第10話

「分かりましたか? わたしもパパも、三つ雲さんだって、お姉ちゃんには感謝しているんです。だから、ヒーローをやめるなんて言わないでください。やりたいのにやめるなんて、気持ち悪いですよ」


 気持ち悪いって。辛辣だな。

 それだけ気持ちがこもってるってことだろうけど。


「ありがとう。ヒーローはやめないよ」

「……まったく、迷惑な話だな」


 人騒がせなやつだ。


「三つ雲さん、嬉しいなら踊ってもいいんですよ」

「踊らねぇよ!」

「あ、嬉しいのは否定しないんですね」

「…………」

「素直じゃないですねぇ。まあいいですよ。一人で踊ってますから」


 どうしてそんなに踊りたいんだよ。

 変なやつ。


「私も踊るぞ」


 お前も踊るんかい。


「いいですね! アハハハ!」

「……ったく」


 出鱈目で不細工な踊りと、やけに秩序だった美しい踊りだ。

 でも二人とも、心から楽しんでるのが伝わってきて、つられてこっちまで笑ってしまうのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「結局、こんなもの必要なかったな」


 俺は社長から預かった手紙をポケットから出して右手に持って、左手で自分の像を叩きながら、そう言った。

 叩いてみて分かったが、どうやら石でできているらしい。


「手紙見せてください」


 ヒラヒラと風に泳がせていた手紙を、なぎさにぶんどられた。


「おい、それ美咲宛てだろ」

「まあいいじゃないですか」


 ビリビリと、躊躇なく封を破ってなぎさは手紙を読み始める。


「ふむ……ふーん。ふむふむ」

「どんなことが書いてあるんだ?」

「長くてよく分かりません」

「おいおい」


 なんだそりゃ。


「長すぎるので、お姉ちゃん。後でじっくり一人で読んでください」


 手紙を手渡ししたなぎさは、小さく笑ったように見えた。 


「さて、三つ雲さん。ボタン持ってますよね?」

「え、ああ」

「貸してください」


 ズボンのポケットから、真っ赤な押しボタンを取り出した。

 ガラスケースを開ければ、すぐにでも押すことができるだろう。


「それは何だ?」

「俺も知らねぇ」

「三つ雲殿はどんなものか知らずに、そんな怪しげな物を持っていたのか?」

「……まあ」

「さすがの勇気だな」


 ……馬鹿にされた気がする。


「この像が何のためにあるのかも、三つ雲さんは知らないんですよ」


 そう、俺は何も知らされていないのだ。作戦がある、と唆され、しかし具体的には何も教えてくれなかった。

 そして、その翌日に、青森に行きましょう、と意味不明なことを言われたのだった。


「わたしは知っています。わたしが、お姉ちゃんのためにパパにおねだりしましたから」


 この三つ雲像を?

 あのパパに?


「最初は反対されましたよ。でも、パパは娘には弱いですからね」


 ニヤリと、悪役のような笑顔を浮かべながらガラスケースを外すなぎさ。

 なんだろう。凄く嫌な予感がする。


「これは奥の手でした。お姉ちゃんがヒーローだと証明するための」


 ボタンに指をかけて顔をあげたなぎさは、明らかに悪い表情をしていた。

 犯罪者の表情だ。

 これは、マジでやべぇな。


「行きますよ。怒るなら、パパを怒ってくださいねっ!」


 ぽちっ。

 かわいらしい音が響いた。


「……何も起こらない?」

「いえ、そんなはずわっっ!!」


 そのとき、爆音が響いた!

 爆音ってか、マジな爆発の音だった! 

 ドカァン! と、嘘みたいな、マンガやドラマでしか聞いたことのない凶音が、響いた!


「はあああああああ!?」


 振り向いた先、あの三つ雲像の下半身が爆発して砕けていた。

 と、いうことは上半身はもちろん?


「こっちに来るじゃねぇかぁぁぁ!」


 俺たちを目掛けて落ちてきていた!

 空を覆う黒い陰は、まさに隕石。少しばかりイケメンの俺の顔、その口が、本物の俺含め三人を丸飲みにしようと、迫ってくる!


