第3話
「ところで剣上なぎさって誰なの?」
「私の妹だ」
「何歳?」
「十二歳だ」
「どんな子?」
「かわいい子だ」
「なるほど……」
何がなるほどなんだろう。俺の唯一の友だちだったから気になるのは分かるけれど。
「三つ雲先輩ってロリコン?」
「違うわ!」
言われると思っていたから構えていた。被せるぐらいの勢いで言ってやったぜ。
「そうだよね。安心した」
「警察に捕まるようなマネは絶対しないから」
警察に追われたことはあったが、あれは別の件である。というか目の前にいる
まあ俺はグラウンドのように広い心の持ち主だから、もう怒ったりしない。水をぐっと飲んで気持ちを落ち着かせてから立ち上がった。
「俺らそろそろ帰るわ」
「はーい。また来てね」
勘定をして、戸を開けて、暖簾をくぐって外に出た。
クソ暑かった。
「あっつー! ちくしょう、この暑さを忘れてたな……」
覚えていたところで何もできないが。覚悟はできたかもしれない。
しかし、マジ暑い。体が溶けそうだ……。
「三つ雲先輩」
「おあ?」
呼ばれたので振り返ると、隠忍坂がいた。何かを持っている。
「暑いから、これ持ってって」
渡されたのは、キュウリだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あの女、やはり危ないぞ」
行きと同じように、美咲は俺をおぶって走っている。俺は、ゴーグルとか買った方がいいかな、とか考えていた。目が乾く。
「どこら辺が危ないんだ?」
さっきはいい人だ、みたいなことを言ってたくせに。
「いい人とは言っていない。エロい人だと言ったんだ」
赤信号できちんと止まって、美咲は答えた。そして、青になって走り出し、会話を続ける。
「だってあの人はキュウリを三つ雲殿にしか渡さなかったんだぞ? 私にも出さないなんて、危ない人だ」
「お前は子どもか」
おっさんだったり子どもだったり、忙しいやつだ。
「隠忍坂は『ごめんね。キュウリ一本しかなくて。また来たらあげるから』って言ってたじゃないか」
「いや、それは嘘だろう。キュウリが一本しかないなんて、信じられない」
「そう、かなぁ」
まず、蕎麦屋にキュウリってあるのか? よく分からない。
「それに、三つ雲殿を見る目がちょっと普通じゃなかったぞ。獲物を狙う蛇のような目だった」
「俺はウサギか何かか」
残念ながら、そんなかわいらしい顔はしていない。
「ウサギって、動物の中で一番うんこのイメージがある動物なんだが、三つ雲殿はどうだ?」
「考えたこともねぇよ!」
かわいらしいって考えてたのに、うんこのイメージを植え付けやがった。
一応言っておくが、俺の顔はうんこみたいな顔ではない。
「何はともあれ、彼女には十分警戒しておくことだな。私からの忠告だ」
「……分かったよ」
美咲の方がよっぽど危険だと思うけど、せっかく俺を心配して忠告してくれたのだし、否定するのもあれだ。
だから、取り敢えず頷いた。
かといって、俺が隠忍坂を警戒することは、きっとないだろうけどな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
つい一時間ちょっと前までいた草刈りの場所に戻ってきた。
当然だが、草は残っていた。見ないうちに小人が刈ってくれていたりするのをひそかに望んでいたのに、残念だ。
「あ、返信来てる」
なぎさから、さっき送ったメッセージへの返信が来ていた。内容は
「カツ丼はよく食べますよ。おいしいですよね。月に三回くらい食べます」
……絶対嘘だ。そしてもう1文。
「どうだっていいところで文字数使ってないで話を進めてください」
……何目線かよく分からないメッセージが来ていた。当然、既読スルーだ。
「なぎさはすでにカツ丼を知っていたというのか! さすが私の妹!」
どうやら複雑なようで単純な姉妹関係らしい。微笑ましい限りだ。
「とにかく、あいつの言う通り話進める……」
いや待て、今回の話、全く見えてなくね?
まだ草刈りして蕎麦を食っただけじゃね? 何もこれからの方針が見えてねぇよ。
そういや前回も公園で馬鹿みたいに文字数使ったが、今回はあれより酷いぞ。
新キャラ出しとけば誤魔化せるか、みたいな感じだけど、実際さっきのシーンはなくても今回の話には影響ないんじゃねぇか?
隠忍坂は、たぶんもう今回の話の中で会うことはないだろうしな。
「おい。どうすれば話が進むんだよ! 教えてくれ、みさえもん!」
「草刈りをするしかないだろう」
草刈りが中心の話なんて誰が読みたいんだよ。まさかこの後ずっと草むしり描写なのか?
「それで草刈りの後、ちょっと話があるんだが、いいか?」
「よっしゃ来たー! 待ってました! ドンと来い!」
どうやら話は進むようにできているらしい。やったぁ!
「……ありがとう。では三つ雲殿、夜になったらまた会おう」
彼方に消えていく美咲を、笑顔で見送って、草刈りを再開した。
特に何もなかったから、ここはカットだ。草刈りだけにな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いや、『草刈りだけにな』ってダサすぎるだろう。かなり寒いぞ」
「……今日は真夏日なんだからちょうどいいだろ」
自分としては上手いことを言ったつもりなのに、美咲には不評だった。恥ずかしい。
なぎさ以外のキャラが地の文を読むのを禁止にしたいよ。プライバシーの権利はどうなっているんだ。
「で、話したいことはなんだ? もう夜だし、手短にな」
日は完全に落ちていた。建物の灯りに照らされているから、見えないことはけっしてないが、暗いことには変わりない。
ここは川原。俺の仕事が終わったときちょうど、美咲の仕事も終わったようで。ぴったり再会できた。
これくらい分担したらちょうどいい、という計算だったら凄い。尊敬する。
「悪いが、手短に話せるようなことではない。三つ雲殿には残業してもらうことになるが、いいか?」
「うーん……しょうがねぇな。付き合ってやるよ」
残業手当はどのくらい出るかな。
いつのことだったか、『残業手当はない。そんなもの都市伝説だ』なんてブラックな噂を聞いたことがあるが、それは嘘であると信じたい。
「俺よりも、お前は大丈夫なのか? 家族が心配するだろ」
「そこは大丈夫だ。母にはなぎさから言っておくように頼んでおいた」
父は出張しているらしい。青森にいるそうだ。
話には関係ないが、美咲の母親はどんな人なんだろう。超美人であるのは疑いようがないが、その性格は?
美咲となぎさの母親とか、気になりすぎる。
「お前、スマホ持ってきてないんだろ? どうやって頼んだんだよ」
「一回家に寄ったのだ。そのときなぎさに伝えておいた」
「……お母さんは家にいなかったのか?」
「いや。いたぞ? それがどうした」
……どうして一回なぎさを通したのだろうか。訊きたいが、訊かない方がいいのかもしれないから、訊かないことにしよう。うん、そうしよう。
「じゃあ、どこで話す? 長くなるんだったらここじゃ駄目だろ?」
「いや、ここでいい。そこのベンチにでも座って話を聞いてくれないか?」
「分かった」
川原を少し歩いて、さっきまで小さく見えていたベンチに座った。
川に向かって、俺が左、美咲が右。
生暖かい風の中、美咲が切り出した話は、意外なものだった。
「私は、ヒーローを続けていいのだろうか」
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