第11話
それぞれの部屋に戻る前のそれが、最後に交わした言葉であった。ちなみに美咲とは、食事の時間の
「マグロが美味いぞ!」
「そうだな」
「米も美味いぞ!」
「そうだな」
「なんだ、結局全部美味いぞ!」
「そうだな」
が、最後の会話だった。酒は飲んでいないが、やはり、疲れていたため返事が適当になってしまった。
そんな俺に比べて、美咲の体力は底なしとしか思えない。
ただ一人、ずっと元気であった。今日の朝とは真逆である。
当然それはとても喜ばしいことで、自然と、嬉しくなってしまうのだった。
「……寝るか」
一人部屋ってすることがない。美咲となぎさは姉妹仲良く同じ部屋で寝るそうだ。
俺も一緒にパジャマタイムで夜遅くまで修学旅行気分で恋ばなとかしたかった。
恋ばなを一人でやるには酒が要る。どうせ俺が語る恋ばなに、ハッピーはないのだ。
しかし、今宵は悲しい気分に浸るような夜じゃない。ならば、寝るしかないじゃないか。
電気を消して布団に潜った。真っ暗だ。当たり前だが。
目を閉じて何も見えず、状態である。
あぁ、枕合わねぇ。眠れねぇ……。
体は疲れきっていて、今にも眠れそうなくせに、頭はまだ、俺を眠らせる気はないようだ。
「……色々あったな」
ぼんやりと、頭に浮かべる今日のこと。美咲と出会った日からのあれこれを巡らせる。
現実感がないことばかりだ。どうしたって自分の身に起きたこととは思えないことばかり。
ただ、あの笑顔と温もりと、あの変な呼び方だけは、鮮明に。
ありありと現実感を感じるのだ。
「……三つ雲殿」
そうそう。そんな、時代間違えてんじゃねぇか? っていう変な呼び方……って、え?
「起きてるか?」
「はあああああああ?」
て、敵襲じゃああああ!
「落ち着け三つ雲殿。私だ。剣上美咲だ」
声の主が垂れたヒモを引っ張った。天井の照明が辺りを照らす。光に包まれてそこにいたのは、確かに、剣上美咲だった。
「ああ、美咲……じゃねぇだろ! どうやって入った!」
完全な和の雰囲気の旅館だが、鍵はオートロックだ。
かけ忘れはない。
「どうやってって、普通に開けたんだ」
「いや、鍵かかってだろ?」
「ん、かかってたかな。分からなかったな」
「お前、ドアぶっ壊したんじゃねぇか?」
「大丈夫だ。静かに開けたからな」
「静かに開けても壊れるものは壊れるわ!」
後で確認したが、確かに壊れていた。
「しかし、起きているならドアを開けてくれてもいいじゃないか。チャイムは押したぞ」
「あれ? そうだった?」
まったく音がしなかったけど。
「自分の責任だってあるじゃないか」
「……ごめん」
なんか納得がいかなくて、後でドアと一緒に確認したら、チャイムも壊れていた。
どんな指の力してんだか。
「で、どうしたんだ?」
「眠れないのだ」
子どもかよ。
あ、俺も中々眠れないから起きてるんだった。俺も子どもだった。
「今日一日、色々あったから……」
「まあ、そうだな」
中身が濃すぎて一日とは思えねぇよ。
「手紙は読んだのか?」
「え、ああ、まあ」
「ん?」
微妙な返事だな……。と思ったら、俯いている彼女の目の周りが、赤く腫れていた。
「お前、泣いたの?」
「な、泣いてない!」
「ははーん。感動して泣いちゃって、なぎさにいじられたな? それで眠れないって言ってこっちに来たとぶべっ!」
グーでパンチされた。
「違う! そんなんじゃない!」
「違うなら殴るな!」
ところで、なんでこんなに殴られているのに俺は壊れないんだろ。
実は俺、超丈夫だったりするのかな。
「いいか? 私は眠れないから来てしまったのだ。それだけだ」
「眠れないから来たって意味わかんねぇんだよ。こっち来て何すんだ」
「だから眠るのだ。よっと」
「…………」
なんで布団に入って来たぁぁぁ!?