「こうなればお姉ちゃんは私たちを助けざるを得ないのです」

「お前なんてことしてんの!?」


 頭おかしいだろぉぉぉ!


「怒るならパパに怒ってくださいって言ったじゃないですか」

「それで済むかよ、この野郎!」


 勝手に自分の命賭けやがって!

 一回俺に相談しろよ! 絶対止めたから!


「いやぁでも、爆発するなんて、どんなチ○コしてるんですか」

「俺のチンコじゃねぇし! 石像のチ○コだし!」


 しかも絶対お前が意図的にチ○コに爆弾仕込んだだろ!

 とぼけてんじゃねぇ!


「って言ってる場合じゃねぇ! もう駄目だぁぁぁぁぁ!」


 どんどんどんどん影はでかくなって、もうすぐ目の前。

 最期が圧死とは、何とも言えねぇ。

 ……前も死にかけたときがあったな。走馬灯で、死にかけた記憶を思い出すとは……。

 あのときは、そう。空から落ちたんだ。でも死ななかったのは

 

「……まったく、後でみんなまとめて説教だな」


 生きることができているのは、今と同様、美咲が助けてくれたからだった。

 あの超常的な力で。

 どれだけの高さから落ちても衝撃を無にできるように、どれだけの高さから物が落ちてきても平気だと笑って、馬鹿でかい像を片手で受け止めてしまう力で。

 余裕綽々。笑顔凛々。


 その姿は、正真正銘。

 ヒーローだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 三つ雲像の落下してきた上半身と、大事な部分が爆散してしまった下半身は、二つ合わせて専門家に処理された。

 リサイクルでもするのだろうか。興味ないけど。


 超大規模テロ並の爆発だったから、公園にいた人々や、公園の外にいた人々に至るまで、大パニックになってしまった。地球が滅ぶんじゃないかと思った人も少なくなかったという。

 美咲の早急な対応により、剣上グループの人間を大量投下。口封じを謀ったが、そう上手くはいかない。

 テレビや新聞を封じることができたとしても、今の時代、それだけでは意味がない。


 SNSで一気に拡散。爆発の瞬間を撮った動画や写真はなかったものの、数多くの人間が

「なんか爆発して草」とでも発言すれば信憑性は十分だ。『爆発して草』は、短時間だがトレンド一位になってしまった。

 まあ、どうせすぐにみんな忘れる。画がないのでは、インパクトに欠けるからな。


「じゃあ、小説はインパクトがないんですか?」


 とかなぎさが言っていたが、そんなことはないと思う。が、俺にはそれを否定する力がないから無視したった。

 で、一切合切全てがある程度の形に収まったときには、もう日が沈んでいた。

 花見を再開とかしてもよかったけど、正直そんなことをする気が起きないくらい疲れたので、なぎさが予約していた旅館で休むことにした。


 高級旅館というのが嫌というくらいに分かる外装内装。ここも剣上グループの一つらしい。

 緊張しちゃって逆に寛げないかとも思ったけど、全然そんなことはなかった。

 高級最高!

 ご飯美味しいし、お風呂は当然、源泉かけ流し。少し熱めの湯が、いい感じに疲れを奪ってくれた。


「残念でしたね。わたしとお姉ちゃんのお風呂シーンはなしですよ」


 当たり前だ。俺の一人称だからな。


「小説なら覗きをネタにしていいとかありませんからね。普通に犯罪ですから」


 心得ています。


「でも、そんなに見たいなら見せてもいいですよ? というか、後で二人で混浴とか行きますか? まあ、冗談ですが」


 冗談かよ……。残念だ。


「行くならお姉ちゃんを誘ってあげてください。お姉ちゃんは、あれで奥手ですから」


 お姉ちゃんが奥手というか、お前がビッチなのではないだろうか。


「中一にビッチも何もないですよ」


 こういうときだけまともなことを言うなぎさであった。


「ふぁああ。さっき散々怒られたので疲れてしまいました。わたしは寝ますよ。明日また会いましょう。おやすみなさい」

「おやすみ」


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