第8話

 白い物というか、白い布なんだけどね。デカイ何かにデカイ布を被せてるだけだけどね。

 てるてる坊主のデカイバージョンってイメージで大丈夫です、はい。


「お姉ちゃん。これはパパがお姉ちゃんのために作ってくれたものなんですよ」

「私のために?」

「はい。お姉ちゃんが頑張っているから、お姉ちゃんが喜ぶものを作ったそうです。そこにヒモがあるので引っ張ってみてください」


 布には、取って付けたような安っぽいヒモがついていた。一ヶ所から引くと危ない気もするが、なんとかなるように計算してるんだろ、たぶん。


「じゃあ引くぞ。よっ」


 はらり。

 布がなくなった先、いたのは俺の像だった。表情とか凄くリアル。

 なるほど、これが美咲が喜ぶものなんだなぁ。


「なわけないだろうが!」

「ぐはぁ!」

「なんで私が三つ雲殿の像で喜ぶと思った!? 恥を知れい!」

「そうですよね。お姉ちゃんが喜ぶのは三つ雲さんのゾウさ」

「嫌いだ!」


 俺が何をしたんだ。いつの間にか自慢のゾウさんが嫌われてるぞ。


「黙れ短小!」

「短小!?」


 そんなことないわぁ!


「そうですよ。三つ雲さんの陰茎を短小とは言い過ぎです」

「そうだそうだ!」

「確かに短い感じはしましたけど、太さはありましたよ」

「何それ嬉しくない!」


 短くて太いって最悪じゃね? ってかお前が何を知ってるんだよ。せめて俺のはさっき知ったとしても、比較対象誰だよ。


「とにかく三つ雲殿、すまなかった」

「謝るな。惨めになる」

「さらに短くなるのは困るな」

「短めになるじゃねぇよ!」


 これ以上短くなってたまるかよ。


「まあ、三つ雲さんのチ○チ○はもう救いようがないので置いといて」

「救いが欲しい……」

「この像の話をしましょう」


 そうだな。そろそろこの像の話をしよう。この、三つ雲渡の像の話を。


「三つ雲さんって、渡って名前でしたね。忘れてました……!」

「読者の声を代表するな」

「三つの雲を渡るなんて、ファンシーな名前ですよね。はっ」

「鼻で笑うな!」

「まあまあまあまあ、三つ雲殿の下の名前なんて、どうせまた忘れるのだ。そんな話どうでもいいではないか」


 ……そうだな。ははっ。

 

「なんでこんな像がこんなところに?」


 もっともな質問だ。


「お姉ちゃんを喜ばせるためですよ」

「私はこんな物を見せられても喜ばないぞ?」


 ……もっともな意見だけど傷つくよ?


「像を見たって意味がない。何故なら、生きた三つ雲殿はここにいるからだ。温かい心と血が通った三つ雲殿本人が、ここにいるからだ」

「み、美咲ぃ!」

「ですが、この像の方が若干イケメンじゃないですか?」

「む、確かに」


 あれ?


「じゃあやっぱり価値があるじゃないですか」

「それもそうだな」


 流れ変わっちまった!


「むしろイケメンである分、像の方が価値がありますよね?」

「それはないんじゃないかな、なぎさちゃん!」


 俺をなんだと思ってんだ。


「まあそれくらい価値がある像を見て、お姉ちゃんはどう思いますか?」

「どうって言われてもなあ。三つ雲殿の像は凄いと思うが、やっぱり、さっき訊いたことを答えてもらわないとな」


 もっともです、となぎさは頷いた。


「何故三つ雲さんなんて一見要らない人の像を作ったか。どうしてここ、青森の弘前公園に作ったか、ですね」


 ……今、要らない人って聞こえた気がするけど気のせいだよな。要らない像って言ったんだよな。

 うん、それなら納得。


「三つ雲さんは、人類にとっては不要でも、お姉ちゃんにとっては必要な人です」

「人類にとっては不要!?」


 横目で俺をスルーして、何事もなかったようになぎさは続ける。


「その像の前で話をしようではないですか、と言うことなんですよね。場所はまあ、パパがこっちにいたからこっちに作りやすかったとか、そんなところです」

「……話って何の?」


 その時、なぎさのアホ毛が動いた!

