第4話
「……は?」
今こいつ、なんて言った?
「私は、ヒーローを続けていいのだろうか」
「…………」
聞き間違いではなかったようだ。ちょっと待ってくれ。なんて言ったらいい、なんて訊いたらいい?
言葉を探す。ああ。
どうして、って訊けばいいんだ。落ち着けよ、俺。
「私は、ヒーローらしいことは何もできていない」
重い口を開き、美咲は言葉をゆっくりと紡いでいく。
なんでこんなシリアス調になってしまったのだろうか。話って言うから、『三つ雲殿が好きなんだ!』とか告白されるのかな、俺もラノベ主人公の仲間入りかな、ははっ。とか思ってたのに!
「私は、ヒーロー失格なのだ」
「……何言ってんだよ。今日だってちゃんとヒーロー活動をしたばかりだろ?」
「こんなのはヒーロー活動ではない! 三つ雲殿は草刈りをするヒーローを見たことがあるのか!」
……ないです。
「でも、お前が頑張ったのは今日だけじゃないだろ? お父さんも妹も、お前は救ってみせたじゃないか」
「私は、何もしていない!」
美咲は力強く叫んだ。断言した。
今の状況を簡潔に説明すると、夜のベンチで少女と言い争いをしている、だ。援交を迫る大人と、それを拒否する少女の図に見えなくもない。
通行人の方、お願いだから警察は呼ばないでください。
「何も?」
「そうだ! 私は何もできなかった!」
「……そんなことないだろう。何もしていないなら、どうしてあの二人は変わったんだよ。美咲が頑張ったからだろ」
社長は、家族と歩み寄り、家に帰ることが増えたらしい。
なぎさは、俺という友だちができた。そして、自分の価値を知ることができた。
いいことばかりじゃないか。二人とも、美咲のおかげのはず。
「違う! 全部、三つ雲殿のおかげじゃないか!」
「俺?」
「父を説得してくれたのも、なぎさの悩みを解決してくれたのも三つ雲殿だ! 私は何もしなかった。何もできなかった。何をしたらいいか分からなかった。強引な力業なんかじゃ解決しないことなんて分かっていたのに、私は……」
「…………」
心からの叫びに。俺は、なんて言ったらいいのか、本当に分からない。
美咲が、そんな風に思っていたなんて知らなかった。こんな風に思いを叫ぶのを、初めて聞いた。
そのまま沈黙のまま時は流れて、何十分と経ったような気さえして。きっと、たいして経ってはいないのだろうけど。
なんて、ありがちなことを思った。
そして、そんな沈黙を破ったのは、俺の声だった。
「もう夜遅いから、今日は帰ろう」
美咲は頷いて、俺の顔を見ずに
「すまない」と言って、夜の闇に溶けていった。
俺たちは、別々に、それぞれの家に帰ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……なるほど。昨日の夜、そんなことがあったのですか」
神妙な表情で俺の話を聞き終え、なぎさはそんなことを言った。
ここは、スター○ックス。とあるカフェだ。
「その伏せ方はまずいですね。思春期の男の子が過剰反応してしまいますよ」
「確かに」
改めて、ここはスターバッ○スだ。
テーブル席。正面になぎさが座り、抹茶クリームフラ○チーノを飲んでいる。いや、食べている? なんて言うかよく分からない。
一方俺はアイスコーヒー。昨日ほどじゃないが、今日もそこそこ暑いからだ。
なぎさの見た目は、前会ったときと変わらない。制服、そして、二本のアホ毛が脳天にぶっ刺さっていた。
で、今この状況はお分かりの通り。昨日のことを話したいと呼び出したわけだ。
「どうしたらいいんだろうな。あいつ、結構真剣に言ってたぜ?」
「お姉ちゃんはいつも真剣ですよ。冗談とか言わない人です。面白いことを言ったとしても、それは天然で言ってますからね」
美咲のアホみたいな言動は、すべて真剣である結果なのか。それはそれで問題がある。
「しかし、不思議ですね」
「何が?」
クリームを口の周りにつけたまま、なぎさは俺に問う。
「三つ雲さんって、お姉ちゃんにヒーローを続けて欲しいんですか?」
「……え?」
「いっつも振り回されて、大変な思いをして、散々だ。みたいな具合なのかと思いきや、実はけっこう楽しんでたりするんですか?」
「い、いや。そんなことは……」
「ははぁ……。面白いですねぇ」
なぎさは、したり顔とでも言うのか、目を細めてにやにやしている。
うぜぇ……。
「やっぱり、この小説の一番のツンデレキャラは三つ雲さんだったんですね。これではツンデレキャラが他に出ないわけですよ」
「誰がツンデレだ!」
俺はクールキャラだ。誰がなんと言おうとな。
「ではお姉ちゃんにヒーローを止めて欲しいですか?」
「いや……」
「あれ? ヒーロー活動の愚痴を散々LI○Eで語っていたのは誰でしたっけ」
「…………」
「なんだかんだ、ヒーロー活動も楽しいんですよね? お姉ちゃんのこと、アホアホ言ってますけど、大事に思ってるんですね。やっさしいー!」
「分かったからもう止めろ!」
なぎさには、どうやら敵わないらしい。俺が彼女を言い負かすなんてのは、今後一生ないのではないだろうか。
「では、三つ雲さんはお姉ちゃんにヒーローを続けてもらいたいってことでいいんですね?」
「そうだ。俺は美咲にヒーローを続けてもらいたい」
「そうじゃないと会えないからですか?」
「……そういうことじゃない」
「よっ! ツンデレ!」
「うるせぇ!」
店内で大声を出してしまった。周囲が俺を見ている。咳払いをして誤魔化そう。
「……ゴホン。どうしたら美咲は納得すると思う?」
声は、自然と小さくなった。すると、なぎさも小さな声で返してくる。
「自分がヒーローをして良かったって思えるようにするってことですよね?」
「ああ。実際なぎさだって、あいつに助けられたのは事実だろ?」
「はい。そうです。確かに三つ雲さんの力は大きかったかもしれませんが、お姉ちゃんが心配してくれていたのも大事なことでした。お姉ちゃんがああやって行動してくれなければ、三つ雲さんに出会うこともなかったわけですし」
俺に会えて良かったって言われて、嬉しくなる。けど、今はそういう話じゃないよな。
「だったら、あいつにそれを言ってみたらどうだ? 俺から言うよりも効果はあるだろ」
「うーん、三つ雲さんの話からすると、それで上手くいくとは……。それに、言葉で解決するような人じゃないと思うんですよね。お姉ちゃんは行動派ですから」
「そっかぁ……」
難しい……。難しいなぁ……。
「……だから、自分がいなければ駄目だった、自分のおかげでみんなを助けられたって思えるような何かをしないと」
「……じゃあ、一つ芝居を打とう」
「どういうことですか?」
「例えば…………」
「…………なるほど。いいかもしれませんね! お姉ちゃんは単純ですし、コロッと上手く転がされてくれると思います!」
……尊敬してるのかしてないのか、よく分からないなぁ。やっぱり馬鹿にされてるんじゃないだろうか。
「……わたしも、一つ作戦を思い付きました。悪い作戦ではないと思います。かなり大事には、なってしまうかもしれませんけどね」
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