第8話

 和尚さんが戻ってくると、その手には小さな木の箱があった。

「宵継さん。

 あなたにお渡ししたいものがございます。」

そういって僕の前に座ると、木の箱をそっと開けた。

中には、骨?石?のような白くて丸い球体が入っていた。

「これは?」

「こちらは、私が先代の住職から、24代目の宵継がこの寺にやってきた時、渡しなさいと言われたものです。」

和尚さんは、その正体はわかりませんと一言付け加え僕に箱ごと渡してきた。恐ろしくなりながらも、僕はその球体を直接触ってみようと思い、ゆっくりと手を伸ばし、指先が球体に触れた。

 すると、僕は見たこともない景色の中にいた。だけど、体は自分の意志で動くことはなく、誰かの目を通してその光景を見ている感覚だった。その体の持ち主は、着物を着た人と話をしたり、掴み合いの喧嘩もしていた。僕の母にそっくりな小さな女の子も出てきた。それから場面が変わって、今度は誰かが誰かを殺していた。正確に言えば、刀を持って次々と襲いかかり、襲われた人は血を吹き出しながら倒れていった。女も子供も関係なく、どこかのお屋敷の中であろうこの場所は、気づけばどす黒い赤に一面覆われていた。僕は一気に具合が悪くなって、その場で吐き気を覚え、何度もえづいた。(体は僕ではないから、多分この体の持ち主が同じ反応をしていたのだと思う。)それでもこの惨劇は止まることなく、僕の周りは死体の山になっていた。

さっきまでお寺にいたはずなのに、気づけば誰かの体の中にいて、その誰かの見た光景を見せられている。夢ならば早く目覚めたかった。だけど終わることのないこの惨劇は続いた。

そのあと、また場面は変わってこの体の持ち主は走っていた。そして一つの部屋に入った。そこには、またも僕の母親にそっくりな女性と男の子供がいた。持ち主は彼女たちを強く抱きしめた後で、手に隠し持っていた短剣で彼女たちを殺した。皆が息絶えると今度は心臓を出して、食べた。

涙を流しながら、何度も吐きそうになりながらそれでも食べた。幸いにも僕は目を通して光景を見ているだけのようで、音や味はわからなかったからまだよかった。

体の持ち主は心臓を全て食べ終わると庭に出た。そこで役人のような人に取り押さえられ、それでも暴れ、体の様々な箇所を刺されても立ち上がり、自分の胸から心臓を出し、食べ、倒れた。

 そこで視点が変わったようで、僕はさっきまで僕が入っていたであろう体の持ち主を、別の人の視点から見ていた。それは人ではないような姿で、角が生え、爪は鋭く、小さな頃に絵本で見たような”鬼”にそっくりだった。その鬼が倒れた後、僕の新たな体の持ち主はゆっくりと近づき、彼を抱き起した。そして髪をかき分け、彼の顔がはっきりした瞬間、僕は驚いた。それは僕の顔にそっくりだった。そっくりなんてものではなく、もはや自分を鏡で見ているようだった。そしてそこで初めてこの夢の正体が理解できた。これは、宵継玷の記憶であり、途中からは和尚さんのご先祖様が見た記憶だということ。


 一瞬で目が覚めた。覚めたというのか、戻ってきたというのか、どちらが正しい表現なのかは分からないけれど、僕の目の前には、僕を心配そうに見つめる和尚さんの顔があった。

「ぼーっとなされていたようですが、大丈夫ですか?」

「あの、その、、、今は何時ですか?」

僕の感覚では向こうで何時間にも渡る残酷な体験をしてきたわけだが、和尚さんが言うには、僕が球体に触れてから3分も経っていないというのだ。漫画や小説である話だが、自分に実際に起きると訳が分からなくなるのは確かだった。

怖くなった。

この球体の正体はわからない。

だけど、確かにこの球体に触れた瞬間に僕は宵継玷が生きていた時代に飛ばされ、彼の目で、そして和尚さんの先祖の目で彼が鬼になってしまった事件を見たことは夢でもなければ僕の妄想でもないのだ。僕の膝の震えや、冷や汗が何よりもの証拠だった。


「和尚さん。この球体の正体を本当に知らないのですか?」

改めて聞いてみたが、和尚さんは本当に知らないようだった。だけど、そのお詫びというわけではないけれど、と僕に1通の紙の束を渡してきた。時代劇でとかで見たことある形で、多分、今で言うところの手紙なんだと思う。

「これは?」

「これは、先代の住職があなたのために書いた手紙です」

会ったこともない人から貰うものほど気味の悪いものはなく、ましてや宵継玷が鬼になった瞬間を見たであろう人物からの手紙など怖くて仕方ない。

「先代というのは、あの、、、」

「はい、あの事件を実際に見た方、更に、四継さんともお会いした住職で御座います。私のひいひい叔父にあたります。なので、実際に会ったことは私もございませんが、代々この手紙は受け継がれてきました。そして、24代目が現れた時には解呪の手助けを行うこと、また、丸い石とこの手紙を必ず渡すことを強く言われてました。私自身、この呪いの正体や解呪の術など、何一つ分かりません。まして自分の代で24代目の方が本当においでになるとは、思ってもいませんでしたから尚更です。今になって思えば、もう少し私自身で呪いについて調べておけばよかったと後悔しております。宵継さん、申し訳ありません。」

そういうと、和尚さんは僕に頭を下げ、その後、僕の手を取って改めて呪いの解呪法を一緒に探してくれると言ってくれた。


 和尚さんとの話が終わり、僕はいよいよ和尚さんのご先祖様の手紙を読むことにした。

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