第7話

 4代目がこのお寺に運ばれ、角を切り取り、本当の意味で息絶えるまで、たった数分だけれど、彼が人間に戻った瞬間があったらしい。

彼はその数分間の中で、当時の住職に「この寺の名に自分の名を残してほしい。」ということと、「私はまた必ずここに現れる。そしたらその時が本当の終わりになる。」と言い残し、長い長い叫び声を上げて息絶えたらしい。

つまり、彼が言った“また、必ずここに現れる”というのが、僕自身の事ではないかということだった。

 そして、重要なのは、ここからだった。

彼が亡くなって数年後、一人の若い女性がお寺にやってきたらしい。彼女は当時の住職に「四継よつぎ」と名乗ったらしい。

女性にしては珍しい名だったのと、誰にも聞かずに角が封印されている箱の前に行き、お札を破り、角の一つ、一番小さなものを手に取り、飲み込んだらしい。

咄嗟の出来事で、誰も止めることは出来なかったという。

焦る住職に彼女は

 「私は宵継玷の娘、宵継四継と申します。

幼き頃、四という数字を嫌った一族の者によって百姓の家へ連れて行かれ、今まで《ねね》という名を名乗り生きて参りました。

ですが、昨年の春、夢に父と名乗る鬼のような形相をした男が現れ、私の実の父であること、呪いと共に宵継の血の中で生きて居ること、直系の血筋は私が最後であり、私に四という数字の付く名を名乗り、子孫を残し続けてほしい。自分の呪いのすべてを負うのは、自分と同じ名が現れた時、そしてそれは24代目であり、再度この地に生を得た自分である。と言いました。」

 「私は最初は信じられませんでしたが、その後も何度か夢に現れては、自分の人ではない部分の14個のうち1つを食べてほしい。それは24代目の血に受け継がれる。宵継家は呪いと共に生きる。自分の呪いは他人をも殺める。終わりがなければこの一族は呪われたまま。けれどこの呪いは簡単に終わらせていいものではない。だからこそ、この血を引き継ぎ、呪いを継承してほしい。と言ってきました。」

 「半信半疑ではありましたし、呪いの継承など私は行いたくもありませんでした。ですが、確かに、私が居た百姓の家は私が7つの時に何者かによって殺されました。更に、孤児になった私を養ってくれた村長さんや、私の奉公先のご主人もその奥様も、どんな形であれ、私に関わった人間は全て死んでいきました。病死や事故死、しまいには辻斬りに会って死んだ者もおります。そこで初めて、夢の男の言葉を信じ、今に至ります。」

四継は住職にそう言い、勝手に封を破り、角を食べたことのお詫びをいうと、その場を走り去ってしまい、二度とこの寺に姿を現すことはなかったという。

 

 僕は言葉を失った。

彼の娘がそんなことを言っていたというのにも、彼の夢の中での“24代目が負う”という言葉。僕はまさしく宵継家の直系であり、家系図からいくと24代目の当主であり、字は違えど、《宵継 翔》という彼と同じ名を持っていること、僕の周りの人間は死に、呪いが強く表れていること。全てが彼の言葉通りだった。

ということは、僕は宵継翔であり宵継玷でもあるということだ。

 「そんな・・・僕自身が4代目・・・」

なぜ4代目は四継に終わりにさせなかったのか?

四継はなぜその言葉を守ったのか?

そしてなぜ、4代目は生まれ変わることができたのか?

たくさんの疑問が浮かんでは消える。

胸が苦しくなる。息ができない。

浅い呼吸を何度も繰り返し、彼の言葉を頭の中で何回も繰り返す。


 「宵継さん。」

ふと、住職が話かけてきた。

 「まず、落ち着いてください。

ゆっくりと深呼吸をし、息を整えましょう。

そして、これからの事を考えるのです。

私も出来得る限りでお手伝いさせていただきます。」

そう言い、膝の上で固く握られていた僕の手に、優しく手を乗せてくれた。

 住職のおかげである程度落ち着きを取り戻した僕は、これからの事を考えることにした。まず、呪いを解く方法はこのお寺でもわからない。けれど、僕が4代目の血を濃く受け継いでいて、4代目の生まれ変わりである事は確かなので、あとはその血に流れる呪いをどう解くかだけだ。それに、四継が食べたという4代目の角は僕に受け継がれているはずなのだが、僕にはそんなものは生えていない。だから、どのような形で現れているのかもわからないのだ。

 ふと、疑問に思ったことを口にする。

 「あの、和尚さん。

そういえば、僕が4代目の生まれ変わりだとしたら、4代目は輪廻転生の輪に戻れたということですよね?

ということは、人に戻れて、呪いは消えてるはずなんじゃないんですか?」

よく考えてみれば、先代住職は4代目が輪廻転生の輪に戻れるようにお祈りをするためだけにこの建物を建てたわけで、僕が生まれ変わりならば、4代目は人の輪廻転生の輪に戻れたということになる。であれば、呪いは終わっているはずじゃないのか?

住職は少し考えた後で、こう続けた。

 「私の憶測に過ぎないのですが、4代目は輪廻転生の輪いに戻れたのではなく、呪いという概念に姿を変えたのだと思います。

ですので、生まれ変わりというのは言葉の綾と言いますか、比喩のようなもので、宵継さんの中に流れる血の中に、4代目は呪いとして存在しているのではないのでしょうか?それが彼の言う生まれ変わりであって、それは4がつく代数、しかも彼自身が24代目と指定したために、今までの宵継さんより以前の代には、大きな影響は起きなかったのではないかと思います。」

しかし、と住職は続ける。

 「彼の本当の娘であった四継は、彼の血が一番濃い為に、周りの者が次々に亡くなったのだと思います。さらに、これは私が寺の蔵から見つけた文献に記されていたことなのですが、彼の角を食べ去って行った四継は、全てを隠して普通の女子として伴侶を迎え、子を設け、一生を終えたとされています。真実かはわかりかねます。また、先代住職は彼女が去った後、再会することはなかったと伺っています。ですが、実際にこの寺は彼女が去った後から宵継寺と名を変え、更に宵継さんが現代に生を受けたということは、きっとこれは真実なのでしょう。」

と言った。

確かにそうだ。

もし、四継がどこかで死んでいたら、僕はこの世に生まれていなかっただろうし、呪いも四継の代で終わりになっているはず。しかし、現に僕はここで宵継玷の血を引き継いでいるし、呪いだって実際に起こっている。つまり、四継は子孫を残していたということだ。

 「和尚さん。僕はこれからどうすればいいのでしょうか。」

和尚さんは少し考えた後で、少々お待ちを。というとどこかに行ってしまった。

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