youは何しに野球観戦部へ?




春日野道忍の入部は、野球観戦部に良いこととあまり良くないこと、それぞれひとつづつをもたらした。


まず良いこと、というのは言わずもがな、部昇格に必要な部員の数が満たされたことである。正味、俺、西九条共々、そう切羽詰まって急いで新入部員を探すようなことはしていなかった。7月には新設の部活動を今後も継続させるべきかどうかを判断する『部活動審査会』がある。


が、その継続の条件に、部昇格への条件である『3名以上の部員』は含まれてはいない。


『部活動審査会』はあくまで学校生活において不適切だと思われるような内容の部活動や、明らかに実が伴わないと思われる部活動をふるいにかけるための物であって、


その後、正式に部として継続されるかされないかを本格的に審査するのは学年末の『年度末部活動会議』になる。


部員三名の存在が必要になるのはその時点での事。学校もさすがに、三ヶ月の間に同志を三名も連れてこいと命じるほど、鬼ではないということらしい。



……西九条としては、野球観戦部員には少なくとも野球を長時間見ることに耐えうる集中力、あるいは興味を求めたいらしく、手当たり次第に誘いをかけることによってまるで適正のない人間が入部してくることはあまり好ましいことではないと考えているようで。


そういう彼女のこだわりもあって、部として勧誘らしい勧誘はしてこなかった。限界までは、野球好きが興味をもって向こうから来てくれることを待とうという方針で固まっていたのである。



そこに現れた春日野道忍といえば、まさにこれほど適任で………まあ多少荒っぽい入部のしかたにはなったが、望まれる形での参入のしかたもない、といったところであった。


なにせ、他の部を辞めてまで入ろうというのである。重音部のメンバーに辟易としていた事実もあって、それが間接的な原因にはなったのだろうが。


それを差し置いてもあえてこの部活を選んでくれた辺り、野球への執念がそうそう薄いわけもなかろう、というのが、俺と西九条、共通の見解であった。



加えて、単純にブレーンの数が増えるというのは歓迎すべき事だった。三人寄れば文殊の知恵という言葉もある。二人では成立しなかった第三者からの視点が現れるというのは、野球への理解を深める上でかなりプラスに働くと思われるのだ。




逆に……一長一短などといえば、春日野道には失礼なことだが、あまり良くないこともある。


直接の原因を彼女に求めるのはあまりにも可哀想な話であるが、


重音部による嫌がらせが、エスカレートしたことである。


西九条は連中をして、俺に『これまで出くわさなかったことが奇跡』だと言ったが、それはまさに言い得て妙と言ったところだった。


例の日以来連中は、ほぼ毎日、1日に何度も『道具の出し入れ』を理由に音楽準備室に押し入るようになり、なおかつ何かと理由をかこつけて長くやかましく居座るようになったのである。


それはもしかしなくとも、魚崎らの西九条に対する逆恨みに近い嫌悪と、彼女ら視点からして裏切り者となる春日野道への、報復の行動でしかなかった。



道具の出し入れを目的とした通行を認めている以上、むやみにそれを諫めることもできない西九条は、部として、しばらくの間は………無視を貫き、相手が飽きるのを待つという方針を固め、それを実行した。


正直……俺も、発案者である西九条も、元重音部のメンバーである春日野道も、それで事が上手いこと収束するとは思えず、来るべき第二段階……規模のほどは知れないが起こるべくして起こるであろう『紛争』に突入する、


その理由付け程度にしか考えていなかったのだが。


残念ながら、その予測は欠片の迷いもなく現実へと突っ走っていくのである。



日に日に時間を増していく意味のない滞在。喧嘩を売っているとしか思えない、どう考えても『問題』を起こして、未だ仮部活である野球観戦部を、部間規則によって廃部に追い込もうと画策しているのが見え見えの行動に、


