Plant The World

白銀黒夜

第1話

 それはまるで、祝福の光を浴びての降臨だった。朝日と共に生まれ落ちた生物。銀が混ざった白くて長い髪は光でキラキラと輝き、エメラルドグリーンの瞳は生命に満ち溢れた強い意思を宿している。

 ただし、それは人であって人でないもの。人の形をした、なにかであった。すでに成人した人間の姿でこの世界に現れたそれは、天の使いかと見間違う程の美しい姿であっても、人類にとっての悪魔でしかないことはまだ誰も知る由のないことであった。




 きっかけは、ある日突然地球に飛来した隕石だった。隕石に付着していた種、それが地球の地面に到達した瞬間、人類への脅威が始まった。

 種は瞬く間に発芽し、巨大な植物のツルが地表を覆い尽くした。火をくべても、銃火器を使用しても、ツルは異常な再生スピードを誇り侵食していく。ついには核兵器導入まで検討されたが使用直前に核が保管された場所を植物に制圧されてしまった。

 次第に住む場所を奪われていった人々は、まだツルが侵食していない場所に難民キャンプを作った。住処を奪われ、ただ怯えているだけの人類ではないのは、それまでの歴史が物語っている。

 人々は武器を手にして立ち上がり、未知の巨大植物と対峙した。植物側は当初人類の存在を気に止めていなかった。植物に意思は存在しない。人であるならば当然の知識だ。しかし、宇宙から飛来した植物は地球産のものとは違った。それには明確な意思があったのだ。

 種の中に存在した1mmにも満たない小さな核は成長して5m程の宝石に成長した。エメラルドグリーンの輝きを放つ宝石の周りには巨大なツルが巻きついている。その宝石こそが巨大な植物を操る意思としての役目を果たしていた。

 最初こそは順調に制圧を続けていたツルだったが、やがて人類の抵抗が激しくなるにつれ無視できない存在となっていった。

 意志を持つ宝石は考えた。人類を徹底的に排除するにはどうすればよいか。

 そして宝石は閃いた。人である彼らには、同じ人をぶつければいいと。

 やがて宝石は自身を切り崩し、欠片を核として人間をベースにした植物人間を創り出した。

 植物人間は繭から次々に覚醒し、巨大なツルと共に人間に猛威を振るったのだった。




「走れ、走れ!」

「クソッ…あいつら、もうこんなとこまで来やがって!」

 壊れた建造物に埋もれた瓦礫が散乱する地表で、全力疾走する人間が二人。後方には巨大なツルの大群が押し寄せている。

 ツルの上にはポツポツと人影のようなものが見える。一様に簡素な白いドレスを纏っており、まるで人形のように透き通った肌、様々な色の髪や瞳を持っていた。

「逃げろォ!"植物人間"が来るぞォ!」

 二人の内前方を走る男が叫ぶと同時に、ツルの上にいた植物人間と呼ばれたもの達は一斉に飛び上がる。ゆったりとした袖口から見せる白い手をツルへと変貌させ、男達へ突き伸ばす。

「うおわっ!?」

 間一髪で植物人間達の攻撃を躱した二人は肩から下げている銃を発射した。すると植物人間の身体に何発かが命中した。

「よっしゃあ!」

 弾は確実に心臓、左脇腹、腹部を貫いたはずだった。

「ンなっ…!?」

 確かに当たりはした。だが、弾は根と草木で構成された身体を持つ植物人間には効かない。中に食い込んだ弾は体内から捻り出され、地面へと落ちていった。

「ちくしょうっ!」

 再び走り出した二人が目指す先には難民キャンプが控えている。このままでは全員の命がおじゃんになってしまう。元々二人は植物群に侵食された地域に食料と物資が残っていないか調達に行っていたのだ。

 何故危険を侵してまでそんな所へ向かったのか。それは難民キャンプの深刻な食糧不足にある。

 数日後には食料が尽きてしまうという状況までに追い込まれて二人はこの地へとやってきたというわけだ。

 辛うじて壊れていない建物にもツルが侵食してナイフなどを使って掻き分けながら進まなければならない。苦労してようやく中に入り食料や使えそうな消耗品を見つけて運び出した時だった。運悪く巡回中の植物人間に見つかってしまった。植物人間はすぐに仲間を呼びツルの大群を持って襲い掛かってきた。

