第13話
京都から群馬までは相当な距離がある。
さすがに1日で移動するのは疲れてしまうから、一旦家に帰って休んでから群馬へと向かうことにした。
全てを失って、もう2度と戻ることは無いだろうと出てきた家だったけど、いざ帰ってみるとどこか懐かしい匂いに自然と涙が出た。
『両親も、大事な人も生きている』
それが今の僕の救いであり、心の支えでもあった。
早く会いたい。
だけど、たった一つの不安は残る。
もしこのまま僕が呪いを解くことができなくて、玷になってしまった時、僕は大切な人たちをこの手にかけてしまうのだろうか。
僕はあとどれくらい翔のままでいられるのだろうか。
全てが怖くなった。
これから群馬に行って親族に会い、そこにいるとされる母さんにも会わなければならない。
けれどもし失敗したら僕はもう二度と僕には戻れないのだろう。
それならいっそのことこのまま部屋に閉じ籠って、誰にも会わず、一人で静かに人生を終えた方が楽なのかもしれない。
母親と住んでいたこの部屋は、きっと父親を含めた親子3人で仲睦まじく暮らしているはずだった。だけど僕の記憶の中には、父親の姿も母親の姿も朧気で、1人では少し広すぎるこの部屋は僕にとっては苦痛だった。
でも、それでもこの部屋から出れないのはきっと、母さんがこの部屋で僕を育ててくれたから。
本当の母じゃないかもしれない。
だけど、育ててくれた人だから僕にとっては彼女が母親なのである。
一人畳の上で膝を抱えてうずくまる。
こうすると全てをシャットダウンできる気がするのだ。
このまま、このままずっと一人で生きていけば、もう悲しいことも辛いことも何も経験しなくていい。
ひたすらそんなことを考えて、ぽつぽつと涙を流す。
―♪
ふいに、玄関のチャイムが鳴る。
最初は勘違いかと思った。
でも、もう一度同じ音が部屋に鳴り響く。
おそるおそるドアの側に行く。
ゆっくりとした動作で玄関ドアの除き窓を見て、僕は急いで扉を開けた。
そこに立っていたのは、僕が会いたくてたまらなかった人。
「・・・ちー・・」
「翔。」
彼女はあの頃と何ひとつ変わることのない笑顔を、僕に向ける。
「千春!!」
僕は衝動に任せて彼女を抱きしめた。
彼女は驚きながらも優しく抱きしめ返してくれた。
「千春、千春、千春っ」
「ふふっ。翔、逢いたかったよ」
「僕も、逢いたかったんだ。お前が居なくなってしまって、千春が死んだって言われて死のうともしたんだ。だけど、できなくて、」
「落ち着いて。私もあの時は本当に死んだと思ったんだ」
そう言って彼女は、あの時の真相を話してくれた。
あの日、占いの結果を伝えた後、彼女は一気に具合が悪くなりそしてそのまま自殺したはずだった。
しかし真相はそうではなく、千春はおばあちゃんによって仮死状態にさせられていたのだ。
彼女は、声が出なくなった時点でかなり危険な状態になっていた。
怨霊である玷によって、僕、翔の一番大切なものを壊すという対象になってしまっており、彼女は体を半分乗っ取られていたらしい。
おばあちゃんが一生懸命に抑えてくれたけど、呪いの力はかなり強く、このままでは本当に千春が自殺してしまうと恐れたおばあちゃんは、彼女の家に代々伝えるおまじないで、彼女を一旦、仮死状態に持っていった。
そして、無事そのおまじないによって仮死状態になった彼女は、ぱっと見ではどこからどう見ても死んでるように見えたということだった。
それなら一言僕に言ってくれればよかったのにと思ったけれど、彼女は
「そんなことを伝えたら、翔は運命に立ち向かわないでしょ?
だからおばあちゃんはあえて嘘をついたって言ってたよ」
と言われてしまい、何も言い返せなかった。
きっとあの場で彼女が生きていると知っていたら、僕は何が何でも離れたくなかっただろうし、この苦痛ばかりの運命に立ち向かうことなんてしなかったと思う。
ふと、ここで疑問が浮かぶ。
「ねぇ、千春」
「ん?」
「なぜ、今、来たの?まだ終わってないよ?」
「うん、でも、翔には私が必要なはずだよ」
そう言ってから彼女は鞄から、何やら小さな木の箱を取りだした。
「これは?」
「これは、勾玉」
「勾玉?」
「うん」と言ってから彼女は蓋を開ける。
そこには真っ赤な色をした小さな勾玉が入っていた。
そしてそれを手に取ると、それは首飾りになっており、彼女はそれを自分の首にかける。
驚いた。
それを掛けると彼女の瞳は勾玉と同じ赤に染まり、どこか違う人のように見える。
「ちはる・・・?」
別人になってしまった彼女にそっと触れる。
彼女はいつもと変わらない優しい手つきで僕の手を取り、子供に言い聞かせるよな口調で話し出す。
「翔、よく聞いて。私は、千春。でも私にはもう一つ名前があるの。」
「もう一つの名前?」
「そう、別名みたいなもの。」
「・・・」
「私はね、別の名前を鬼継
嫌な予感はした。
これまでの経験から、別名を持っているときは基本的に僕の呪いに何かしら関係していたのだから。
言葉を失う僕の前で、赤い瞳の彼女は話を続ける。
「私は鬼継 琉彩の直系の子孫。彼は私の祖先にあたる人。でも、私の祖先は彼の鬼を崇拝する思想に共感できなかった。だから、身内である彼を裏切って、巫女として鬼を鎮めることに力を尽くしてきたの。でもある日、彼は翔のご先祖様を騙して、神様の勾玉を奪ってしまった。そして鬼になった翔のご先祖様に食われ、殺されてしまった。私の先祖は琉彩の娘、そして鬼継家唯一の巫女の血が流れる家。」
「巫女・・・」
「そう、翔も知っているでしょう?鬼を鎮めるには巫女が必要なの」
「じゃあ千春は・・」
「うん、私は翔のために巫女としてここにやって来た。
そしてこの勾玉は私の中の巫女の血を呼び覚ますもの。」
千春はもう一度僕をしっかりと抱き締める。
「翔、もう一人じゃないよ。私が一緒にいる。」
「・・・っ」
その言葉で今まで我慢してきた色々なものが溢れだした。
14 柊 由香 @shouyu0528
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