玉砕覚悟の一点突破



生徒会議室は、その名称に似合わず小さな劇場のような形になっている。


裁判……つまるところ討論を行いと判決が下される空間を法廷、とするのであれば、それは一段高く舞台のようになっていて。


それに向かい合うように、若干の階段式になっている傍聴席が、10段ほど並んでいる。普段は生徒議会や委員会の会議に使われる場所であるので、少しばかり本物の国会や裁判所なんかを意識している部分があるのかもしれない。学校生活に妙に現代社会のリアリズムを持ち込もうとする、この学校の特色がよく出ている、といえばそうなるのかもしれない。


七時という遅い時間であるにも関わらず、傍聴席たる段々座席は人で埋まっていた。


入室時には大きくざわついていたのが、俺たち四人の姿が見えるや否や、水を打ったように静まり返る。そして、例によってひそひそ話が始まり、複数人のそれは一人分くらいの話し声と同じボリュームになって、


しまい、その一部は瞬く間に俺達に対する怒号へと変化していった。傍聴席に座るのは各部活の代表者たちで、彼らは特別な理由で出席できない場合を除き、その出廷が義務付けられている。三人目の陪審員、部活代表を選定する抽選のみ、当日行われることになっているからだ。


席は運動部と文化部で二つに分けられているが、怒号を飛ばしているのはすべからく文化部であった。各部活ごとにその名称を記した三角の立て札が置いてあって、それを見ることによってそこに座るのがどの部活の代表者であるかは確認することができたが、特に口汚く罵っているのは……軽音部、ダンス部、グリー部、他多数。


総じて重音部、もとい魚崎との繋がりが強いと目されてきた部活動だった。魚崎が部活法廷、あるいは部活審査会や年末会議で部活動を潰すとき、決まってこれらの部活の代表者が『三人目』に選定されていることがそれを証明している。


事実、金属探知機同好会が取り潰しにあったときの三人目は軽音部、バームクーヘンを食えへん部を『評価に値せず』としたときの三人目はダンス部だった。それらは過去の議事録がその詳細をきっちりと今に伝えている。香櫨園が法廷対策のために持ってきた資料の中にもその記述はあったし、さっきの作戦会議でもその話は上っていた。おそらく、魚崎は何か不正な手を使って彼らを作為的に選抜するだろう、と。



陰謀の香りと耳に堪える怒声で、既に議場は騒然としはじめていた。喧しくもヤジを飛ばし続ける重音部贔屓の部活代表たち。


場を静粛に納めるべき、陪審員の長たる生徒会代表魚崎は……教師側の陪審員、そして書記雑務役の生徒会役員とともに既に陪審員席に着席していたが、


彼女は愉悦の笑みを浮かべるばかりでなに一つ言葉を発することもなく。ちっともそれを静粛にさせる気などありはしないように見えた。この空気こそを、彼女は自らに有利に働くエネルギーとして欲したのだろうと想像がつく。もくろみ通りということになるのだろうか、今の段階ではこの場は俺たちにとって完全にアウェーとなっていた。


甲子園でマウンドに立つ読買タイタンズの選手は皆、このような気持ちになるのだろうか。別に彼らの支持など得たいとは思わないが、それとこれとはまた別というかのように、その数々の罵詈雑言によるプレッシャーは、考えていたものよりずっと重いものだった。


情けない話、多少気圧されてしまったのを隠すように、努めて堂々と、そして速やかに俺は……被告側の席につく。春日野道も、西九条もほぼそのタイミングは一緒だった。もっとも、西九条は俺とは違って、その場を収拾しようとする事の無意味さを早々に悟って、考えうる最も適当な行動をとったに過ぎない、といった感じだったが。そのクールな無表情が作り物でないことが、それを示す。春日野道には……似たようなものを感じた。


ただ一人、簡単に着席しなかったのが香櫨園だった。怒号飛び交うなか、つかつかと壇上中央まで歩いていくと、白衣を翻しそこへ仁王立ちした。


非常勤講師とはいえ、教師である。自分達より遥か年上の、指導者たる立場の人間がただならぬ表情でそこへ佇み、ヤジを飛ばす人間一人一人を睨みつけて行けば、そのうちさすがにその勢いは弱まる。明らかに何か対抗心を燃やす形で躍り出てきたにも関わらず何も物言わぬことも、不気味さを演出したのかもしれない。一分もたてば、数十人の圧力を一人で受け止め、倍にして返した彼女の前に暴言を吐くものは一人もいなくなっていた。


立つだけで、雰囲気だけでその場の流れを断ち切る。今日の彼女はさながら羅漢仁王のように恐ろしく、そして頼りになると感じさせられる何かが、確実に存在するようだった。彼女は最後、作り物と札が張ってあるような笑みで傍聴席にむかって「うるさい。」とだけ言い残して、それから堂々と、ゆっくり自分の席についた。


魚崎が「静粛にぃ」と言ったのはあまりにも遅すぎることながら、ようやくその直後だった。どうも、場の雰囲気がもくろみ通りにならなかったことがお気に召さなかったらしく、これまで見たことないほど、不服そうな表情をしていた。


原告側の席には、姫島と打出、そして取り巻きの女子数名が既に着席しており。魚崎の隣には、教師代表として選抜された陸上部の高速神戸が同じく着席していた。魚崎ではなく、香櫨園のお陰で場の乱れもほぼ落ち着き、体勢は整う。



「ただいまより、第42期5回の部活法廷を開廷しますー。」



魚崎の宣言によって、名実ともに部活法廷は始まる。さぁ、勝負の時。香櫨園の背中を見て少し落ち着くことのできた俺は、今日の何度目か、気合いを入れ直す。


これは、野球と同じなのだ。諦めなければ勝ち目はあるし、弱気になれば負ける。精神力が物を言う。勝ちたいのであれば、その気持ちを確かに持ち続けなければ、可能性すら尻尾を巻いて逃げ出していく。


追い込まれたのではなくて、背水の陣。自分達の持つ力がより発揮できる状況に立っただけなのだと、そう思うことで戦いに必要なモチベーションを高めていく。



「ではまず、部活代表の抽選から行いたいと思います。


集まっていただいたぁ、部代表の皆様には今さら……説明の必要もないと思いますけどぉ。


一応、はじめての方もいらっしゃるので説明しますねぇ」



魚崎は、侮蔑、軽蔑と左右それぞれの目に書いてあるかのような、蔑みの視線を俺達に送りながら、そんなことを言った。彼女を含め三人いる生徒会役員のうち、眼鏡をかけた男一人が中サイズの白い箱をテーブルの上に置く。上面にプロレスラーの腕の太さくらいの穴があって、側面には『抽選箱』の文字。魚崎はそれに軽く手をかけながら、部屋全体に通るような、高く大きな声で話を始めた。