 真実はいつも一つとか言いそうなアホ毛に変わった!


「とぼけないでください!」


 ビシッ、と彼女は美咲に問い詰める。さながら名探偵のようであった。

 後に黒歴史とならないことを祈る。


「真実はいつも一つ! じゃなかった、えーと、そう! お姉ちゃんは分かっているはずです!」

「何をだ?」

「自分がヒーローを止めるか迷っていること! そのことを悩んでいて三つ雲さんと上手く話せていないこと! そして、妹がかわいすぎてキュン死にしそうなことをです!」

「…………」

「さあ、話をしましょう。その為に青森まで来たんですから」


 この名探偵、へっぽこだ。色々余計なことまで話しやがる。

 例えば


「え、その話をするために青森に来たのか? 花見じゃなくて?」

「そうです! 花見なんてついでです! 桜の描写の少なさで分かりますよね? だらだら続く会話文に対して地の文が短すぎなんですよ!」


 誰に対しての怒りだよ。俺は悪くないぞ。お前が喋るからじゃないか。


「そうか……わざわざ私のために飛行機に乗ってまで……申し訳ないな」

「あ」


 あーあ、やっちまったよ。落ち込んじゃった。


「そ、そういうことじゃないんですよ。わたし、一回青森来てみたかったですし、むしろラッキーですよ! お姉ちゃん、ありがとうございます」

「あ、ああ」


 お姉ちゃん、意味わからない感謝に戸惑っている様子だ。

 だが、これはチャンス。人間、理由なんてよく分かんなくても感謝されるのは悪い気がしない。照れてしまう。

 そこに隙が生まれる!


「では、そろそろ座りましょう。本題に入ります」


 さすがなぎさだ。そのことをちゃんと分かっているのか、的確なタイミングで攻め始めた。

 草の上に腰を下ろす。俺となぎさが並んで座る正面に、美咲が座る形である。ちなみになぎさは俗に言う体育座り、俺と美咲は胡座だ。


「どうしてヒーローをやめようとするんですか?」

「だって、それは……」


 チラッと俺を見る美咲。

 普通にしてれば、かわいいなぁ。


「ってダァァァァ!」

「なににやけてるんですか?」

「にやけたらチ○コ握るシステムは駄目だろ!」


 取れるわ!


「にやけなければいい話です」

「いやだって、かわいかったから」

「何ですか?」

「……なんでもないです」


 人質ならぬチン質を取られていた。恐ろしい娘である。


「質問を変えますか。どうしてヒーローになろうと思ったんですか?」


 あ、それ気になるな。そういえば訊いたことなかった。


「私は昔、ある男に助けられたことがある。そのときに思ったのだ。ヒーローになろうと」

「いつの話ですか?」

「中学三年のことだ」


 へぇ。こいつが助けられることなんてあるんだ。全部自分の力でなんとかできそうなのに。


「何から助けてもらったんですか?」


 なぎさも同じことを思ったらしい。そして、その答えは


「痴漢だ」


 あまりいいものではなかった。


「えっ、痴漢されたんですか?」


 意外ではあるけども。


「ああ、された」

「でもお姉ちゃん、バスとか電車に乗らないじゃないですか」


 乗る必要がないもんな。自分が乗り物だから。

 これはセクハラ発言ではなく、トランス○ォーマー的発言だと思ってもらえれば大丈夫だ。


「一度、試しに乗ってみたのだ。どれだけのスピードなのか、中から体感してみたくてな。止まっているようだったよ」


 当たり前だろ。中も同じスピードで動いたら死ぬわ。

 リーマンのかつらが吹き飛ぶわ。

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