東二局

 俺はしがない雀士。学生時代、麻雀にハマってしまいその魔力に魅せられた、今年で29リーチの男。休日の前夜、馬車馬のように働いた俺の唯一の楽しみはマスターの店で酒を飲むことだ。


 麻雀では満たされない何かをBAR・Le Víaで埋めていた。



「やぁ、マスター。いつものお願い」



 ボトルからグラスへと、トクトクと注がれていく光景をぼんやりと眺める。


 

「先日はどうも。姫川、可愛かったでしょ……ん? あぁ、チョンボマンの本名だよ。姫川ひめかわ茉莉まりって言うんだ……え? 流石にね、チョンボマンって名前で働かすわけにはいかないよ。確かに一部の物好きは来るかもね」



 グラスに口をつけ喉を潤す。



「あれから、田中さんと木村さんも姫川アイツ目当てで通うようになってさ。噂を訊きつけたエロ親父たちも増えたような気がするよ。雇って正解だったね。牌とラシャをおじゃんにして店長には怒られたけど結果的にね……おじゃんになった卓? 現役で使ってるよ。全自動卓とかはラシャを交換出来るようになっているんだ。ほら、マスターが使った卓のラシャ新しかったでしょ? ……そうそう。ま、流石に牌は買い替えたけどね……自腹で」



 グラスを置きコースターを冷やす。中の氷は酒とともに溶けていく。



「ま、いつもの愚痴に付き合ってよ……そうそう、いつも通りの悪質客さ……今度の客? イカサマを使う奴だよ。ま、Vシネマに出てくるような如何にもって感じじゃないけどさ。只のおっさんだよ。木の樹液に誘われた場違いの蛾がね」






「一発自摸! 四千オール! ラストです!」


「くはー姫ちゃん。強いね~。オジサンたちすっからかんだよ」


「つよーなったな。ひめちゃん」


「えへへ」






「あいつ。意味わかんねーぐらい強くなっちゃってさ。剛運って言うの? リーチしたら一発は当たり前。暗刻は全乗り。だから大体は満貫以上。可愛い顔してバケモンだよ。本人はさ『ビギナーズラックですよ。先輩!』って言うんだよ。あのままだとこれから先、何年も言いそうだなアイツ……ん? 悪質客?」






「あ、それロンです!」


「え? ホンマか……ん? ってそれチョンボやん。ほらこれ」


「え、嘘! どうして!? こんな真ん中の牌切ってないです」


「うーん。確かにこの切り順。不自然だな」


「どうしましたか?」


「先輩。私、誤ロンしちゃったみたいで……でも故意ではないんです!」


「……」


「故意ではないにしても……三千オール払い」


「……はい。皆さん、申し訳ございませんでした。以後気を付けます」


「気にせんで! 次や次」


「おじさんたち。姫ちゃんのキュートな笑顔をさ見に来たんだから」


「田中さん。それセクハラです」


「田中はん。あきまへんで」


「ガハハハッ」


「……」






「その卓ではそれしかなかったんだけどさ……そのおっさん、姫川の河をすり替えたんだと思う。田中さんと木村さんに事情を話したら席を譲ってくれたよ」







「おーっと、そうだった。これから用事があったんだった」


「そーやった。ワイもや」


「おいおい、二人もか?」


「カミさんに叱られてまうわ、堪忍な。二人分の代走頼むでー」


「かしこまりました。代走入りまーす!」


「待たね。姫ちゃん」


「また来るさかい」


「?……はい。お待ちしております」






「そのおっさんには、座楽でイカサマするとどうなるか教えてあげたのさ……もちろん麻雀でだよ。でも少し苦戦しちゃってさ、点棒状況的にダブル役満が必要なくらい追い込まれててさ」







「(上家のねーちゃんは赤ドラの順子落とし、そして河もバラバラ。この点棒状況だと七対子はない、ドラも切ってるしな。となると、自摸四暗刻か単騎待ち。下家の店長は河的に萬子のホンイツかメンチン……いや九連……純正まであるな。親である俺からのダブロン狙ってるとしたら、これら萬子は切れない。そしてこの白も)」


「(対面のにーちゃん。中に発をポン。場にはまだ白が見えていない。確定か、シャボか。どちらにしろ点数は……この局を耐えれば勝てる!)」


「……」


「(!? 白とおるのかよ。脅かせやがって。ちっ、また萬子をツモっちまった……ここは奴と同じ白を)」


「ポン」


「なに!!? 切った白をポン!?」


「自摸! お客さん。大三元を確定させた人の責任払いで32000です」


「な……な、なんだと」


「すごい! 流石先輩です!」








「こんなこと他の客にしちゃったらクビもんだけどさ、これぐらいしか思いつかなかったんだよね。それにさ、イカサマにはイカサマでって言うのは、Vシネマの中での話。腐ってもプロ名乗ってるんだからさ……マスター」





「新しい道を見つける事って難しいけど重要だと思わない?」

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