「この中にはぁ、それぞれの部員数に応じて数の大小を調整したぁ、部活動の名前を記した紙の札が入っています。やむを得ず欠席した生徒以外はぁ、全て、です。


これを、今から、生徒会役員の大石くんに引いてもらってぇ………今日の陪審員となる部活代表を決めます。


よろしいかしらぁ?野球観戦部の方々?」



正直、よろしくないと言いたいところだった。なぜなら、過去、重音部がらみの部活法廷では、明らかに彼女らと繋がり深い部活が選ばれる確率が高かったからである。


不正はどこかに確実にあると見てよかった。それが、その箱である可能性は否めない。あるいは中の紙かもしれない。だが、いずれにしても確たる証拠はなかったし、魚崎もなかなか周到で、仲間の支援がなくても勝てそうな法廷にはその不正を持ち出していないようで。いずれにしても確証がない以上、憶測でものは言えなかった。もし、指摘をして外れだった場合、初っ端から野球観戦部は後手に回った状態で審理を始めることになってしまう。


西九条にしろ、春日野道にしろ腹に一物はあるが何も言えないといった感じ。ここはどうしようもないか……と思った俺は、了承の返事を喉まで出しかかっていた。


が、それが口から表へ出る寸前、「待った」と声を上げて立ち上がる人物がいた。


香櫨園克美だった。



「抽選のやり方に異論はないが、あたしとしてはその箱に文句がある。」



とん、と右の人差し指と中指を揃えてテーブルに置き、まるで獲物を狙う豹のように鋭い目つきで魚崎を睨み付ける。


場が少しざわついた。隣にいる俺が気圧されそうな迫力だったから、傍聴席の連中もその一端くらいはさすがに感じたのだろう。まして、その直撃を受ける魚崎は……



「香櫨園先生ぇ?それは、私達陪審員が不正を働いていると仰りたい訳ですかぁ?」



冗談だろ?とでも言いたげに、バカにするような口調でそう反論してきたが、しかし彼女にしてはその特有のねちっこさに欠けていて、少なからず動揺しているのは間違いなさそうだった。


彼女としては、会話をすることで変な疑惑がどんどん深く掘り下げられていくことを回避したつもりだったのかもしれない。が、それは、すぐに牽制しなければならないほど、そこに何らか、触れられたくない事実があるのだと言っているのとおなじことだった。


香櫨園は、確かな手応えを得た釣り師のように、ニヤリと不敵に笑む。



「陪審員じゃない。あたしは君を欠片ほども信用しちゃいないんだ、申し訳ないがね。


ここに、過去一年間のデータがある。」



香櫨園は、白衣の懐から一枚、三つ折りにした紙を取り出して自分の手前のテーブルに叩きつけた。西九条が席を立ち、香櫨園の後ろに回ってその紙を覗きこむ。隣の俺は首を伸ばしてそれを見た。


そこには、件の、『重音部』と『魚崎』が関与した場合に、部活代表がどこから選ばれたのか、それを表したものだった。



「これは、魚崎。君が絡んでいるかあるいは、重音部が絡んでいる場合の部活代表陪審員の推移だ。


軽音部三回、ダンス部二回、他三回。


なに、妙に片寄っているものだと思ってな。もちろん君は偶然と言い張るつもりなのだろうが、分母が百近い中で八回中五回が重複した部活というのは、あまりにも偶然が過ぎるのではないか?


ましてや軽音部など、札の数で言えば一枚しかないはずなのに……八回中で三回被るなど………」



「つまりぃ、札を操作していると言いたいのねぇ?


だったら、中の札を一度引いて開けて見せてご覧なさい。八枚引いていいわぁ。その中で、一度でも重複する部活動があるのならーーー」



「ーーーもちろん疑っているが、今は状況証拠以外にはあたしの手元にはない。」



相変わらずもドストレートに、オブラートに包む意思などなく、魚崎にそんな言葉をぶつける香櫨園。



「だから、そうなったのが君たちの不正によるものだ……なんて安易に公に話すつもりはないよ。それは憶測というものだ。


だが、不自然さが残るのは仕方ないだろう?少なくともあたしは………不満だ。野球部、サッカー部、バスケ部だけで札の半分になるというのに、それを掻い潜って票数一に過ぎない軽音部が、三度までも当選するというのはどうも、気持ちが悪いものだ。」



「くじ引きなのだからぁ、可能性はゼロではないでしょう?入ってないはずの札が当たるのならまだしも、入っている札を引き当てるのだから何もおかしなことはないわぁ。


偶然が、三度あっただけの話じゃない。」



「そうかもしれないな。だから、あたしは君らをそれで糾弾しようという話をしているわけではないのだよ。


ただ、お互い心にわだかまりがある状態で審理を始めるのはどうかと思っただけさ。そこで、提案がある。」



机の上の手を、パッと表に向けた香櫨園。


その直後、傍聴席に一人、席を立つ人物がいた。


それは、ちょうど五日前炎天下の中登板して力尽きた、野球部エース梅田だった。西九条が「梅田さん……」と驚きと感慨をごちゃ混ぜにしたような声を上げる。春日野道は息を呑んで押し黙った。


梅田はその手に、半透明の箱を持っていた。陪審員席のテーブルの上に置かれた白い箱と同じように、上部に穴が開いている。彼は、傍聴席が騒然とするなか、颯爽と壇上に上がり、そして白い箱の横にその透明な箱を静かに置く。



「これで構いませんか、香櫨園先生」



「パーフェクトだ。ありがとう。」



梅田の確認に、満足げに頷いた香櫨園。梅田は、少し頭を下げてそのまま自分の席へと帰っていった。最後一言、俺達に「頑張って」と付け加えて。


その結果残ったのは、してやられたとでもいうかのような魚崎の辛酸極まる表情と、そして、学校中を敵に回したかのように感じていた心が僅かに救済された俺達だった。梅田のそれが好意によるものであることは間違いなく、それは同時に原告側流布するところの『野球観戦部は冷徹人間の集まり』という噂を、当の野球部が否定したもおなじことであり。


それを全部活代表者の前で示してくれたことによって、野球観戦部として気持ちが楽になることは言うまでもなく。生徒会議室全体の雰囲気も、その一瞬から動揺し始めたように思えた。さっきまでとは全く異種のざわめきが議場を包み始めたのだ。


「静粛にぃ」と木槌を叩いた魚崎から、徐々に余裕がなくなりつつあるのがその何よりの証拠だった。香櫨園は、一瞬俺の方を見て、どうだ、と言わんばかりのドヤ顔を見せた。


額面通りに受けとればそれはしてやったりの表情だったが……だが、俺にはそれが「まだまだこれからだ」と言っているかのように思えて、


畏怖と高揚が折り混ざったかのように、心臓は高鳴った。単純な話にすれば、魚崎が焦り始めている様は痛快この上なかったのだ。



「魚崎、プロ野球を見ることは?」



「……その発言はぁ、今法廷に関係ないものとして、取り下げを命じます。


無駄話をしている暇があるかしらぁ?」



「無駄話だ?フン、よかろう。段階を踏みたくないのであれば速攻で突きつけてやる。


我々はその抽選方式に疑問がある。ある特定の部活が集中的に選抜されていることは、あまりにも不自然だ。


だが、不正、というまでには証拠がない。だから、お互いに不正への不安を払拭する意味を込めて、


箱をその透明のものにしてもらおうと考えている。どうか?」



「香櫨園先生が仰りたいのは、プロ野球ドラフト会議のように、抽選者の手が札を選ぶ瞬間に透明性を持たせよう、という話よ。


法廷に関係のない話ではないわ。実社会で導入されている不正防止の手段を、これから先のためにも導入してはどうかという話。


魚崎さん、あなた方が抽選に際して不正を働いていないというのなら、この箱はあなた達の身の潔白を示す結果しか生まないわ。断る理由など、ないと思うのだけれど。」



ハッとしたように立ち上がったかと思ったら、西九条は香櫨園の言葉に被せるように、魚崎に畳み掛けるように、理路整然とそんなことを言い切った。


プロ野球、というワードと、透明な箱というヒントだけで『ドラフト会議』を導きだし、香櫨園の意図ごとまるごと抜き出す頭のキレと知識量は、さすが野球博士、トラキチ西九条という他ない。


