第11話

 倉から戻ってきた神主さんは、一冊の古い本を持っていた。

「これは私の先代、つまりこの神社の歴代の神主やその関係する者たちが順番に記録していたものです。」

そういって本を開き、最初の数ページを捲って僕に見せてきた。

僕は古文が大の苦手なので、宵継寺の時と同じように神主さんに読んでもらうことにし、神主さんは快く引き受けてくれて、必要なところだけを抜粋しながら読みますねと言ってから、音読を開始した。


―私は神主である宵継玷の側に仕える明継琉彩めいげつ りゅうさいである。またの名を鬼継琉彩きづきりゅうさい

この神社は既に神が存在していない。今は宵継殿の父君をご神体とすることで成り立ってはいるが、それももはや限界。やはり、人が神に成り代わることは決して無理なのである。そこで私は私の一族が祀る”鬼”をこの神社に降ろし、祀り上げることにする。しかし、問題が生じた。人間を祀るのであれば、その者が生前大事にしていた何かをご神体にすることで成り立つが、鬼はそうはいかない。とにかく強い霊力を誇る物を用意するほかないのだ。

 私は閃いた。この神社の裏に小さな祠がある。私はそこの中にある勾玉を利用することにしたのだ。これならば鬼の霊力に引けを取ることもないだろう。

これで完璧だ。

 また問題が発生した。宵継殿が私の謀に賛成をしてくれない。どうする。

致し方ない。我が神である鬼を降ろす為には多少の手荒な事もする覚悟だ。まずは宵継殿の近しい者で反対をしている者を消すほかは無い。宵継殿も人の子である。外堀を固めつつ毎日必死に説得したために、最後は納得してくれたようだ。これで完璧な神社として再建できるだろう。

 ついにその時がやってきた。待ちに待った瞬間だ。我が神が降り立つのだ。今日はぜひ赤飯を炊き、この神社の復興を願いつつ盛大に宴を開こうと思う。この勾玉は素晴らしい。真紅の色を帯び、神々しい光を放ち続けている。この勾玉はご神体そのものであるから、やはり私が持つのではなく、神主である宵継殿にお渡しするのが最適だろう。この神々しさは飾り置くのでは勿体ないであろうから、首飾りにして常に一心同体で居て頂こう。

 こんな              はずではなかったのに

鬼が             出た。―


そこでこの人の話は終わっていた。

本には続きがあるけれど、それはこの人、鬼継琉彩さんが書いた時代からざっと見ても20年くらいは間が空いていた。

 「神主さん。この、鬼って・・・」

僕は僕の考えることが正しくないと信じたかった。

しかし、現実は甘くない。

 「はい。この鬼こそ宵継玷様だと思われます。」

やはり僕の思い過ごしではなかった。

つまり、宵継玷は自分で鬼になったのではなく、鬼継琉彩によって鬼を宿され、最後はそれに対する恨みや、家族を失った悲しみなどが入り混じって怨霊となってしまったということだ。

お寺では怨霊となった経緯しか見聞きしていなかったため、すべての元凶が人の手によって起こされたということに僕はかなりショックを受けていた。

 「あの、どうすればいいんでしょうか?」

 「どうすればとは?」

正直言って僕自身戸惑っていた。

呪いを解いて自由になれるのは目と鼻の先と思っていたのに、本当はまだ富士山の麓までしか来ておらず、これから過酷な山道を進む。これが現実の残酷さというものだ。

 「勾玉をあるべき場所へ返すことで終わると思ってました。ですが、違いますよね?多分戻すだけではこの呪いは終わらない。きっと、この鬼継家の人がなぜ鬼を制御できなかったのか、それに鬼が放たれたのに、封印されてませんよね?」

ぼくは思いのままの疑問を伝える。

すると神主さんは少し考えた後、「鬼継の末裔を教えます。」とだけ言った。

けれどすぐに「しかし」と付け加える。

 「しかし、末裔は翔さんもよくご存じの方のはず。」

 「・・・母ですか?」

 「はい。」

 「生きているんですか?」

 「・・・・・・・・はい。」

本当だった。母は死んだと思っていた。けれど本当に生きているのだ。

僕は泣きそうになるのを必死に堪え、神主さんに母の居場所を聞く。

母は今、群馬の寂れた田舎で本家に匿われているとのことだった。


 僕はお礼だけ言って神社を立ち去ろうとすると、神主さんに留められた。

 「翔さん。その勾玉は置いて行かれてほうが良い。」

 「なぜですか?これは僕が本来の形に戻して返さないと、僕は呪いを解けないんです。」

 「ええ、ですが、鬼継家にそれを持っていくのは賢い選択ではありません。それは本当に力が強いものです。だから、今でも鬼を呼び出すほどの力がそれには宿っています。」

 「え!?でも」

 「はい。それは確かに過去に鬼を呼び出す道具として使われました。ですが、あと一度だけ同じ力を使えます。だからこそです。」

神主さんは真剣な眼差しでこう告げる。

 「その力が呪いの解除、鬼の封印に絶対に必要です。」

だから決して鬼継家の人間の手に渡ってはいけない、と言い僕にその勾玉だった石を置いていくように言った。

正直、この神主さんが100%信用できるかと言われればそれはない。

けれど、神主さんは鬼継家の人間ではないし、神主さん自身、鬼を信仰している鬼継家のことはあまり良く思っていないようなので、僕は石をこの神社で預かってもらうことにした。


 この神社で僕が手に入れたのは、母がいる鬼継家に行き、鬼を封印する手立てを教えてもらうこと。そして、それが終わって初めて呪いの根源はなくなるから、そしたらこの神社に戻ってきて、勾玉を本来の神様に返す。すると、神様から受けた呪いも消えるから、これで初めて僕の、僕の一族の呪いは綺麗さっぱり無くなるということらしい。

そして神主さんが呪いを解くにあたって、巫女が必要だと言ってた。

それと、詳しくは分からないけれど、そこで使用する道具も必要で、それは鬼継家が所有しているだろうということだった。


あと少し、あと少しで僕の呪いは終わる。

僕は京都を後にして、そのままの足で群馬へと向かう。

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