応援の重さ




その後、試合は八回、九回をタイヨウがきっちりと抑えたものの、打線が奮起せず沈黙、完封敗けで幕を閉じた。


その後の西九条と言えば不機嫌極まりなく、宣言通りに香櫨園は置き去りにしていくわ帰路ずっとチームへの愚痴を聞かされるわで、こちとらえらい苦労したものだった。事に、愚痴の方は………とでも俺の知識ではついていけず………相槌ばかりうっていても気持ちがこもっていないと責められ、適当な事を返したらそれはそれで怒られるという、まさに八方手詰まりの状態。


西九条の家の前までそれが続いたもんだから、大変なものだった。聞くのは易し、とも言えないものである。



ただ、文句まみれの中でも一人だけ誉められている………というか荒野のオアシスとでも言わんばかりの評価を受けている人間が一人いた。それがタイヨウだった。



確かに内容的に、まともに試合を終えることができたのは先発の川井とタイヨウくらいなもので。


とても誉められるものではない試合内容で、誉められることがあるとすればこの二人しかいなかった。


西九条はタイヨウに相当思い入れがあるようで、贔屓にもしているようで。


この人が現役の内に優勝できなければ阪神は終わりだとか、こんなに中継ぎの安定している時代は二度とこないだとか、彼女にしては手放しで褒め称えているレベルであったと思う。


やはり、それくらい言われれば選手としても嬉しいものなのだろうか。


彼女は、命がけで阪神カイザースを応援しているのだと言いきった。


ともなれば………その賛辞も、命がけの賛辞と言えなくもない。敗戦による多大なストレスを抱えるなかで、負けたチームの一部の肩を持つのだから……それ自体が彼女にとってのオアシスである可能性は否まないが、とかく、重いものであるようには思う。



「………と、言うわけなんだが、どうだろう。オヤジ。」



俺は、西九条の言ったことと自分の考えを纏めて説明した上で、テーブル挟んで目の前で飯を食う父親ーーータイヨウこと出屋敷太陽に、そう尋ねた。


ちょうど味噌汁を啜っている最中だったオヤジは橋を持った手を広げて前へ出し、ちょっと待てという意味にしか取れないジェスチャーをしてくる。俺は従って待つことにした。



百孝一聞にしかず、という諺はあってもいいと思う。想像するより聞くが易し、というやつだ。


直接聞いちゃえばいいのだ。その賛辞について、どう思うか。嬉しいか、厚かましく感じるのか。



「すると、アレか。お前、見に来てたんだな。今日の試合。


その真訪ちゃんとかいう女の子と一緒に。」



俺は頷いた。一人意図的に忘れていたが、忘れっぱなしのまま話を続ける。話題に出すだけでめんどくさかった。どのみち、全ての記憶は無いのであろうし………



「お前が女の子と二人で野球観戦なぁ。うん。全く想像できん。」



「部活だよ、部活。野球観戦部ってのに入って、今日はその第一回遠征。」



「なんだその珍妙にして奇っ怪な名前の部活は。」



「………俺ら絶対親子だよな」



「あん?何を今更」



「結局活動内容はまだよくわからんのだけど、とにかく野球を見る部活だ。まぁ何て言うか………俺にはピッタリだよ。」



「おー。身の丈に合うもん見つけて落ち着くのは良いことだ。父さん全く反対せん。」



再び味噌汁を啜るオヤジ。放任、という訳ではない。たぶんこの場合………ある程度信用されている、ということなのだと思う。



「………それで?」



「あー、んー。


まあ、俺自身は、あー、楽しく見てもらいたい派だが………」



「理由を聞いても?」



「重いじゃねぇか。日本中の阪神ファンの子供の食生活が背中にかかってるだなんて言われたら、プレッシャーで圧し殺されてしまうわ。」



「………そりゃそうか。」



「おうよ。


けどまぁ、な。命がけでやってるもん、命がけで見てますって言われて悪い気はしねぇな。


プロ野球選手なんてのぁ、あれだ。気にされてる内が花だ。文句も言われねぇようになったときにゃ、首切られるか辞めるか。まぁー、俺ぐらいにもなりゃ辞める以外に道はねぇんだろうがな。


ある種、共存共栄……って見方もできんじゃねぇか?こっちは、生活がかかるほどのモンを命がけで見せる。あちらは、命がけの応援で選手を生かす。チームはそうやって回ってんだ。


