フリーター雀士の日常

せみの ゆううつ

東一局 

「マスター。愚痴をさ聞いてもらっていい?」


 ロックグラスを傾けながら酒を口へ流し込む。


「俺、駅前の座楽ざらくっていうどこにでもあるような、何の変哲もない雀荘で働いてんだけどさ。昨日の客が、とんでもねぇ奴だったんだよ」



 グラスを置き、コースターを湿らせる。



「……マスター。チョンボって知ってる? ……そうそう、それそれ。それをね故意的にやる悪質な客が来た話なんだけどさ」





「そいつがうちの雀荘に来たのは午後一時頃。まだ、静かな時間帯。一卓立つか立たないかってくらいの微妙な時にさ、ドアのベルが鳴ったんだ。その時、客が二人居て店長と一緒にメンバーとして入ろうとしたんだけどね」


 

 Mr.チョンボ。チョンボマン。って巷ではそう呼ばれている。数々のフリー雀荘に現れてはチョンボを行う悪質客。まぁ出禁くらって雀荘を転々としているらしい。



「最初、そいつがチョンボマンって分からなかったんだよ……え? なぜかって。マスターはチョンボマンって聞いてどういう奴を想像する? ……中年男性で危険そうな雰囲気……そうだよね。俺もそんな奴だと思ってた……けど、実際にはチョンボマンって若い女性だったんだよ」





「いらっしゃいませ」


「初めてなんですけど、いいですか?」


「はい。ご新規の方でも安心して打てますので。役や点数の説明はよろしいでしょうか?」


「ええ」


「では、どうぞお座りください。ドリンクは如何なさいますか?」


「いえ、結構です。ルールは」






「いやー、キレイな人だったよ。年齢は俺と同じくらいかな。ま、どうでもいいんだけどさ。ちゃんとルール票とかまじまじと見てさ。あれも演技だったって考えるともう滑稽で、笑っちゃうよね。麻雀をまじめにやっている人かと思っちゃったんだよ。あいつがチョンボマン……今でも信じられないよ」






「では、こちらへどうぞ」


「よろしくお願いします」


「えへへ。よろしくな嬢ちゃん」


「お嬢ちゃん若いな。年幾つや?」


「田中さんに木村さん。女性の方なんですから言葉に気を付けてください!」


「ま、そう言うなや。ほな初めっか。ワイが親だから」


「「「!?」」」


「あ、ごめんなさい。自山崩しちゃった……これってチョンボですよね?」


「は、はい。けど態とでなければ、店のルールで一度だけ山決めからやり直せますので」






「崩し方が自然でさ。もう芸術点をあげたいくらい見事なだったよ

……ん? あぁ、山崩しってのはチョンボマンがやる技の一つでさ。書いて字のごとく自分の目の前にある牌の山を壊すのさ。例えるなら堤防が決壊したみたいな。山が崩れるってのはたまーにあることなんだよ。珍しいことではないんだけど、俺もたまーにやっちゃうことあんだけどさ。チョンボマンのは修復不可能な崩し方なんだよ。全壊。この言葉がしっくりしてる」





「ごめんなさい。緊張しちゃって」


「嬢ちゃん。焦らなくていいんだぜ。リラックス、リラックス」


「気にせんでええ。誰にも一度や二度あることや」


「そうです。では気を取り直して」


「「「!?」」」


「ごめんなさい……二度目だからこれってチョンボですよね?」





「確信に変わったよね。この女性ひとがチョンボマンだって。最初はまさか、って思ったよ。けど、二回目は態とらしかったんだ。まるで『私がチョンボマンよ』って言いたげな感じでさ」





「ま、まさか。アンタ、チョンボマンか?」


「……」


「チョンボマンって男じゃないんか?」


「……」


「いい加減にしてください! これ以上は」


「……そうよ。私がチョンボマンよ」


「「「!?」」」






「その時居た二人の客が怒って帰っちゃったんだ。もう、散々だよ。女性じゃなかったら力ずくで追い出すところだけどさ。その時の俺何を思ったのかチョンボマンに勝負を仕掛けたのさ」






「俺と店長を入れて三麻で勝負をしませんか? ルールは簡単。貴方は対局中に一回でもチョンボをしたら勝ち。それと同じくチョンボできなかったら負け。どうでしょうか?」


「いいわよ。勝ったらここで好きなだけチョンボをさせてもらうわ」


「では、こちらの卓で打ちましょう」






「ま、秘策があったから、勝負を仕掛けたんだけどね……え? 俺らが勝ったらどうする? まぁまぁ」






「く、崩れない……な、何で?!」


「これ、なんだかわかりますか?」


「瞬間接着剤!?」






「全牌と卓を接着剤で止めたのさ。チョンボマンのお得意の山崩しができないってわけ……流石にわかっちゃった? そう、麻雀自体できない。けど、対局は始まっている。のに、チョンボマンはチョンボができない。単純だけどこれが正解なんだ。まぁ、俺たちが勝ったらのことだけどことを誓わせたんだ」





「……その後どうなったかって? 気になるよね? そしたら、うちに来るといいよ。可愛い店員が迎えてくれるからさ」

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