第5話
「三つ雲さーん、ここですよー」
待ち合わせ場所で、なぎさが大きく手を振っていた。小さな体で、懸命に手を振る姿は、やはり愛らしい。
「おはようございます」
「おはよう」
「お姉ちゃんも挨拶しましょうよ」
「……お早う」
「ああ……おはよう」
なんとなく、微妙な空気だ。前回の別れ方が別れ方ってのもあるが、俺としては、もっと重大な問題があった。
「どうしました? 三つ雲さん。ずっと下を向いてますけど」
「いや……」
「あ、分かりました! 私服姿に緊張してますね!」
「――――っ!」
「図星ですか。まったく、これだから童貞は……」
だって、初めて見たんだもん。緊張するのはしょうがないだろう?
なぎさの服は、えーと、なんて言うんだろ? ファッションは知らないんだよなぁ。
「下がデニムで、上が白のトップスです。そして、赤を基調としたストールを巻いています」
困っていたら、自分から説明してくれた。そう、パンツスタイルとでも言うのか、スカートではないなぎさを見るのは初めてで、新鮮である。
ただ、一番大事な部分の説明が抜けている。それは
「お前、メガネ持ってたのか?」
大きな黒縁の丸メガネをかけていることだった。丸メガネと言っても、あのガリ勉キャラがかける、牛乳瓶の底のような(この例えはたぶんもう伝わらない)メガネではない。
オシャレ女子がかけるような丸メガネだ。
「いつもはコンタクトなんです」
中学一年生にして、すでにコンタクトかよ。今日のファッションも大人っぽいし、なんか負けた気分だ。
ちなみに俺は、今日もワイシャツにスーツである。一応、理由があってこの格好だ。私服を持っていないわけではない。
「さあ、お姉ちゃんのことも、もっと見てあげてください」
「いや、それはもう少し時間をくれ」
「どうしたんですか。やっぱり童貞には刺激が強すぎるんですか」
「んぐ……」
そこまで言うなら描写してやるよ! 俺は、美咲をじっと見た。舐め回すように見た。その結果をこれから記す。
髪は結んだりせず下ろしている。
で、服は下が白のスカートで上が黒のニットだ。ここで注目なのが、胸である。おっぱいである。
はっきり言おう。ニットの膨らみが、エロいのだ。さらけ出すより隠したほうがエロいと確信させてくれる。いい胸であった。
しかし、随分と清楚チックだ……。普段とのギャップでドキドキする。実に素晴らしい!
「三つ雲さんは、発情期だからドキドキしているんだと思いますよ」
「発情期!?」
俺は人間として見られていないのか? せめて思春期って言ってくれ。
「さっきの説明に補足します。下は白フレアスカートで上は黒のタートルニットです。胸はDカップで……」
「余計なことを言うな!」
ここに来て、ようやく美咲が喋った。今喋らなければ、きっとなぎさはスリーサイズを全部言っていただろう。
おしかった。
「はい。必要な描写も終わりましたし、時間もちょうどいいです。そろそろ行きましょう」
先頭を歩き出したなぎさの後ろを、俺と美咲が目も合わせず、話もせずについていき。
一行は、空港へと吸い込まれていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「早くしてくださいよ、三つ雲さん」
「ちょ、ちょっと待て。今、俺たちは生きているよな?」
「生きてますよ。もう着陸しましたし。みんな降りちゃいましたよ」
「俺は、生き残った……」
「飛行機くらいで大袈裟ですねぇ」
「空を飛ぶんだぜ? 怖くねぇか?」
「お姉ちゃんに乗る方がよっぽど怖いと思いますがね」
もっともだ。
だけど、飛行機に乗るのは初めてだったから、これくらいビビってしまっても許されるはずだ。
「不時着したらと思うとな……」
「そのときはお姉ちゃんがなんとかしてくれると思いますけどね。飛行機を持ち上げて海の上を走ったりしてくれるんじゃないですか?」
「………………」
……マジで化けもんじゃねえか。それはさすがに、できないと思う。できないと思いたい。
まあ、そんなことになるのなら、ある意味作戦成功だから、ありかもしれないけどな。
「さあ、早く行きましょうよ。お姉ちゃんも行っちゃいましたし」
「あいつ、今日は本当に冷たいよな。普段なら俺を置いていったりしないだろ」
美咲も、やっぱり後ろめたいというか、話しづらいのかな。
それでも、らしくない気はするが。
「お姉ちゃん、今日、女の子の日らしくて、イライラしてるみたいですよ」
「……なんてこったい」
どうやら、最悪の日が作戦実行日になってしまったようだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
遅くなったが、現在俺たちがいる場所について説明しよう。
ここは、青森だ。青森県青森市の青森空港。
恐れながらの飛行機でフライアウェイ。辿り着いたは本州最北端に位置する県。面積は全国八位だそうだ。
リンゴで有名でもある。あとねぶた祭りとかがメジャーか。
どうして自分の住んでいる県を明かす前に、青森について語っているのだろう。人生とは不思議なものだ。
「わたし、行ってみたいところがいくつかあるんですよー。あと、食べたいものも」
「ガイドブックまで開いて準備万端なところ悪いが、今日行く場所はもう決まっているし、明日には帰るんだから、無理だぞ」
「わかってますよ、言ってみただけです」
と、拗ねたようになぎさは言った。正直俺も、彼女と同じように行ってみたいところはいくつかある。しかし、時間がないのだ。
今日来て明日帰るとか、本当、無茶なスケジュール。まだ韓国往復する方が楽ではなかろうか。
しかし、これもなぎさが立てた計画である。美咲のための計画だ。
我慢しよう。
「バス来ましたね。では、ゴーゴーです」
楽しそうになぎさはバスに乗り込み、一番奥の席の真ん中に座った。俺はその右、美咲は左。
一泊とはいえ旅行は旅行。いつもよりなぎさのテンションが高いようだ。
美咲はローテンションだけど。
女の子の日なんてなければいいのに。
「それはセクハラですか?」
「違うよ」
美咲を気遣っての一文だ。セクハラとは程遠い。
「美咲ローションって」
「言ってねぇ」
ローションを知るには早すぎるぞ。最近のJCは恐ろしいな。
「あまりなめないでくださいよ。わたし、性の知識なら三つ雲さんより持ってますからね」
「そんな自慢するな」
ビッチかよ……って、あれ?
「なんで猫耳モードになったの?」
アホ毛が猫耳に変化した。刺さっていた二本の毛は消え、三角形の耳に変わっている。
ふさふさでかわいい。触りたい……。
が、何故今?
「いえ、なめられたくなかったので」
「な○猫とか、よく知ってるなお前……」
俺もギリギリ、というか普通に知らない世代だよ。家にあったから知ってるけど。
「昔のよきものはなくなった、なんて言いつつ、しっかりと受け継がれているものですよ」
「そんなものか?」
「はい。これから先、いいと○を知らない世代で溢れるでしょうけど、誰かには伝わっている。そしてその誰かがまた広める。そうやって、い○ともは不滅であるべきなんです」
「そんなにいい○も好きだったんだ……」
○いともだって、そんなに見てない世代だろうに。
「いいですか? ○○○○の良さはですね……」
もう全て伏せても分かるくらい、目的地に着くまで、そんな伝説の番組の話。
正直俺はあんまり乗り気ではなかったが、なぎさが楽しそうだったので、もっと話していいともー! だった。
一方、美咲はずっと眠っていた。目が覚めたら、またあの元気な彼女に戻っているといいな。というのが約一時間、揺られていた俺の願いであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
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