第6話

「着きますよ! 弘前公園!」


 バスで移動すること約一時間。ついに着いたぜ。


「お姉ちゃん、起きてください!」

「ん……朝か。あと五分寝かせてくれ……」

「朝じゃなくて昼ですよ」

「そんなに寝てしまったか……。でももっと寝たいな……。太陽を説得してきてくれないか?」

「誰がそんなことできるんだよ」

「み、三つ雲殿ぉ!?」


 ビクゥゥゥ! という音が聞こえるくらいの勢いで、美咲は跳ね起きた。バスの中だから、そんなに高く跳ねることはできないけど。


「な、何故いるんだ? 不法侵入か?」

「ちげぇよ。見りゃ分かるだろ、ここはバスだよ」

「バス? ここはお風呂じゃないぞ?」

「……なんだこいつ?」


 これ、わざとじゃなくて天然なんだよな。でも、それにしたって


「お姉ちゃんは寝起きだと、ボケちゃうんですよ」

「でもこれ、寝ぼけてるっていうレベルじゃないじゃん。記憶が思いっきり飛んでるじゃん」

「大丈夫です。五分も経てば思い出します」

「面倒な体質してるなぁ」


 俺との今日の微妙な距離感すら忘れてるなら、ありがたいけど。


「なんか調子がいいぞ! 三つ雲殿、そういえば今日は花見に来たのだったな。楽しみだな!」

「調子が、いい?」


 だって、今日は女の子の日だって……


「どうやら、寝たら過ぎ去ったようですね。さすがお姉ちゃんです」

「そうかそうか……ってんなわけあるかぁぁぁ!」


 女の子の日はもっと大変なものだろうが! 俺は知らないけど!


「はい、着きました! いっきましょー!」

「おー!」

「…………おー」


 今度は俺がローテンションになってしまった。こいつらの常識には疲れる……。

 だけどまあ、美咲が元気になるんなら何だっていいけどさ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「今回の話、場面転換多くないですか? たぶん読者からしたら『こいつら今どこいんの?』状態だと思いますよ」

「余計な心配しなくていい」


 そんなに動いてないし。前回が動かな過ぎだだけだ。公園だけで二万字も使ってられるかよ。


「まあ、今回も蕎麦屋でいくらか文字数を使ったみたいですけどね」

「お前、蕎麦屋のことをどこまで知ってんだよ」


 カツ丼しか知らないはずだ。


「三つ雲さんが巨乳に夢中になっていたところまでですかね」

「夢中になってねぇ。てかなんで知ってんだよ」

「お姉ちゃんが言ってました。『三つ雲殿は蕎麦屋で巨乳を食べていた』と」

「誤解を生む表現を止めろ!」


 俺の理想はC~Dだ! E以上は手に負えない。

 というか、ヒーローを止めようか悩んでることを言えよ。なんでそんなどうだっていいことは伝えてんだ。


「はいはいはいはい。分かりましたよ分かりました。三つ雲さんが変態なことは分かったのでこの話は終わりです」

「分かるなよ。俺は変態じゃない」

「そーですね」

「いい○も風だ!」


 横目で俺を見ながら、なぎさは溜め息を漏らした。


「……はぁ。またこんなくだらないことで物語が進まないんですか? そんなに喋ってると、カットしなきゃいけない部分が出てきちゃいますよ?」

「だからお前はどの立場なんだよ」

「早く公園に入りましょう。そしてまた、進歩することなく、公園でグダグダお話しましょう」

「公園をトラウマスポットみたいにするな」


 早く入ろうって言って全然動いてないじゃん。まだバスの中だ。

 うそうそ。

 公園には今入った。広くて自然がいっぱいだ。


「小学生並みの感想ですね」

「それの元、分かってて言ってるか?」

「もちろん分かってますよ。全部見ましたから」

「………………」


 マジか! 元を知らないどころか、知り尽くしてた!?

