第11歩目!「忌まわしき過去」
百合はベッドの上から動く気がしなかった。
せっかく飾った大学デビューも儚く散った、結局付け焼き刃の化粧もキレイめのファッションも何も意味がなかった。
慣れないブランドのバッグが自分を嘲笑っているように見えたけど、物に当たるのはやめた。そもそもそんなキャラではないし。
外では雨が降っている、あの日のようだ。
ー
出町柳 百合は当時16歳。
何処にでもいる女子高生だった。取り留めて特徴がある訳でもないし、クラスメイトの顔見知りはいるけれど親友と呼べるような友人もいなかった。
そんな彼女にも趣味と呼べる物があった。
それはアニメだった。
毎晩夜なべして見る深夜アニメは彼女が過ごしている日常から遠くかけ離れていて、いつの日か彼女はアニメの世界にのめり込むようになっていた。
ただ、アニメ好きを公言しているわけでもなく、さりげなくストラップをつけている程度だったので、特に目立つわけではなかった。
ー
「百合ちゃん、見てみなよ!あれキモいよねぇ。」
ある日クラスの女子が軽蔑していたのは、教室でラノベを読む男子だった。ラノベの表紙は確かに性的表現はあるけど、別にそれが気にならなかった百合は首を傾げて、反論してしまった。
「そうかな?別に誰に迷惑かけてる訳でもなくない?アイドルとかバンドとか好きな人と何も変わらないと思うけど。現に私はアニメ好きだし。」
「いや、でもさ、あれは流石にキモいっしょ!」
軽薄なキモいという言葉が感に触った。
「私には人の趣味をキモいって言い張るあなたの心の方がキモいと思うけど」
言った後に我に返った百合だが、時すでに遅し。
この発言は、彼女がクラスから浮く事になるきっかけだった。
スクールカースト上位だった女子に向けられた言葉だった事もあり、すぐに百合は「オタク」のレッテルを貼られ、馬鹿にされた。
筆箱の中に入っていた好きなキャラのキーホルダーを教室の天井に吊り下げられ、嘲笑の的になった。
クラスから一度向けられた敵意は留まる事を知らず、ラノベを読んでいた男子にも馬鹿にされた。
「調子に乗るからそうなるんだよ。別に俺はキモがられてることに気づいてるし、それが嫌だとも思ってねぇ。正義の味方面して語ってんじゃねぇよ、ブス。」
何が可笑しいのか教室中が拍手し、歓声を上げた。
「おい!ブタ男!やるじゃん、みんなお前の事なんかハナから相手にしてないんだよ!」
同じアニメを好きな人間なのにどうしてこんなことを言われなければならないのか、帰り道に降り出した雨は制服をズブ濡れにした、それだけなのか身体が重く感じる。見えない何かに押し潰されそうになって人目につかない路地で泣き叫んだ。
百合はその日から学校に通えなくなった。
「百合!どうするのよ学校。お母さん困らせないで。こんな気持ち悪いキャラクターのポスターなんか飾ってるからよ!外から見えるしご近所さんにも笑われちゃう。」
百合の母親は元々この趣味に賛成はしておらず、いじめられた事を学校に抗議することしなかった。
程なくして自主退学した百合は両親と共に引っ越し心機一転、大検の資格を取得し大学合格。
それと同時に大学デビューの決意を固めた。
自分の趣味なんて隠してしまえばいい、捨ててしまえばいい。郷に従え、華やかな大学生活を送って母を安心させよう。
これが私の生きる道。
ー
何も無い天井を見つめ、百合はぼやいた。
「私、間違ってたのかな。私もアイツらみたいに好きな事を好きって言い合える仲間が欲しい。」
アイツらとは同じゼミナールの拓海と遥の事だ。
彼らを何度か学内で見かけ、楽しんでいる姿が心底羨ましかった。
最初の講義で悪態をついてしまった。あんな事を言った自分に訪れた仕打ちは当然でしかない。
一軍女子なんて息巻いていたけどそんな物は空虚だった。沙羅達とはそもそも住む世界が違った。
けどまさか高校時代の彼女が沙羅と繋がるのは誤算だった。合コンも途中でバックレたし完全に嫌われわね。
百合は大きな溜息をつき、枕に幾つもの水滴を垂らした。
一週間が経ち、百合は大学には通うようにはなったが、沙羅達とは会っていない、ゼミナールにも出席はしていない。
講堂を1人歩いていると、自分の
名前を呼ばれた気がした。
振り返るとそこには拓海と遥がいた。
「出町柳さん、話がある。」
「わ、私からも。」
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