阪神カイザースが万年Bクラスの弱小球団でも、売却も買収もなく、なお日本一のファンの数を誇るっつーのは、


生活をかけるほどのファンの存在ありきの事なのかもしれねぇな。」



「ほー………。


なるほど………そういう見方も……」



「ってかな。


学校に部活作ってわざわざ甲子園に通うレベルのファンなんだろ?その西九条って娘っこは。


生活かける云々の前に、ありがたくねぇ訳ねぇよ。観戦の仕方にいちいち注文なんて付けられんわ。こちとらそういう連中に飯喰わせてもらってんだ、もちろん俺に養われてるお前もな。



こっちとしては……そういう連中に、ストレス溜まるような試合を極力見せねぇよう努力してるつもりだが……ま、今日のザマでは胸張って言えんわ。」



再び味噌汁に口をつけたオヤジ。飲み干し椀を置くと、合唱して「ごっそさん」と言い、席を立つ。


先に食べ終わっていた俺もそれに続いて席を立とうとしたが、その時、オヤジが付け足すように



「おい、進次郎。今度その娘、家に呼んでやれや。試合のあとにな。」



そう言ったもんで、そのままもう一度席に沈んだ。俺と登録名タイヨウこと出屋敷太陽が親子であることは戸籍謄本の上で紛れもない事実ではあるが、果たしてそれを西園寺が信じるだろうか。


………俺は阪神ファンではない。オヤジが野球選手であることに一定の思い入れはあるが、だからといってチームを応援することはない。オヤジは東京国鉄スワンズから移籍してきた身柄。転勤の度に贔屓のチームを変えていたのでは面倒でしかたがないからだ。


だが、世間一般の感覚で、父親の所属チームを応援しない息子というのは想像しづらいのではないだろうか。俺が阪神ファンではないと知る西九条は、俺の父親が阪神の選手であると聞かされて、素直に信用するだろうか。



「………割と難題かもしれない」



「あん?ありのまま伝えりゃ良いだろうよ」



何を尻込みしてやがる、とでも言わんばかりのあきれ顔でオヤジが言う。



言うは易し、だと口には出さず心のなかで反論しながら、もう一度俺は立ち上がった。



オヤジに遅れて二、三秒、台所に立つ母親に食器を預け、自分は二階の自室へと引っ込む。


家のルールとしては法度を承知で制服のままベッドへ飛び込み、徒然なるままに天井を仰いでいれば、自然と思い返すのは今日という怒濤の一日、人生における天変地異の如くの大きな動きのあった十数時間の出来事、としてその中心にあった一人の女の子の存在だった。


西九条真訪ーーー漫画から飛び出してきたような美少女にして、生活を捧げるほどだと豪語する阪神ファン。


彼女自身が……自らを特殊な質の野球観戦だと定義し、常人離れした執念を認め、並のファンとは一線を画した存在だと自認している。同様の人間はそうそういないのだということを、彼女は確かに自覚していた。


………にもかかわらず、野球観戦部などという奇っ怪な部活を立ち上げ………そうそういるはずのない同志を探し、求めている。ファーストコンタクトのおり、間違いなく『トラキチ・出屋敷進次郎』という架空の阪神ファンは………彼女に求められていた。


矛盾とまではいかずとも、反発しあう二つの要素を持ち合わせた彼女が、


彼女自身の立ち上げた野球観戦部に求めるものとは一体何なのか。当の阪神カイザースの選手から、『ありがたくはあるが重くもある』と評される観戦スタイルの先に、望むものとは一体なんなのか。



情報の少なすぎる現状では、それを判断することはおろか、推測すらもままならない。西九条真訪が部と……部員である自分に期待するものが何なのか、想像もつかない。



ただ、確実に言えることがひとつだけある。


彼女は、部と、部を構成する大事な要素である部員………つまり自分との出会いを、


その目的の指すベクトルは不明ながら、大切にはしようとしているということである。



それを確信できたのは、試合終了後。



『賭け』の代償である、『ひとつの願い事』を、律儀にも尋ねたとき、



彼女が欠片の迷いもなくこんな『願いを』自分に言い渡したからだった。





「もう二度と、部がつぶれてもいいだなんて、


言わないで。」
















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