「どうするんだよ!?」

「とにかく走るしかねぇ!」

 結局食料は少ししか持ち出せなかった。あの場所も再度ツルの大群が押し寄せたことにより跡形もなく崩れ去っていることだろう。

「キャンプの方はどうだ!?」

「さっき無線機で通信したが、応答がねえ!緊急信号弾も放っといたが、気づいてくれてるかどうかはわからねえ…!」

「クソッ、無事に逃げてくれよ…!」

 全力疾走で走り続けている為、そろそろ足が限界になってきている。

 ここまでか、そう思った矢先のことだった。

「おい、前を見ろ!」

「あれは…!」

 難民キャンプから数キロ離れた場所にある岩石地帯、そこに武器を携帯した複数人の男達が立っていた。キャンプの仲間達だ。

「お前ら!こっちだ!」

「助かる…!キャンプのみんなは…!」

「まだ全員が避難するのに手間取っていてな…つーことで俺達は時間稼ぎだ!」

「すまねぇ…俺達が植物人間に見つかっちまったからこんなことに…」

「過ぎた事は仕方ねぇ。それに、お前達だけで行かせた俺達にも責任はある」

 実は難民キャンプへの襲撃は今回に限っての話ではなかった。日を開けて何度も襲われ、命からがら逃げるのを繰り返して来た。

何人もの仲間が散り散りになって行方知らずなんてのも日常茶飯事だ。

 特に襲撃を受けやすいのが物資調達の為キャンプ外に調達に出掛けた時だ。

 最初の頃は敵に見つかると調達メンバーがその場で応戦していたが大抵の場合は全滅して、無線機や緊急信号を受けて駆けつけた人間もそのまま餌食になることが多かった。敵に発見されるリスクを考えて大人数での調達は控え、見つかれば即緊急信号弾を送りキャンプの方へ逃走、キャンプに残った住民は動ける男達で襲撃を迎え撃ちほかの住民が逃げ切るまでの時間稼ぎを担当するようになったのだった。

「今回もまた大物が釣れたな」

「前回より植物人間の数が増えてやがる…これでケリを着ける気だな」

「上等だ!こっちももう逃げ続ける生活なんてまっぴらだ!ここで片をつけるぞ!」


 オオーーッ!!!


 威勢の良い叫びをあげて、男達は団結する。その様子を遠くから眺めていた一人の植物人間はポツリと呟く。

「本当に愚かだな…この星の知的生命体は…」



 迫りゆく巨大なツル、決起を上げる人間達、その様子を哀れみを込めて眺める植物人間達の闘いは短時間で決着した。岩石地帯に積もった男達の屍、キャンプから逃げ遅れた老人、女、子供の死体、荒れ果てたキャンプ場、そして、生きた人間が残っていないか確認する植物人間。

「制圧完了、確認が終了次第速やかに撤退せよ」

 宇宙からの侵略者は、無慈悲かつ冷淡に告げた。




 同時刻、別の場所でも植物に襲撃を受ける人間達がいた。

「ハアッ、ハアッ…!」

 汗を滴らせ、足を緩めず少年は走る。

「クソッ、どうしてこんなことに…!」

 ここでも巨大なツルが少年を襲うが、植物人間の姿は見えない。

「仲間はどこに…!」

 少年も物資調達の為に仲間とまだ植物に被害を受けていない街へと足を運んだのだったが、運悪く植物側の制圧に巻き込まれてしまい、逃げる最中に仲間とはぐれてしまった。

「無線機も繋がらねえ…緊急信号弾も逃げる時に落としちまった…」

 一人津波のように押し寄せる巨大植物に巻き込まれまいと必死に逃げる少年。しかし、もう足もおぼつかないほどに疲れ果て、先程からもつれながらも全力疾走で走っていた。

「もう…駄目だ…」

 少年は躓きバタリとその場に倒れ込む。

 朦朧とする意識の中、少年はうねる何本ものツルに飲み込まれていった。

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