第2話

 それは、僕が21歳の誕生日に事件は起きた。大学3年生になり、就活やら企業リサーチ、そして1年後の卒論に向けた準備などに追われる中で、僕には彼女がいた。彼女の名前は千春と言って、僕が通う理工学部の同じ学年であり、ゼミも同じだった。容姿はこれと言って目立ちすぎることもなく、どこにでも居るような普通の女子大生だったし、頭もものすごく言い訳ではなく、ごくごく普通のレベルだったのを覚えている。

 …なぜ、過去形で語ったのかと疑問に思う人もいるだろう。しかし、この千春こそが、僕が14に呪われているということを思い出すきっかけを作ったと言っても、過言ではない人物なのだ。

 それは、僕と千春が付き合って3ヶ月が経った頃の事だった。いつものように授業がおわり、僕はアルバイトへ、彼女はサークルへとそれぞれ分かれる。僕は一人暮らしということもあり、サークルには一切加入せずアルバイトを掛け持ちして生活していた。高校卒業後には親戚からの仕送りもして貰わなかった自分は、一人暮らしの為にお金が必要だからという理由を語ってはいたが、そんなものはあくまで建前と見栄みたいなもので、実際のところは入学最初に友ができなかったというのがホントのところだ。

 「翔も何かサークル入ればいいのに〜

 そうしたらきっと友達だっていっぱいできるし・・・

 あ!そうだよ!なんなら私の入ってる映画研究会においでよ!」

 「いや、いい。」

 「なんでー!!

 いつまでもそうやって壁作ってたら、友達できないよー」

 千春の口癖だ。

 無論、そんなのは分かっている。だが、僕は昔から人付き合いが苦手なのに加えて、コミュニケーションを取るということがあまり好きではないのだ。それでもこんな僕に千春という彼女が出来たのは、一種の奇跡に近いのかもしれない。たまたま同じゼミになったために、顔を合わせる機会が多くなり、気づけば千春は僕を好きになっていたし、僕も千春といると落ち着けた。それから間もなく、千春が僕に告白をして僕は「YES」と答えたのだ。

 「翔、今、何考えてた?」

 「いや、別に…」

 「ふーん…あ!そういえば私、最近占いにハマってて、翔にもやってあげる!!」

 「いや、いいって」

 「いいから!ねね、1~20の中で好きな数字は?」

 「数字?……じゃぁ14」

 「また14?ほんっと翔は14が好きだね〜

 まぁ、いいや。えーっと14は………」

 そこで千春は止まった。

 「どうした?」

 「え?あ、いや…その…」

 「なに?」

 「あのね…驚かないできいてね?

『この数字を選んだあなたは、この数字の日に何かが起こるでしょう』だって」

 「何かってなんだよ

 適当過ぎてなんも怖くないよ(笑)

 ほら、千春、さっさとお前のサークル部屋に行こうぜ。俺もこのあとバイトだからそんなに時間あるわけでもないし」

 僕は、千春がビクビクしながら占いの結果を読み上げたから何かとてつもなく恐ろしいことが書いてあるのかと思ったが、思い違いのようで、一瞬にして気が抜けた。

 あからさまに呆れ顔をしてやって、僕は立ち止まる千春を置いて歩き始めた。

 すると、千春が僕の方を向き焦りながら言葉を続けた。

「待って、これには続きあるの。

『あなたにとってこの数字は始まりであり、終わりを意味しています。14にはくれぐれも注意を…』って書いてある」

「なんだそれ

 今どきの占いは随分と意味深なことを書くんだな(笑)ほれ、さっさといくぞ」

「あ、ちょっと待ってよー」

 僕はもう一度、軽く笑い飛ばして千春を部室に送り自分はバイト先のコンビニへ自転車で向かうが、自転車を漕ぎながらさっきの占いのことについて考えてみた。

『始まりであり、終わりである。』

 すごく曖昧ではあるが、僕には思い当たる節がある。それはもちろん、母親の自殺だ。

 14日の14歳の誕生日(ちなみに死亡推定時刻は14時だったらしい。)という、こんなにも14に溢れた中で、朝まで元気だったはずの母親が飛び降りたのだ。

 占いが示す、始まりがこのことを示しているのだとしたら、終わりがあるということになる。だが、その終わりとは一体なんだ?