「無論、眠るためだろう」
「二人で一つの布団に寝る気か!? 一線越えちゃうだろうが!」
「っ! 馬鹿じゃないのか!? そんな不埒なマネするわけがないだろう! 変態め!」
「布団に入り込んで来た方が変態では!?」
「なんでベッドにインしただけでそういう行為だと考えるのだ! 私は普段から普通に妹と同じ布団に寝たりするぞ」
「男女ですから! ってかベッドにインって完全にアウトだろ! ベッドインって言っちゃってるだろ!」
「ベ、ベッドインとは破廉恥な! 恥を知れ!」
「お前が先に言ったからぁ!」
間に『に』があるかどうかなんて関係ないだろ!
「……ったく」
眠気が完全になくなっちまったぜ。上半身だけ起き上がって、美咲を見た。
あ、さっきまでは二人で横になって口論してました。
「…………」
浴衣エロくね?
「どこを見てるんだ!」
「胸だ!」
「何故そこだけ威張る!?」
谷間見ちまったぜっっ!
意外なことに、美咲の谷間を見るのは初めてのことであった。
眼福、眼福。
「じろじろ見るんじゃない……」
殴られると思っていたのに、布団を顔の辺りまで持ってきて、恥ずかしそうにもじもじする美咲。
どこからどこまでが殴るラインで、どこからどこまでが恥ずかしがるラインなのか、基準が全く分からない。
「…………」
そういう反応をされると、俺もどうしたらいいのか……。
布団から抜け出て彼女に背を向け、理性を保つために自分で自分の顔面を畳みに何度も叩きつけるしかなかった。
バシンバシンバシン。
「な、何をしているのだ三つ雲殿! 落ち着いてくれ」
「ああ、大丈夫だ。スッキリした。賢者のような晴れ晴れとした気持ちだぜ」
痛かったけどな。
俺のことを止めてくれて、ありがとう。理性を暴走させかけたのもお前だけどな。
いや、それは俺の心が弱いせいだけど。
「礼を言うのはこちらの方だ」
「え? お前、俺に見られるのが嬉しかったりするの?」
「そんなわけないだろう!」
蹴られた。予定通りだ。安心した。
「……色々と、本当に色々と、私を助けてくれて、こんな私を見捨てないでくれてありがとう。一緒に笑ってくれて、ありがとう」
俺の背中に向かって、美咲は言った。だから、背を向けたまま、俺も言う。
「……もうヒーローやめるとか言うなよ。お前のわがままは、ヒーローやりたいっていうのだけで手一杯だったんだ。やめるなんて、めんどくさいことはもう言うな」
「……承知した」
「でも、本当にやめたくなったら、まず俺に相談しろ。いい答えを、一緒に探してやるよ」
振り返ると、美咲は泣いていた。
「また泣いてんのか?」
「泣いてない。目からさっき飲んだポ○リが溢れてきたんだ」
「どんな飲み方したんだよ」
ぼたぼたと。それはこぼれて、シーツに水玉模様を作っていた。
「やっぱり、本物のヒーローは違うな……。三つ雲殿は、さすがだ」
「俺はヒーローなんかじゃないだろ。ヒーローは、お前だろ?」
「いや、違うさ」
違う?
「私がやっているのは、ヒーローごっこだ。そうだろう? 三つ雲殿」
以前、俺は美咲にそう言ったんだったっけ。
「でも、今の美咲は」
「ヒーローごっこだよ。まだ、本物のヒーローには遠く及ばない。まだ、本物のヒーローになるためには、このごっこ遊びをやめられない」
泣いている顔は、もうそこにはなく、雨上がりの虹みたいな、満面の笑みが広がっていた。
「だから、三つ雲殿。改めて、これからも私のヒーローごっこに付き合ってくれるか? 本物のヒーローになるために」
「……そんなこと、訊かなくたって分かるくせに、なんでそんな不安そうな顔してんだよ」
しょうがねぇなぁ。
「もちろん、手伝ってやるよ」
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