有頂天な猫
琴見 怜
第1話 名前はあるのか
吾輩は猫である。おそらくここで生まれたのであろう、この場所には吾輩の絵が飾ってある。吾輩の寝顔を背に、山の上から見えるこの街の景色が描かれている絵である。どこの誰が描いたのか、下手なものなら引っ掻いてやったのだが、これが残念ながらなかなかの出来である。吾輩の美しい毛並みが一本一本綺麗に描かれている。さて、その美しい絵だが、日が二回昇る前に、吾輩の前から忽然と消えてしまったのだ。その時吾輩は激怒した。生まれてきてこの方感じたことの無いような、そんな憤激が、吾輩の心をかけ巡った。しかし、どういうことだろうか、吾輩の飼い主は一切の動揺を見せていないのだ。吾輩は考えた。あの絵は彼にとってあまり大事なものではなかったのだろうか、いや違う。新入りは「この絵は僕が幼い時からあったんだよなー」とくちをこぼしていた。その時、吾輩の体に閃光が走った。彼は待っているのだ、吾輩が絵を見つけ取り返すのを。神は与えたのだ、悪の手に渡った絵を取り返すという大きな試練を。そして今日、吾輩は決意した。吾輩はこの家を出る。絵を取り戻すまでは帰ってこない、と。
有頂天な猫 琴見 怜 @rei-u-i
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