
僕のマシーンは、壁に押しつけられた。
敵はワイヤーを巻き取って、鉄球をふたたび身体に戻した。
僕に狙いをつけている!
「くそっ!」
改造機のパワーは、僕のマシーンよりも上だった。
逃げられない。
「ちっ!」
僕はセンサーをフル稼働させた。大量の情報をAIで処理。敵の予備モーターの位置を探す。
「見つけた!」
下腹部だ。
しかし、この位置ではカイロナイフで狙えない。
「……!」
敵は、鉄球を完全に回収し、推進装置を起動させようとしていた。
【2.2秒後に発射】
AIによる予測が脳髄に流れ込んでくる。狙いはこちらの電動モーター? いや、マシ-ンそのものを押しつぶす気だ!
ガシャアン!
振動が通路を響かせる。
それは、敵のマシーンがふたたび膝をついた振動だった。予備モーターにカイロナイフが刺さっている。
『まったく』
耳の中に響く声。
柔らかくて甘い声。
『援護は難しいって言ったでしょ?』
通路の向こうに、僕が乗っているのと同じマシーンが立っていた。胸部のパックから、カイロナイフが1本発射されている。
「期待していたワケじゃないさ。予備モーターの位置を発信したのは、あとの作戦に役立てるためだ」
『あなたが無事でいる方が、役に立つわよ』
素っ気ない言い方だが、嬉しい声だ。
僕はAIでデータバンクにアクセスして、こういうときにふさわしい発言を検索した。
「感謝いたします。ラナラ指揮官」
『いいえ。あなたの判断は的確でしたよ、アズル隊員』
「ふっ」
それから、笑った。
「ははは。ありがとう、ラナラ」
「どういたしまして、アズル」
それから僕は通路を進んだ。
「さて、お宝とご対面だ」
もう一度、扉の外へ向かう。
電子の鍵を開けて、眼球のレンズに投影された映像は――宇宙だった。
はるか遠く、光る数々の星。
真っ暗に続く、広がる永遠の
ここは宇宙ステーションだ。
左を見ると、マシーンの数十倍はある球形のタンクが、無人機によって牽引されいているのが見えた。
「見つけたぞ!」
狂いそうなほど喜んで、僕は叫んだ。
「空気だ!」
僕たちは、戦争をしていた。
空気や水をめぐって行われる、宇宙ステーション内での戦争。
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