 僕が死ぬことなのか、はたまた誰かに何かが起きることなのか…

 結局、アルバイトが終わるまでずっとモヤモヤと考え続けてしまった。

 それから8時間後の夜の2時、夕方6時からのフルタイムという過酷な労働を終え、僕が店の裏口を出ると、そこには千春がいた。

 「かーける!危ないから夜は来るなって言われたけど、なんか会いたくなって来ちゃった!!」

 「千春…お前っていう奴は…

 少しは自分が女の子であるということに自覚持った方がいいぞ」

 「え?持ってるよー(笑)

 私、れっきとした女の子だもん」

 「女の子がこんな時間に1人で出歩きません。」

 「あはは〜」

 「で、会いたくて来たって言ってたけど、明日にだって会えるだろうに」

 「まぁ、そうなんだけど…ちょっとね、話したいことがあって…」

 「話し?話しってなんだよ」

 「えっとね…昼間の占いの件」

 「ああ、あれか

 あの嘘くさいお前の占いな」

 「嘘じゃないよ!!」

 突然、千春は大声で叫ぶ。

 「あれはね、私の家に昔からずっとあるタロットを使って占うんだけど、夕ご飯を食べている時におばあちゃんが、あれは絶対に当たるから気をつけなさいって…」

 「で、お前は心配になって会いに来たと」

 「うん…

 それに、おばあちゃんが、翔は数字に呪われているって…だから、はや、く…け、さ、ないと…」

 突然、千春の言葉が途切れ途切れになった。

 「?」

 僕はどうしたのかと思い千春の方をみてみると、千春は、喉を抑えながら口を金魚のようにぱくぱくさせているのだ。

 「お前、何やってんの?」

 最初は千春の冗談だと思い、笑いながらあいつの肩を叩いた。すると、千春は肩を震わせながら、口パクで

 「こ、え、が、で、な、い」

 と伝えてきた。

 なにかの冗談ではないか、何度もそう思い千春の肩を叩きながら「声を発してみろ」と言ってみるが、何度やっても千春は大粒の涙を浮かべながら首を横に振り続けた。

 さっきまで普通に喋っていたはずなのに何故?

 そして、何故、千春のおばあちゃんは僕が数字に呪われていることを知っている?

 千春と千春のおばあちゃんは、この呪いを知っているのか…?

 僕は様々な考えを巡らしていたが、今はとりあえず千春をどうにかしないといけない。

 それに千春のおばあちゃんにも聞きたいことがある。ならば、今からでも千春の家に行くしかない。

 僕は泣き止まない千春を支えながら立たせて、自分の自転車の後ろに乗せた。

 1度だけ家には行ったことがあるからだいたい道はわかる。

 「しっかり掴まってろよ」

 そう言って僕は自転車を漕ぎ始めた。

 自転車で移動し始めて20分くらい経っただろうか、嗚咽混じりになった千春を背中に感じながら漕いでいくと、遂に千春の家に着いた。

 時刻は夜の3時。

 何故か玄関と部屋の明かりがついていた。

 千春は普段からおばあちゃんと2人暮らしだと言っていた。両親については何も話してくれないし、聞くつもりもなかった。

 だから、夜中の3時におばあちゃんが起きていることなんて普通の家庭じゃ有り得ない。それに、以前、21時頃に千春を家に送り届けた時は「おばあちゃん20時には寝ちゃうから」なんて千春が言っていたのも思い出した。それならば尚更おかしい。