 触れないでおこう……。

 と、俺が心に決めたとき、やけにダンディな声が響いた。


「やあ、みんな来たね」

「父上!」

「パパ!」


 二人が駆け寄っていく。その先には、髭を伸ばしたオッサンがいた。彼女らが呼んだことから分かる通り、そのオッサンはただのオッサンではない。

 彼女たちの父親だ。二人の美少女の父親なのだ。

 そして、俺が勤めている会社の社長でもある。


「よしよし。二人とも元気にしてたか?」


 つい一週間程前に会ったと聞いたが、何故かしばらく会ってなかったかのようだ。

 しかし、二人ともなつきすぎだろ。その筋の方ですか、ってくらい厳つい顔してるのに、お前らの父親。

 恐怖だよ。


「あ、三つ雲くん。今日はよく来たね」

「よろしくお願いします」


 まあさ、意外と優しいのは知ってるけどさ。それでもちょっとビビる。

 迫力がなぁ……。

 とか、できるだけ距離を取ろうと思っていたら、逆に相手の方から近づいてきた。

 顔がくっつくんじゃないかってぐらいに近づいて一言。


「娘に手を出していないね?」


 ブンブンブンブン!

 頭がぽろっともげてしまうのではないかという勢いでヘドバン。縦に何度も振って頷いた。

 YOSH○KIもびっくりのヘッドバンキングであっただろう。怪我はしないように注意はしたから、安心してくれ。

 というかあいつらに手を出せるかよ。ア○ターに殴りかかるようなものだぞ。あの全身青いやつ。

 まあ、もし、向こうから来たら受け入れるしかないけどな。うん、それはしょうがないだろう。


「手を出したら殺す」


 ストレートに脅迫された!?


「わ、分かってますよ」


 殺すって、小学生かよ! でもオッサンが言うとマジ怖い!

 スナイパーとかいるんじゃねぇか?


「父上、何を話しているのだ?」

「いや……ちょっと脅迫あいさつをね……」


 脅迫と書いて挨拶と読みやがったよ……。こんなのがトップとか、とんだブラック企業だな。ある意味。


「三つ雲殿は素晴らしい人だからな。特別対応をしてやってくれよ」

「ああ……」


 どんな特別対応!?


「パパ、三つ雲さんは凄い人ですから、逃げられないようにしてくださいね」


 逃げられないように!?

 お前らまで俺を確殺する気かぁぁ!


「三つ雲殿、緊張しなくていいんだぞ。父上はああ見えて優しいし、三つ雲殿のことも認めているのだから」


 そんな風には思えなかったけどな……。


「さあさあ、行こうではないか! ひとまず先に私が場所取りをしてくる!」


 俺の背中を叩いた美咲は、先陣を切って走っていった。陣と言っても彼女を含めて四人しかいないが。

 ってか背中いてぇ。あいつ、力強すぎなんだよ。加減はしたんだろうけどさ。


「三つ雲さん、作戦は上手く行きますかね?」

「行かなきゃ困る」


 ちらりと、社長を見た。作戦の実行、成功には彼の力が不可欠だ。視線に気づいた彼が、こちらを見る。


「言われた通りの物を用意した。向こうに見えるだろう?」


 そして指差した先に、確かに怪しげな何かが見えた。大きな白い物だ。

 ここから直線距離で何百メートルかあると思うんだけど、それでも見えるということは、かなり巨大ということに他ならない。


「しかし、よくこんなことを思い付くものだよ」

「わたしが考えたんですよ」

「おおー! さすがはなぎさ、我が娘よ」


 仲睦まじい親子の姿、だが駄目だ……。普通のお父さんとして見れねぇ。親分にしか見えねぇよ。いや、親分どころか、ビッグフットに見える。

 なぎさ、喰われそう。


「みんなー、花見の場所を確保したぞー! こっちだ!」


 遠くから手を振る、ロングスカートの大人っぽい少女。しかし、大人っぽさとはかけ離れ、声がでかい。

 そんなところに安心感を覚えながら、俺たちは彼女の元へ向かう。

 先程の白い物とは、遠ざかった。

 だが、これも


「計画通り」


 メガネをかけているところは違うが、顔はかなり、デ○ノートのキ○になりきったような表情で、なぎさが言った。だから


「その通り」


 と、俺も同じような表情で返してやった。

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