ついに西九条は我慢を諦め、ギリギリの実力行使に出た。



顧問である香櫨園を通して内密に、重音部顧問である今津にコンタクトを取り、あくまで『部活法廷』を通すことなく、連中の横暴を制しようとしたのである。


………が、これはまるで意味がなかった。


顧問今津は、残念なことに彼女らに対して欠片の影響力も持たなかったのである。


それどころか。


重音部は毎日どこかをほっつき歩いたりどこかに屯してくっちゃべるばかりでその本来の活動を全うしておらず、


道具の出し入れなど全くの無駄、おおよそもう半月は音楽部の合同練習に顔を出していないのだ、という新事実を突きつけられ、逆に何とかしてほしいと泣きつかれる有り様。



呆れた西九条はあまりにも情けないその教師を一喝しようとしたが、そうする前にその老教師は涙を流し始め。


そうなるともう、彼女にそれ以上なにか物を言うことはできなかった。老教師今津はこの学校の音楽部全てを受け持つそれだけで負荷のかかる立ち位置にあって、その実骨抜きのジェンガのように、一本積み木を抜けば崩れ落ちてしまうような、既に脆くなりすぎた人間だったのである。それを攻め立てられるほど、俺も西九条も、そしてその惨状を知る春日野道は言うに及ばず、鬼にはなれなかったのだ。



結局野球観戦部は、唯一の対抗策と目されたそれを何一つ生かすことができず、かといってそれ以上の策を講じることもできず。


七月の審査会までの辛抱だと、耐え抜く日々を送るしかなく、今日この日を過ごしているというわけである。



「重音部はなー、昔の先輩が偉大でなー」



ーーー春日野道の入部からさらに一週間が過ぎ去り、五月も暮れを迎えようとしている。


例によって重音部による妨害まみれの活動を終え、帰宅する途上。


広島レッズのロゴの入った真っ赤なバックパックを背負った春日野道は、


都会の排気ガスに汚されて全く綺麗でもなんでもなくなってしまった夜空を見上げながら、徐々に妨害にも慣れ始めて気にしないことを覚え始めた俺と、努力するもそうはいかない不器用な西九条に対して、


おもむろに語り始めた。



「ほら、知らんか?最近Mステとかでよう見るやろ、ヘヴィメタバンドのTwo lucky&luckyってグループ。」



「ああ、知ってますよ。確かあれでしょ?代表曲………えーと、Rock yellow Windowとかなんとか……車のCMやってるやつですよね?」



「………全然知らないわ。」



「あー、まこっちゃんはそういうのあんまり詳しく無さそうやな。いや、あくまでイメージやけど。


シンジローは正解。それそれ。」



人差し指をこちらに指して、少しあざとさすら感じるウインクをかましてくる春日野道。彼女を挟んで向こう側の西九条は、若干すねたように下を向く。


ーーー大体お分かりいただけると思うが、まこっちゃん、というのは西九条真訪の事である。最初は西九条さんと丁寧に呼んでいた春日野道だったが、二三日過ぎ、気づいた頃にはこの呼び名になっていた。


最初は戸惑っていた西九条だったが………まあ、満更でもなかったのかもしれない。特に抵抗も見せず、すんなりとそれを受け入れ今に至る。


……出会ったときは、その容姿端麗さにやられて近づきがたい印象を受けていたが、接してみて、得てして中身はそうでもないことがわかってきた。贅沢な話だとは思うが、ある意味……見た目で損をしているのかもしれない。



「確かに最近よく見かけますね。昔は地下系だったとかなんとか、聞いたような気がしますが………」



「大体合っとるわ。そんだけわかってたら話はやい。


あれがウチらの大先輩でな。在学中、ありとあらゆるコンテスト総なめにして、この学校の名前売りまくったんや。」



「叫ぶ広告塔というわけね。」



「いや、言い方よ、言い方。」



「シンジローの言うとおりやでまこっちゃん。あっこのファンはアタマおかしいのが多いさかいに、そんなん聞かれたら刺されてもおかしないで。気いつけんと。」



「…………。」



「まあ、それで、うちの学校は一躍名門の仲間入りになって………って言うてもその先輩が引退したあとは泣かず飛ばずやったんやけどな。


なまじいっぺん有名になってしもた手前、学校としては潰すわけにもいかず、どんだけ落ちぶれようが部活審査にかけるわけにもいかずで。」



「要するに、そのトゥー………何とかという伝説的な先輩の活躍によってその部活自体がある意味殿堂入りしてしまった。


故にその伝統ある部活をむやみに廃部にするわけにもいかず、口出しもそこそこにしかできなかった結果、


今の魚崎のような増長した部員を生み出し、ろくな活動をしていなくても部として認められ続ける上に、やりたい放題やらせてしまっていると。」



「完璧な要約やわ。おおきに、まこっちゃん。」



今度は西九条に対してグッドサインを突き出す春日野道。西九条は少し顔を上げて、ほんの少し嬉しそうに微笑む。



「今津先生が手ぇ出せん理由やな。


あともうひとつ、重音部のやりたい放題に関して言えることは……


部長の魚崎が生徒会長も兼任してるっちゅーこっちゃ。あれが曲者や。今まで年度末の会議で、重音部の横暴が何にも取り沙汰されへんかった訳やない。実際対立関係にあった金属探知機愛好会から陳情が入って問題になったことがあって」