過去、ドラフト会議では、現行の部活法廷と同じように、透明でない白い箱を用いて、交渉権の抽選を行っていた。だがある時から、更なる公平、透明性をそこに持たせるべく、手を入れた際のその手の動きが見られるように、透明の箱を用いるようになった。


香櫨園は、それを『これから先の部活法廷の透明性確保のために』やっていこうと提案しているに過ぎない。しかも、わざわざ現物まで用意して。無論、彼女としては魚崎がその抽選の際に何か不正を行っていることに確信があって、それを防ぐためにこんな手のこんだものを用意したのだろう。だが、表向きの理由が理由である上に………魚崎は、データ上に不自然な部分があることを、公衆面前………既に野球部梅田の行動にざわつき始めた傍聴席を前にして、ハッキリと示されてしまった。


ゆえ、彼女にその提案を受け入れる以外の選択肢は事実上なくなった。その申し入れを断ることはすなわち、その白い箱のなかに不正の種が隠されているという疑念を生むことと同じことであるからだ。



「潔白……ふふ、まるで私が犯罪者であるかのような物言いをするのねぇ……」



「犯罪者とまでは言わないが、これまで君が我々にやってきたことを思えば、それに近い感情を抱くのは当たり前のことだと思うがね。


先に言っておくが、魚崎。野球観戦部は被告側に座らされてはいるが、これ以上後手に回るつもりもない。」



「…………。」



「やるのかね?やらないのかね?


回答次第では、こちらにもある程度用意がある。」



二次大戦中、誰が呼んだかマレーの虎と称された山下奉文大将がイギリス軍を攻めた際に、降伏を促す会談で「イエス(降伏)かノー(戦争)か」と、問答無用の選択を突きつけたという事実がある。もちろん実際に見てきたわけではない。が、今の香櫨園にはそれくらいの迫力があった。


少なくとも、魚崎がこうもたじろぐのを俺は初めて見る。加勢をした立場であるはずの西九条が、その攻勢一方の展開に戸惑ってすらいる様子は、この場がいかに予想外の方向に流れ始めているかを如実に物語っていた。



「………構わないわぁ。大石くん?」



ふわり、と手を挙げた魚崎。余裕を見せたつもりなのだろう、嘲笑ともとれる浅い笑顔をこちらに向けながら、彼女は極めて高慢にそう言った。


陪審員席の後ろから件のメガネ男子が出て来て、白い箱をまるごと逆さにし、中身を透明の箱へ移し変える。と、次の瞬間香櫨園は被告側のテーブルを迂回して陪審員のテーブルの前まで歩いていくと、魚崎や教師代表者の高速神戸が制止する間もなくその透明の箱へ手を突っ込むと、三枚ほど札を引いてその場でそれを開けた。



「サッカー部、バドミントン部、世界最高のボンゴレビアンコを作る会………いいだろう。公正な抽選が成されそうで何よりだ。」



丁寧にそれらの札を折り直し、透明な箱に戻した香櫨園は、満足そうに自分の席に戻っていった。場内、ことに陪審員席の生徒会の連中と原告席に座る連中が騒然とするなか、彼女はどっかとパイプ椅子に腰を下ろすと、テーブルの上に置いてあった菓子の詰め合わせの中からチョコレートをつまみ上げて、それを口の中へ放り込む。


誰がどう見ても、彼女は余裕そのものだった。そしてそれは魚崎のように作り物のそれではない。


心の底から、本当に余裕を持っている人間のそれと見て、間違いなかった。



「どうかね?出屋敷。」



ふふん、と得意気に笑った香櫨園は、魚崎が恨めしげにこちらを睨む様と、明らかに雰囲気に変化が生じはじめた陪審員席を横目に、俺にそんなことを言う。



「……正直、おみそれしました、と言うほかないですね」



「いや全くよ……」



合いの手を入れてきたのは春日野道だった。彼女は終始向こう側で俺同様無言でその成り行きを見つめていた。が、彼女こそ、傍聴席同じくその状況の変化に唖然としてついていけない様子だった。



「ふふ……毒舌の君らがそう言うのだ、事実として受け取っていいのだろうな。」



割と本気で嬉しそうに、香櫨園はそう言って、またひとつ箱から菓子を取って口へ突っ込む。陪審員席で生徒会役員大石が透明な箱に手を突っ込むなか、ひとしきり口をもごもご動かした後で、彼女はこんなことを言う。



「だが、今日のあたしは本気で君らの弁護士だ。


こんなものでは済まさないよ。魚崎には、徹底的に窮地を味わってもらうつもりさ。」



ぞっ、と背筋に悪寒が走ったのもつかの間の話だった。抽選の結果部活代表は、彼女らの今津への仕打ちから重音部にあまり好感を抱いてはいない吹奏楽部に決定し、魚崎の表情はさらに険しさを隠しきれない物になりゆき。


いかにも気の強そうな吹奏楽部部長が部活代表者席に着座して、


「それでは審理を開始しまぁす」と、数分前までとはあまりにも差のある、硬い声で魚崎が開会を宣言したとき、


待ってましたとばかり、香櫨園は再び勢いよく立ち上がった。



「開廷に際して言いたいことがある。構わないかね?魚崎」



問われた魚崎は、確実に嫌な汗をかいたことだろう。入廷から僅か二十分と経たぬうちに、自分の作り上げた場の雰囲気をガラリと変えられ、なおかつ……確証はないが、陪審員の味方になるはずだった枠ひとつを潰された直後に、自信満々の起立。


またひと波乱ある、との予感は彼女ならずとも誰しもが持ったはずだった。もちろん、俺もその一人。



だが、魚崎はその発言を……今度は退ける権利を持たない。審理はディベート方式。特に主題に関係のない話を除いては、例え相手が被告で自分が陪審員であろうと、その発言の権利を阻害することはできない。


そもそも香櫨園が魚崎に許可を求めること自体が必要なかったのだ。その発言の権利を差し止める力は、ハナから魚崎にはない。


つまり……香櫨園は、魚崎を引き合いに出すために、あえてそう問うたということだった。



「構わないわぁ。以後、ご自由にどうぞぉ」



「素直じゃないか。感謝しておくとしようか。


さて、原告側の諸君にまず問おう。


君たちはなぜそんなにも大人数でそこに座っているんだね?」



さっきと同じく、人差し指と中指を揃えてテーブルに置き、それを微かに支えにして身を乗り出した香櫨園。真ん中の姫島を取り囲むようにして陣取っていた、取り巻きの数名の女子生徒が明らかな動揺を見せ、互いに顔を見合わせる。


どうも、何を言われているかわからない、といった様子だった。正直なところ俺にも香櫨園が何を指摘したいのかはわからなかった。原告は、確かに連名で起訴状を提出していて、公示にもそのように書かれていた。彼女たちが、複数で出廷することにはさして疑問はなかったが……



「何で……って、そりゃあ、ここにいるこいつらみんな、テメーの教え子に悪口食らったからだろーがよ!あーしだけが傷ついた訳じゃねぇ、後ろでそれを聞いてた皆、暴言を受けてんだ!