 僕は千春の手を引いて、おそるおそる玄関のドアノブを握り、捻る。

 施錠はされていなかった様で、ギィーという音と共に扉が開き、僕達を招き入れた。

 千春の方を一瞬だけ振り向き、ある程度落ち着いていることを確認して僕は一緒に家に上がった。玄関をまっすぐ進むと畳の居間があるのだが、そこの明かりだけがついており、その部屋から「こっちへ来なさいな」というしゃがれた声が聞こえてきた。僕は意を決してその部屋へと千春の手を強く握りながら進む。

 部屋を覗き込むと、居間の真ん中にあるテーブルに向かい、座布団の上に座っている老婆がいた。きっとこれが千春のおばあちゃんなのだろう。

 「あぁ、来たね、君が数字の持ち主ですね」

 「数字の、持ち主…?」

 「あらあら、千春にまでそれは影響してしまったようで。これはかなり力が強まっているよ。早くしないと取り返しがつかないことになる」

 老婆はペラペラと僕が理解できないことを喋り出す。

 「あの、なんで14なんですか」

 この人なら何か知っているのではと思った僕は、考えるより先に口から疑問を発した。

 すると、彼女は先程と打って変わって真剣な口調で言葉を発しはじめた。

 「あなたは何も知らないで定められてしまったんでしょう。ですが、それは運命です。あなたは14の持ち主であり、この先もずっと14はあなたに不幸をもたらす」

 「運命…不幸…

 何をおっしゃっているのか分かりません

 あの、僕…」

 「まぁ、落ち着きなさいな。とりあえずここにお座り」

 彼女は僕と千春を、テーブルを挟んだ向かい側に座るよう促した。

 仕方なくそこに敷いてある座布団の上に腰を降ろすと彼女はまた語り始めた。

 「あなたのお名前は?」

 「自分は、宵継 よいつぐ かけると言います。」

 「宵継さんね。あなたは、幼い頃に大切な方を亡くされてますね」

 「え、あぁ、はい。…自分が14歳の時に母親が自殺を…」

 「えぇ、知っていますよ。

 あなたも、あなたのお母様も、あなたの先祖も全て14に呪われているのです。」

 「なぜ、14なんですか!なぜ、自分の家系なんですか!何のためにこんなことが!!」

 僕は、長年抱えていた疑問を初対面にも関わらず千春のおばあちゃんに全部ぶちまけた。

 すると、彼女は優しい微笑みを顔に宿しながら。

 「始まりは既に7年前に起きてしまっています。であれば、終わらせるしかないのです。14という数字に呪われていることを理解した上で、数字に宿る恨み、憎しみ、悲しみ、それら全てをあなたの手で終わらせるしかないのです。」

 「終わらせる…?」

 「えぇ、そうです。

 14の数字に込められた様々な思いを、あなた自身で受け止め、精算するしかございません。ですが、その時は全てが終わる時。きっとあなた自身にも災いはふりかかります。それでも全てを精算する覚悟があるのならば、お力添えは致しますよ。」

 おばあさんはそう言い、僕に改めて微笑みかける。

 いきなりそんなことを言われても、状況が飲み込めてない僕は、とりあえず千春をおばあちゃんに預けて、家に戻ることにした。

 突然告げられた僕の家系の呪い。運命だとも彼女は言っていた。そして、それを終わらせるしかないとも…

 僕は一体どうすればいいのだろうか。部屋に帰宅した後もずっと考えるが、答えは出ない。

 翌日、僕はとりあえず大学に向かった。ゼミの部屋に入ると、千春以外のメンバーは揃っていた。授業開始の鐘が鳴っても千春は姿を見せず、結局その日1日、彼女は来なかった。やはり、言葉が出せなくなったことがショックだったのだろう。それとも、彼女のおばあちゃんが言うように取り返しのつかない状態になっているのだろうか…。僕は意を決して授業終わりに千春の家に向かうことにした。

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