「金属探知機愛好会と重音部がどうやってイザコザ起こすんですか」



「知らんのか?もともと金属探知機愛好会の部室は音楽準備室やったんやで。ま、その間も重音部はその部屋の所有権主張してたけど」



「ええ………」



「出たわね。」



もはやパブロフの犬の如くの反応でツッコんで来る西九条。俺はそれに対して何故か敗北感すら感じ始める。


春日野道は気にせず話を続けた。



「まあ、やってることは今とおんなじや。魚崎と姫島は……とにかくあの部屋を他の部活が使うのを嫌いよる。自分等の所有物である間は特に何も言わんし、そもそも使わんのやけどな………他人が使うときだけ、癪にさわるんや。」



「思春期の男子小学生かしら。」



「思春期の男子小学生に謝れ。」



すかさず俺はツッコみを入れる。西九条はジト目で俺を睨んできた。困る。額面通りに受け止められても非常に困る。



「そんなこんなで………ま、例によって嫌がらせして。たまりかねた金属探知機愛好会が部活法廷でそれを糾弾したんやけど。


あれ、その前に部活法廷ってしってる?」



「ええ、もちろん。」



「……名前だけ。」



「シンジローはよう知らんみたいやな。軽く説明するか。


まぁ、うちの学校はとにかく部活が多いさかいに。イザコザも起こりやすいんや。重音部に限ったことやない。


そこで、その部活間紛争の調停機関として、部活法廷ってのがあるんや。


まあ、早い話がお互いの主張を吟味して、裁定を下すっちゅー流れや。そう仕組みは日本の裁判と変わらん。ただし一審制やけどな。


で、その裁定を下すのが三団体の代表で………それぞれ、教師代表一名、生徒会から一名、各部活代表者から一名。


三人の裁判官が多数決で判決を下すっちゅう仕組みや。」



「………


やたら本格的なところに闇を感じますが………。」



「鋭いな。そんだけ問題が多発するいうことや。」



さらっと春日野道。西九条は大きくため息をつく。



「んで……金属探知機愛好会の話か。


上告側で訴えたんやけど、この時の生徒会が完全に魚崎の傀儡でなー。ほら、あいつ、見てくれは美人やから。特に男は、ホイホイついていきよる。」



「…………。」



「そんなものなのかしら。」



うそぶく西九条。何で俺の事見るんですか西九条。別に俺なにもありませんよね。



「最初から一枚落ちた状態で裁判始まって。後ろで見てたけどまー、酷い有り様やったな。金属探知機愛好会の主張を生徒会が退ける退ける。


教師代表が何とか拾おうとするんやけど、この時の部活代表が重音部と仲のいい軽音部の部長で………」



「どこの極東軍事裁判だよ……」



「その例えは色々不味いわ、出屋敷。控えなさい。」



「………。」



「多数決で二対一やろ?金属探知機愛好会に勝ち目なかったわ。とんだ八百長裁判やけどルールはルールやさかい。愛好会は敗訴、重音部はおとがめなし。」



「ええ………。」



「出たわね。」



「いや出るでしょこんなの」



「まあ、そこで終わったらよかったんやけど、重音部が……ってか魚崎が反撃に出て。なんやかや理由かこつけて、腰巾着の打出……ほら、おったやろ?あのちっさいぐしゃぐしゃ頭の。」



低身長ウェーブ女の事だな、と俺は心のなかで頷く。舌打ちひとつかました西九条にも、心当たりはあるようだった。



「あいつ『個人の』訴えで『特例で』起訴を認めて、生徒会代表で会長である魚崎が出廷して。


どうやったんか知らんけどその時もまた軽音部の部長が部活代表。良心は教師代表だけって状態で審理が始まって。


まぁ……あとはわかるやろ。」



春日野道は首の前で横に向けた平手をスライドさせた。西九条がさっきの倍くらいのため息をつく。



「糞みたいな話ですね」



「せやね。読買にFAで移籍するより糞な話や。」



西九条が大きく頷く。広島ファンと阪神ファン、本人たちに言ったら殺されるかもしれないが、


案外感覚は近しいのかもしれない。



「そんな訳や。連中がやりたい放題やれる理由はな。


はっきり言って、無敵やさかい。そうなったときのあいつらは。


まこっちゃん、腹立つ思うけど………いや、ホンマに申し訳ないとは思うんやけど、もうちょっとだけ、七月の審査会までは耐えて。な?