許せないって気持ちは、一緒だからよぉ!だか、全員でここに来たんだ!」



あらかじめ用意されていたような、打合せされていたようなテンプレートな回答を返してきたのは、原告席の姫島だった。身を乗り出して噛みつかんばかりの勢いで叫んでくる。


だが香櫨園は全く怯まない。ふん、と鼻で一笑に伏し、さらにぐっと体を前に競り出させる。



「そのあたしの教え子たちは、そのときの状況についてこう証言しているのさ。


この法廷で『暴言』に指定された……それぞれが発した三つの言葉を口にしたとき、


姫島、打出、君達以外はその場にいなかったと。」



姫島を囲む取り巻き達が、まるで指で弾かれたプリンのごとく、崩落寸前の動揺を見せる。香櫨園の指摘は全くもって事実だった。


この法廷において、ディベートの争点となる『主題』は三つあり、その一つが『野球観戦部が発した暴言』で、争点は情状酌量の余地が存在したか、だが。


その対象になる問題とされる発言は、魚崎の「阪神ファンと姫島、どう違うのか」という言葉に対する、俺達野球観戦部三人の『反撃』だった。



俺達がその問題になる発言をした時、後ろの取り巻き達はたしかにその場にいなかった。その直前、西九条が無意味に泣きわめく彼女らの、その行動の矛盾を完璧に突き崩したとき、なにも言えなくなった彼女らは悪態をつきつつどこかへ退散していったのだ。その場に残ったのは、重音部のいつものメンバーだけであったという、その記憶は間違いがない。



後ろの取り巻きが何も言えない中、姫島はすぐさま「ああ?!ずっと一緒にいたんだ!テメーらの都合のいいように事実ねじ曲げてんじゃねーよ!!」と叫び返してくる。完全に偽証だった。が、彼女にはそう言う他に手が無いことを俺は知っていた。


それが魚崎による故意なのか、偶発的なものなのか、それはわからない。が、彼女は学校全体を野球観戦部の敵に仕立て上げる段階で、取り巻き達に『体験談』として野球観戦部の無体を触れ回らせた。当然ながら噂話と実体験ではその信憑性に大きく差が出る。取り巻き達があたかも『自分達が言われたかのように』話をすることで、野球観戦部悪しとの風潮は言葉通りうずしおのごとくのスピードと範囲を持って広がっていった。


短時間にそれだけの効果を得られた事による副作用……という言い方が正しいものか。ひとつ考えものだろうが、そう表現するに近しい状況によって、彼女らは……取り巻きも含めて被害者、というスタンスを取らざるを得なくなった。虚構を真実として貫き通すためには、それをあたかも真実であるかのように見せるために事実を作り替えなければならない。


彼女達は、その抜群の威力をもつ武器を使うために嘘をつかねばならず、またそれを突き通す必要に迫られた。つまり、そこにいなかった事実を隠し、その場にいたという幻想を真実のように語り続けなければならなくなった。


つまり、それが嘘でないことを隠すために……いや、むしろ真実であることをうやむやにするために、意地でもそれを認めるわけにはいかなくなったのだ。


幸いにも、というのか、彼女達にはひとつそれを押し通すに当たって利点がある。事が起こったのが試合終了後で野球部その他観戦者は既にその大多数がスタンドを引き払っており、その状況を証言できる目撃者が存在しない、ということである。


よしんばいたとしても、それを探すにはあまりにも時間も手がかかりも糸口もなかった。そこら辺に、魚崎の策略の成果が出ているとも言える。


つまり、嘘を突き通すことさえできれば、第三者による目撃証言がない以上、姫島の発言は真実とほぼ同等の意味を持つ、ということだった。こちらがいくら否定したとしても、それは証拠足り得ないからだ。



「いい加減なことばっか抜かしてんじゃねーぞ非常勤講師!


そいつらのこと信用してるんだかなんだかしんねーけど、そんなのあーしらには何の関係もねーし、第一身内が自分に有利な事を言うのは当たり前のことじゃねーか!そんなの証拠になるわけねーだろ!」



これには西九条と春日野道が椅子を後ろに引いた。香櫨園の事を非常勤講師とバカにされたことが許せなかったのだろう。俺もその気持ちは同じくするところだったが、だが俺はそこまでのアクションを取ることはなかった。


隣に立つ香櫨園自身はその煽り自体を愉快そうにすら感じさせていて、ちっとも堪えているようなそぶりを見せてはいなかったからだった。実際、彼女は西九条らの激昂を手で制した。



「お天道様はいつだってどこからか人の成すことを見ている。姫島、嘘はいつか必ず露見するものだよ。


いいか?この法廷で嘘をつくことは偽証罪として処分の対象になる。知らぬわけではあるまい。偽の証言をしたのが生徒ならば、その生徒は最悪停学という重い処分を課せられることになる。まあ、あたしのような教師には免職すらあり得るくらいのな。


これは脅しではない。あたしは、君らの嘘を暴く手段を持ち合わせている。どうせこの後それはここにいる部活代表諸君の前で披露することになるだろうが、さてそのときが非常に楽しみだ。


あたしの教え子たちを貶めた嘘で固められた真実が崩壊する。君達が官軍足り得るのはあと数分のことだ、言っておくが君たちの仕打ちを簡単に許すつもりはない。徹底的に追求するつもりでいるが、さてーーー」



「脅しで物事を解決するのは、古い時代の教師の悪いところねぇ」



明らかな動揺、数の庇護を完全に破られたことに対する恐怖から、顔面蒼白になりはじめた取り巻き達。姫島も、香櫨園の圧倒的な自信の前に、自分が嘘をついているという自覚もあってか、反論に迷っていて。


それを見かねてやむを得ず、という形で発言したのは、魚崎だった。頬杖をつき、余裕たっぷりの態度でねっとりとそんなことを言う。だが、彼女にも確実に焦りは見てとれた。上履きが、高速で床を叩いている様が横から見てとれたのだ。



「冤罪ってこうやって作られていくのねぇ。本来ならかかるはずのない量刑をちらつかせて、プレッシャーをかけていく。


教師が生徒に、それをやれるだなんて……」



「生憎あたしは野球観戦部のためなら何でもやってやるつもりでな。」



「結構な覚悟だけれど、それは嘘をついていい理由にはならないわ」



「香櫨園先生は何にも嘘ついてへん!!」



我慢できないとばかり叫び、立ち上がったのは春日野道。地獄の獄卒も逃げ出しそうな険しい表情で魚先を睨みつける。西九条は立ち上がりこそせず、声もあげなかったものの、その視線だけで人を殺せそうなくらい強烈に姫島を睨み付けていた。そのせいもあってか、彼女は一言も発せずにいた。



「だとしたらぁ、嘘をついたのはあなただということになるわよぉ?香櫨園先生に虚偽の報告をしたことになるーーー」



「ーーーお前らもそう言うんだろうが、俺たちは嘘をついていない。」



一応、自分達のスタンスを明確にしておく必要があると考え、俺は久方ぶりにそう発言した。香櫨園は、相変わらず魚崎を睨み付けたままだったが、その口許が微かに緩んでいた。それが意味するところが何なのか、それは俺にはわからないが………



「あたしの生徒はこう言っている。当然、あたしはこの子達の言うことを真実だと信じているし、実際そうだったんだろうと思っているよ。根拠は……残念ながらあたしの中にしか存在しはしないがね。


まぁ、もっとも。


もし君が、あたしの彼らに対する信頼を揺るがしてしまうような証拠をここに提出することができるのならば、また、話は別だが………」



「証人がいるわぁ。姫島の主張する状況が真実であったと証言できる人間が。」



愉悦たっぷりの声で魚崎。ようやく自分の思い通りの展開に持ち込める……とでもいったところだろうか。ここのところやられっぱなしだった姫島の操り師が、その本領を発揮できる場を得たとばかり卑しい生気を取り戻す。


香櫨園はこれに対して、これまた愉悦返しとばかりに「ほう!面白いことを言うものだ」と煽り返す。その侮蔑混じりの冷たい視線は、そんな人間は存在しない……と面と向かって言いはなっているかのようだった。


魚崎は満面の笑みでこれに、こう答えた。



「私。生徒会代表魚崎が証言します。


彼女らは確かに、その場に居たわ。姫島と同じように、そこの………三人の暴言を確かに受けていた。


原告でも被告でもない上は、私の発言は証拠として有効、ちがうかしら?」



自信満々に、余裕たっぷりにそう言いはなった魚崎。だが、その実は……そうせざるを得なかった、ということだろう。香櫨園がいかなる策をもって取り巻きがそこに存在しなかったことを証明しようとしたのかはわからないが、客観的証拠、あるいは物証が存在しない上は、複数の状況証拠による証明以外には手段がない。


が、香櫨園は自信に満ち溢れていた。それだけ確証に近いものを持ち合わせているということは誰の目にも明らかだった。であれば、原告側が……いや、魚崎がそれを阻止できるとすれば、状況証拠より強い証拠……つまり客観的なものか物的なものを、香櫨園より早く示すしかなかったのだ、


例えそれが偽証であったとしても。



そして、それを実行に移すことができるのは………その場において、彼女の言葉通り原告でも被告でもない生徒会代表魚崎、つまり彼女自身しかいなかったのだ。


愉悦の笑顔の仮面の下は冷や汗の海ではないか。逆に素顔のまま余裕たっぷりの香櫨園を見ていればそう思う。


彼女は、その魚崎の言葉にもちっとも狼狽えることはなかった。どころか、その発言を待ち構えていたかのように、それを聞いた瞬間体をぐっと前へせり出し、


今にも獲物に飛びかかろうとするハイエナのごとく、犬歯を見せるほど口を笑みに歪めた。



「君自身が証人になると?」



「ええ。そうよぉ。私は見ていたからぁ。


この子達がぁ、そこの西九条や春日野道に口汚く罵られて傷つく様をねぇ。」



「その様を見ていて何もしなかったのかね?我々を冷酷人間と呼ばわる人間のやることとも思えないな。姫島は泣いたと聞いたが、君は慰めもしなかったのかね?不思議な話だ。むしろ、その場にいたこと自体が怪しくなるほどーーー」



「ーーーうおっちはあーしを慰めてくれた!!かばってくれた!泣いてるあーしを介抱してくれた!テメーらみたいな冷血人間とは違うんだよ!一緒にしてんじゃねー!」



我慢ならず、とばかり姫島は顔を真っ赤にして叫ぶ。脳内美化も甚だしい。そもそも最終的に姫島を泣かせたのは当の魚崎であったし、介抱をしていた事実はない。さすがに俺もこれには一言もの申したくなって、発言の機会を求め席を立とうとした。が、香櫨園に制された。


見上げた先の彼女は……口許の笑みをさらに大きいものにしていた。まるでこの展開を待ち望んでいたかのような、そんな余裕がそこにはあった。



「姫島さんはぁ、こう言っているけれど?」



「よかろう。我々は魚崎、君の発言を妄言だとは思わないことにしよう。そこにいた人間の、正式な発言として受けとることにしておく。


ただし、それが真実と認めるかどうかはまた別な話だが。」



「今の私の言葉を議事録に通すのであればぁ、もうあなた達が認めようが認めまいが、それこそが真実よぉ。


だって、それを覆すだけの証拠は用意できないでしょう?当事者の証言が、第三者の証言を退けられる事なんて、ありはしないのよ?」



「さぁどうだろうな。君のその手の杓子定規な考え方が、その身を滅ぼすことを私は祈ってやまないが」



「教師にあるまじきひどい言葉ねぇ」



「あたしには優先順位があるのさ。君はもはや圏外だがね。」



「ふふ……こちらから願い下げよぉ」



「野球観戦部としては、今の魚崎生徒会長の発言に関して、


他の二名の陪審員の方々に申し上げたい事がある!」



下らない会話に終止符を打たんとばかりに、大声で叫んだ香櫨園。


魚崎と彼女の言い合いを固唾を飲んで見守っていた教師代表高速神戸と、吹奏楽部の女部長がビクッと跳ね上がって背筋を正す。魚崎の表情が一瞬不安に歪んだのも見えた。


香櫨園はもはや魚崎など話すに値しないと見切った、とばかりに………すでに陪審員席に彼女がいないかのように、高速神戸と吹奏楽部部長に対してのみそれぞれ視線を送ったあと、


満を持して、こう言った。



「魚崎は、その場にいて原告の姫島を慰め、励まし、介抱したと言っている。


なるほど、麗しき友情で結構なことだ。だが、それゆえに被告側としては指摘しなければならないことがある。いいかね?


慰め、介抱し、あまつさえ庇ったというではないか。


彼女は、姫島を助けこそすれ、仲介を働いてはいない。つまるところ、中立の立場にはなく、あくまで姫島の味方という立場で事に関わっていたということだ。


第三者が完全に中立であるという必要はない。だが、彼女の行動は……どう考えても姫島へハナから荷担していると認識せざるをえないものではないか?」



魚崎、そして姫島の表情が一気に青ざめた。ここまで来て、香櫨園が何を言いたいのか、予想もつかないほど彼女達は頭が悪くはない。



「魚崎は自ら証人になると言った。つまりそれは、姫島の発言と示し合わせて考察するに、彼女はその場にいて原告側の味方をしていたということの証明になるのではないだろうか。


あたしは、あたしの教え子から魚崎が自分達を挑発してきたのだという話を聞いている。残念ながらそれを客観的に証明する手段はないが、


彼女がその場にいて、なおかつ原告の味方をしていたというのであれば、その証言の信憑性もまた増すことになる。


事ここに至って、もはや魚崎は当事者の一人であると認めるべきではないだろうか?こうまでこの件について深く関わり、なおかつ原告側の主張を補完する証言を………現地にいた人間として証言しながら、


陪審員席に彼女が座しているのは、状況的に考えてあまりにもおかしいのではないか?当事者が陪審員足り得る権利を有さないのは部間規則に記されている通りだし、それがわかっているからこそ彼女らは個人の訴えとして届け出たのだろう。


だが、あまりにも多くの状況証拠、そして本人の証言が彼女が当事者であることを指している今、


これでは裁判に不可欠な公平性が保てないのではないか?」



教師代表の高速神戸が、そして部活代表の吹奏楽部部長が、それぞれ隣に視線を遣った。むろん、その先には魚崎がいる。さすがの彼女も余裕はないらしく、対応を講じあぐねてか資料を広げた机の上で、目を右往左往させていた。


が、香櫨園が反撃の隙を与えるはずもない。ここまで来ればもうこっちのものとばかりに、会議室全体に響き渡る声で結論を述べた。



「よって我々は、生徒会代表魚崎が、その陪審員たる資格を有していないものと考え、退席を求めるものである!