それが過ぎたらまた話も変わってくるから。今は……仮部活の今は、法廷に出るだけで廃部になってまうさかい。」



「………わかってるわ。


こんなことで……ようやく手にいれたこの部活を……」



西九条はそれ以降何も言わなかった。俺は続く言葉が気になって、待てど開かない口に業を煮やして直接聞こうかと思ったが、


すんでの所で留まった。彼女の目が、あの日、ノックなしに入室してきた姫島たちを睨み付けたときの、視線で人を殺せそうな鋭さを持ち合わせていたからである。


ーーーこの部活を守るためなら何でもやる。


そんな彼女の声が聞こえてくるようで、俺はその凄みに圧倒されると同時に、初日、試合終了後に彼女に言われたことばを、ふと、思い出していた。



『部が潰れてもいいなんて、もう絶対に言わないでーーー』




「………春日野道さんは、何でそんな部活に所属していたんですか?」



何故か締め付けられ始めた胸の、その謎の苦しみを紛らわすために、俺はそう尋ねた。極力、西九条の顔は見ないように努力しながら。



「それは、入った理由?残り続けてた理由?」



「前者ですかね。後者は………別にいいです。あんまり聞くことに意味がない。」



「察してくれて助かるわ。


えーとな。ま、簡単に言うたら……」



「……………。」



「そのTwo lucky&luckyのファンなんや、ウチは。


もし、ウチが男やったら……広島の選手になること目指したんやろけど、生憎女に生まれたさかいな。目標の方角を変えて………音楽で有名になって、


いつか広島の本拠地ZOO-ZOOスタジアムで、五万の大観衆の前で『それいけ!レッズ』を演奏熱唱できたらなぁって思って。


ハイブリッドな夢やろ?」



将来の夢を語る五歳児のように、純真無垢な笑みを浮かべた春日野道。


俺は、さっき西九条の言葉を思い出して締め付けられた胸がさらにもう一段階絞れるのを感じ、さらに苦しくなった。



「でまぁ入ってみたら……あの通りほぼまともに活動しとらんやろ、重音部。練習もろくにせんでスターダムにのしあがろうなんてアホな話あれへんからな。チート漫画やあるまいし。


それで、気いついたら萎えてた。ま、それで萎えるんやさかい、そもそもその程度の夢やった言うたらそうなんやろけど……」



ばつの悪そうに笑った春日野道。だが俺は全く笑えなかった。



夢を追って入った部活があのザマで、


わずか一年で『諦めた方がマシ』という結論に達してしまうほど酷い扱いを受けたというのか。


世の中、正直者がバカを見ると言うが、


バカが正直者にバカを見せるというのは、あまりにも笑えないーーー




「身の上話はこの辺にしとこ。ウチ、口で生きとるさかいな。


話始めたら止められるまで止まらへんねん。せやから、ブレーキかけれるタイミングがあったら止めんと。」



明るく振る舞って春日野道。正直見ていて痛々しく感じられたが、彼女の配慮を無駄にするわけにもいかない。



「よく覚えておきます」と返事して、代わる話題を探し始める。今の春日野道の話、野球観戦部が続く限りは忘れないだろう。だが今は、この場に限って一先ず胸にし舞い込むことにする。



………ただ、探した結果、代入できるだけのポテンシャルを持った話題が、今の俺の手元には無かった。下らない話題なら二三提供できなくもないが、それでは春日野道の話を覆い隠すことができず、微妙な空気になりそうなところ。


さて、どうするか。そんなことを思いながら必死に頭の中を回転させていたところ、


その努力をありがたくも無に帰すひとことを、


西九条が放ってくれた。



「………明日の野球観戦の予定なのだけれど。」






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