当事者として事件に参画していた者が裁く側として認められていられるのであれば、今後部活裁判というものは荒唐無稽の公的リンチとなる。


……そもそも制度的に疑問の多いこの法廷ではあるが……最低限の秩序は守られたいものだと考える。この先も、この制度が公正な調停の場であるためにも。」



「屁理屈を………っ!」



姫島はたまらずそう叫んでいたが、しかしその表情は真っ青だった。迂闊にも虚偽を叫んでしまった事が、完全無欠に裏目に出て、ミスとして魚崎を窮地に立たせたことを悟ってしまったからだろう。


おそらく、勝機が遠のいていった事をまずく思ったというよりは、魚崎が怖い、といったところではないだろうか。欠片の余裕も失って、鬼のような形相、四方向へ憎しみの感情を飛ばす彼女を見てしまっては、それもやむを得ないように思えた。



「……香櫨園先生の仰ったように、証明の手段はないけれど。」



一瞬の静寂を破り、西九条がゆっくり立ち上がって徐に語り出す。その表情は確実にさっきまでより強気なものになっていた。たぶん、彼女も感じているのだろう。確実に、流れが変わり始めていることに。



「原告側が好き放題主張していて、私たちが私たちの真実を語れないのは、癪だからこの際はっきりしておくわ。


野球観戦部は……試合終了後、勝敗問わず野球部に提供するためのデータ収集をしていた。応援は確かにできていなかったし、それを『冷酷』だというのは他人の勝手だわ。野球部のために活動していた、なんて都合のいいことはこの場では言わないことにする、試合中に部としての活動をしていたことは紛れもなく事実だから。


そこへ、魚崎が現れた。何かと思えば、私たちの事を………血の通わない人間だという。私たちはしばらくそれを無視していたけれど、終い彼女は私に対して『魚屋の娘は算盤が上手』だと、野球部に媚を売る人間だとして口汚く罵ったわ。そして……泣いている姫島や、そこの連中を『連れてきて』囲み、周囲は泣いているのに感じることはないのか……とさらに煽り立てて。」



魚崎の表情はさらにへしゃげて、もはや余裕のよの字も見えなくなり。頬杖さえ忘れて、西九条の発言をどうにかやめさせなければとばかりあたふたとしはじめた。


それは、傍聴席が明らかなうねりを持って動揺しはじめたからだった。それはそうだろう。俺達の持つ『真実』は、噂話とは180°真逆のものだろうからだ。



「それで私たちは、やむなく自分達の立場を明確に示したわ。


泣いている人間が理解できない、ということを。それは……この後、二つ目の議題で詳しくやるのでしょうけど。


そうしたら、そこの取り巻きの人達は……どこかへ消えていったわ。野次馬の男子生徒数人と一緒にね。証拠を揃えようと思えばその男子生徒の一人でもいいからこの証言台に立ってもらえばよかったのだけれど。


あいにく、私たちは既に学校全体の敵で、しかも彼らは完全にそこの連中の味方のようだったから。」



露見してしまえばなんともあっけないこと。反撃の機会さえあればこの五日間だって、こうもワンサイドゲームにはならなかったことだろう。虚偽の中に1%でも俺達の真実を混ぜることができれば、生卵投げつけや登校差し控えなどというふざけた事象は起こらなかったかもしれない。


が、それはあの状況では机上の空論、土台無理な話で、それは今日に至るまでの数日間が証明していることで。


反撃の機会を得るには状況が少し好転する必要があった。それですらあまりにも困難な状況だったが、それをやってのけたのが香櫨園だということだ。


当たり前の主張を当たり前にできる状況を作り上げるという簡単そうに見えて至極困難な作業。


香櫨園は、それを、軽々やってのけたことになるーーー



「私たちがひとつ目の主題になっている『暴言』を吐いたのは、そのあとの事よ。


確かにその時、姫島と打出、そして魚崎以外の連中はいなかったわ。もう出払っていた。


魚崎の言うとおり、それを客観的に証明する手段は………この場に用意できないけれど。これが、私たちの側からみた、事件の真実よ。


……願わくば、公正な目で、どちらに非があるものなのか、判断してもらいたいものだと思う。


少なくとも………私達は、


野球観戦部が廃部になるほど酷いことはひとつもしていない、と今でも断言できるわ。」



「生徒をしてここまで言わしめるものがあって、その流言蜚語の類いをひとつも疑わないというのはおかしな話だと思うわけです、高速神戸先生、そして吹奏楽部部長の………千鳥橋さん。


ましてや今、魚崎は自分で自分がその場にいた事を証明した。そしてそれは既に議事録にも通っている。


事の真相を判断するまでにはまだ至らない、話を判断する要素に欠けるのは間違いないが、


少なくとも魚崎がそこに座っているのはおかしな話だと、


そうは思いませんか?!」



ここにきて香櫨園は初めて、自分の感情を発露した。両手のひらで自分の机を叩きつける。身を乗り出して魚崎を除く陪審員の二人に畳み掛けるようにした。


傍聴席のざわめきは、確実に陪審員二人へのプレッシャーになっていた。たぶん、ひとりひとりがわずかながら気づきはじめたのだろう。話が、どこかで湾曲され、誇張されていることに。自分の耳にした話が、完全に真実ではないことに。



「……いいでしょお。私は退席するわぁ」



高速神戸と部長の千鳥橋が判断を下すより早く、魚崎は自らその席を立った。さすがに………彼女と言えど、この状況で粘る手段は持ち合わせていなかったというところだろうか。


箱の疑惑、当該事件への関与。香櫨園の指摘は怒濤の勢いで彼女を追い詰め、そして彼女を陪審員から引きずり下ろす。魚崎は「後任には……大石くんを立てます。生憎生徒会は三人しかいなくてぇ、一人は議事録なのでぇ。よろしいかしら?」と問いながら、陪審員席を離れた。香櫨園が了承を示して、他の陪審員二人もそれを是とする。


……俺は正直、不満だった。大石は、魚崎の傀儡であると見込まれている人物。せっかく魚崎を降板させても、それでは状況はかわらないのではないかと、そう思ったからだ。


だが、香櫨園の口許の笑みは揺るぎない。それは紛れもなく勝利への確信。事ここに至ってそれが気休めでも何でもないことくらいは、俺にだってわかる。まだ、これ以上に、何かあるというのか。だとしたら、それは一体………



「ではぁ、私は………当事者として原告側へ座るけれど、構わない?


まさか、当事者だからといって降ろしておいて、当事者としての発言をも奪うなんてそんな卑怯な話はーーー」



「ーーールール的にはおかしくない。原告として認められるのは開廷時原告席にいた者だけだ。卑怯?君がそれを言うと全く滑稽だな。その場にいた体で、ルールの裏側を突き、姫島個人の訴えにすることで自分が陪審員になろうと目論んだ分際で。」



「…………。」



「だがまぁ、よかろう。野球観戦部としては彼女がそこへ座ることを容認する用意がある。むしろ、望む所だ。あたしの可愛い教え子をさんざんいたぶってくれたツケは、きっちり払ってもらわねば困るからな。


あとの判断は、高速神戸先生、千鳥橋さん、あなたたちにお任せしますが、どうでしょう?」



部活代表の千鳥橋は、罪悪感か、はたまた魚崎に対する反感からか速攻でそれを了承した。魚崎がコテンパンにされるところをもっとみたい、とでもいうかのように目を輝かせていた。


もう一人、教師高速神戸は……堅物だった。ルール外の決定にはかなり慎重な姿勢で、部間規則や法廷の規則などをさんざん読み返し、唸っていたが……


最終的には、異例づくめのなかで前例など役にも立たない、ということで了承に転じた。これで、魚崎は………原告席に座ることになった。姫島が……飛び退くように真ん中の席を譲り、魚崎はそれを睨み付けたあとで悠々と椅子に腰を下ろす。



香櫨園が三度立ち上がったのは、それとまさに同タイミング。まるで魚崎とシーソーをやっているかのような、間髪いれないものだった。



「さて。


構図がはっきりしたところで、我々はひとつ証明しなければならないことがある。


それは、この子達が『暴言』を吐いた際に、その後ろの取り巻きどもがその場に存在しなかった、ということだ。」



場全体がざわついた。魚崎が跳ね上がるように立ち上がり「寝ぼけたことを言わないでくれるかしらぁ~~~?!」と、完全に怒りの籠った声でそう叫んだ。


香櫨園は、わざとらしくキョトンとして「寝ているように見えるかね?」と応酬する。魚崎は、あからさまに激昂してこう叫んだ。



「あなた、自分の言ったことも覚えていないのぉ?非常勤は記憶力が悪い傾向にでもあるのかしらぁ?!


さっき、私の発言を………その場に私の後ろにいる子達がいたという証言を、正式な発言として認めると、そう言ったところではなかったの?!今さらの訂正なんてぇ、絶対に認めないわよぉ。その証言が通ったからこそ、私はこの場にこうして原告側としてーーー」



「ーーー香櫨園先生は別にその証言を真実として認めるとは言うてへんやろ。ただ、その場にいた人間の発言として認めると言うただけの話や。」



春日野道は座ったまま、嘲笑混じりにそんなことを言った。その表情は……言い方があまりにも悪いかもしれないが、罠にかかった猪を高みの見物決め込んでいるかのようなものだった。


たぶん、彼女は気づいたのだ。香櫨園が、仕上げとばかりにこれからやろうとしていることに。



「言葉遊びは他所でやってくれるかしらぁ?屁理屈にもならないわ、そんなの」



「議事録さん、申し訳ないがちょっと確認してくれないか。香櫨園先生の発言を。」



俺は、魚崎の発言を遮るようにそう言った。ディベート形式中心のこの法廷でも、証拠は絶対的な威力を持つ。議事録……すなわち過去の発言を全て記録したものは、これ以上ない証拠物品だった。しばらくすると………女生徒会委員は、魚崎の表情をちらりと伺ったあとで、小さくこう呟いた。



「『そこにいた人間の、正式な発言として受けとることにしておく。


ただし、それが真実と認めるかどうかはまた別な話だが。』


……と、あります、会長……残念ながら……これは正式な発言です。」



魚崎がぐうの音も出せないのを知っているかのように、香櫨園は何も言わなかった。魚崎は、その通りに何も言わずそのまま席に戻る。ただし、上履きで床を叩くペースを早いものとして。



「………現状では、証拠がない以上原告側と我々、どちらの証言が真実に近いのか判断することはできない。ゆえに、それをハッキリさせる。


おい、君、例えばそこの君。」



香櫨園は、あまりにも無作為に、後ろの取り巻きの一人を指差した。化石化したコギャル、太古の昔に捨ててきたようなルーズソックスに金髪のそいつは「な、なんだよ」と目を泳がせながら、答えた。


香櫨園は、手元の資料に目を遣りながら、彼女にこう尋ねた。



「君たちの訴えでは我々が吐いたとされる『暴言』は三つ。


あたしの可愛い出屋敷が『お前ごときのそれと一緒にするな』、西九条が『バカにするのも大概にしなさい』、春日野道が『晩飯三食キュウリにしてから言えど阿呆う』、


ということになっている。これは、おおよそ我々も認めるところだ。本人たちにも自覚があるようだしな。」



「だったら審理の必要なんてないわねぇ。さっさと廃部にしてしまえばいいのに」



「黙れ魚崎。それ以上喋るようなら今の発言をもってこの法廷終了後逆に訴えを出してやる。今度は言った言ってないは完全に無効だぞ。議事録にきっちり記載されているからな」



「…………!」



「さて、そこの君。今の三つの文言を聞いていればわかることだと思うが、これは『反撃』だ。何かに対する反論だ。いきなり自発的にこんな言葉は出てこない。必ず、何か自尊心を傷つけられるような事を言われたから、こんなことを言い返したんだ。」



「だ、だからどうだってんだよ」



「その場にいたのだろう?誰が何を言ってこんな事を言い返されたのか、


答えてくれないか?」



ぽん、と資料で机を打った香櫨園。


魚崎、姫島、打出、そして問われた本人から一気に血の気が引くのが見てとれた。


それはそうだろう。答えられるはずがない。


だって、その場にいなかったのだ、彼女達は。


たぶん、言われたことぐらいは事前に知らされていた事だろう。それがなければ、噂話を振り撒くことはできない。だが、連中にとって重要なのは『悪口を言われたこと』そのものであって、どのような経緯でそうなったかはさほど重要ではない、むしろ、邪魔なものだ。


何故なら、魚崎があのとき言った『トラキチと姫島はどう違うのか』という趣旨の発言は、それ単体では何の意味持たないからだ。そこに至るまでの魚崎とのやりあいの段階があってようやく、意味が通るもの。


ということは、それを細かく説明するためには魚崎が自らの『非』、誰が聞いても腹立つような煽りの文言を、説明しなければならなくなる。しかし、それをすれば魚崎たちは少なくとも完全な被害者ではなくなってしまうのだ。


だからおそらく、取り巻きたちはそこまでを教え込まれてはいない。だが、その場にいたなら知っていて当然の事だ。


香櫨園は、それを指摘しているのだった。



コギャルは、目を右往左往させるばかりで落ち着きをなくして何も言えない。そこに香櫨園は「答えられるのか?そうでないのか?ハッキリしたまえ。」と畳み掛けた。



魚崎が立ち上がって「私がぁ、」と口を開いたが、これには春日野道が応酬した。



「おい魚崎、今、私が、と言うたか?」



しまった、という表情で魚崎は口を閉じる。牽制ひとつでランナーを封じ込める、完璧なプレーだった。援護を得た香櫨園は、やはり何も言えないコギャルをほったらかして、隣のツインテールのこれまた女子生徒に「君は?答えてみたまえ」と問うた。


当たり前だが彼女も答えることはできない。その後、香櫨園は全員に同様の質問をし、そして無回答を得る。


満を持して、彼女は陪審員、そして傍聴席に向かってこう言った。



「十数人いて一人も答えられないなんてバカな話があると思うかね?


客観的な証拠は確かにない。だが、この有り様で逆に、彼女たちがその場にいたことが証明されるか?魚崎の口から出た言葉ひとつと、今証明された事実、どちらが真実に近いかは、


一目瞭然ではなかろうか?!」



この日一番のざわめきが議場を揺らした。もはや魚崎や姫島の発言がガバガバであることが、周知の事実として認識され始めたのだ。


魚崎がこの五日間、必死こいて作り上げた野球観戦部包囲網ともいうべき俺達不利の雰囲気は、この場に限っては完全に崩れつつあった。いや、むしろ、


香櫨園克美が完全に粉砕した。



「おい、後ろの君ら。もはや偽証罪は証明されたに等しい。少なくともその場にいた、という証言は全て嘘、魚崎も姫島も打出もそうだがね。このままでは君たちは、確実に制裁を受けることになろうよ、君たちの所属している部活も共にな。」



場内がいっそうざわついた。ここにいるのは部活の代表者ばかりである。連中は二年生、部活参加を絶対としているこの学校の生徒であるからには、彼女らも絶対に何らかの部活には所属している。


不祥事のペナルティーは、その部活にも当然かかる。連帯責任は部活動の基本だ。


にわかに怒号が飛ぶ。彼女らの所属する部活の部長だろう。比例するかのように、さらに連中の表情は青ざめた。泣き出すやつまで現れた。


こうなっては、もう「嘘をついてごめんなさい」と言っているようなもので、その場の誰一人、もはや魚崎の証言を信用する者などいなくなっていた。



「……だが、あたしは寛大だ。あわれにも魚崎に利用され続けた君たちに、救済のチャンスを与えることにしよう。


ここで、知っていること、真実を全て話して、そして原告席から去りたまえ。


そうすれば、我々はこれ以上君たちを追求することはしないし、今現在証明されてしまった偽証に関しても……減刑されるように努力しよう。


だがそうでないなら、我々は、我々を窮地に追いやった君たちを、捻り潰すまで許さない。例え、それがいかなる結果を産み出しても、だ。


知っているかね?偽証罪の最大の刑罰は、最高30日間の自宅謹慎だぞ。来年大学受験で、内申落としたいかね?留年したいかね?」



香櫨園克美は、大人だった。大人の汚さをよく知っていて、それでいて脅しのプロだった。


魚崎も何やら彼女に圧力をかけはしたが、衆目環境にあるなか露骨なそれはできない。そもそもさほど友情も強いものではないのだろう……というより友達であるかすら怪しいものだったにちがいない。


連中は、賢明だった。


彼女たちの知り得る全てを証言し、ほぼ半泣きに……泣いてる奴もいながら、原告席を降りた。



その結果、原告席には……魚崎、姫島、打出しかいなくなり………一気に閑散とする。


そして、場の雰囲気はもう完全に逆転、原告側への視線は同情から敵視に変わっていき。


魚崎の傀儡であるはずの大石ですら、その傀儡としての能力を発揮するに苦しい状況になった。よって、当初魚崎の手の内の人間二人が確定していたはずの陪審員席は、完全に公平か、むしろ野球観戦部に同情的な人間で埋まることになる。



姫島と打出の顔に悲壮感すら漂い始めたのはそのいい証拠だった。彼女達は………逃げられなかった。香櫨園に、許される余地を与えられなかったのだ。


魚崎は、大きくため息をついた。それは、全く……とでも呟くかのような、それでも余裕がある、という態度を前面にアピールしようとしてのことのように見受けられたが、


その様はまるで負けを認めるのが嫌で『これは本気じゃないから』と強がりを言う小学生のようだった。相手が彼女でなければ、哀れみの感情すら……生まれてもおかしくはなかった。



だが、相手は魚崎。もはや、酌量の余地が完全に消えた原告側に、香櫨園が手加減などするはずもない。



「陪審員の方々。それでもって、傍聴席の諸君。


これが、本来の構図であったことを了承されたい。原告側は本来あの三人であるべきで、陪審員は当事者以外であるべきで。ま、我々は変わってはいないが。


………この形になって、ようやく証明できることがひとつある。この事件の深層を見るにあたって、真相を暴くにあたって、本来掘り下げるべきであった事実に、光を当てることができる。


原告席を見てほしい。あれらが、今回の当事者、三名だ。魚崎、打出、姫島。


わかるかね?


彼女らは……重音部の部員だ。」



おそらく、香櫨園の望んだ通りに……場は動揺を隠さない。重音部自体は………他の部活にとって、そう印象のいい相手ではない。部活代表に選抜された吹奏楽部の千鳥橋の反応を見ていれば如実だが、普段は遊んでばかりいて、なおかつ時には他の部活の邪魔をし、酷いときには、潰す。そんな部活を相手に、好感を持てるのは魚崎の持つ権力によって利益を得ることのできる連中だけだ。


もはや、場は事の次第に気づき始めている。彼女らが、どういう人間であるかを知る……特に、部活裁判などでしょっちゅう顔を付き合わせている部活代表の彼ら彼女らは、生徒会長魚崎がどういう人間であるのか、ことさらによく知っている。



「これで、関係ないとは言わせない。


この事件の本質は、姫島と野球観戦部の衝突などではなく、


野球観戦部発足から延々と続く、重音部との紛争の延長線なのだ。


我々は、これよりの審理を、


これまで野球観戦部が重音部に受けてきた嫌がらせや妨害の数々を踏まえた上での討論にしたいと考える。真実を求めるのであれば、これは絶対に必要不可欠な要素だ。



我々はハナから、負けるつもりなどない。負かすつもりで……これまでの鬱憤を張らすつもりでここまでやって来た。


屈辱と忍耐の日々を語らせてもらう。


………構いませんか?」



その決定に、傍聴席の支持は必要がない。


陪審員席の三人のうち、二人がそれを認めれば何も問題はなかった。


が、それを承知の上で言えば、その場の雰囲気を鑑みるに。議場の過半数……いや、八割、九割くらいは、香櫨園の提案に意義なしとの意思を示していた。圧倒的多数の賛成を得て、西九条がこれまでの出来事を洗いざらいぶちまける。



椅子へ戻り、腕を組み、チョコレートを頬張る香櫨園の隣で、


『観戦部を絶対に守る』との意気込みをそのまま口から吐き出すように、


火の出るような論舌で、西九条真訪は話を続けた。



壁掛け時計の長針は未だ半周しかしていなかったが、


俺にはその時間が、一時間にも二時間にも感じられて、


そして、


熱かった。










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