第2話

 ガツガツガツ、ガツガツガツ。

 カツ丼をがっつく美咲。先日分かったことだが、美咲は結構少食だ。昼御飯をおにぎり一個で済ませてしまうくらい。

 あれだけ動くのだから、もっと食えばいいのに、と思ったものだ。

 それが今、ものすごい勢いでカツ丼を食べている。何があったのだ。


「三つ雲殿は勘違いをしている。私は何も、あまり食べない人ではないのだ」

「そうなの?」

「ああ。食べるときには一気に食べるのだ。この前は食べないときだっただけだ」

「ふーん」


 そういうものなんだ……。健康には悪そうだな。


「隠忍坂さんと言ったか、三つ雲殿とは何歳下なのだ?」

「二歳下のはず。だから今、二十歳はたちとかじゃねぇかな」

「ふむ。それにしては随分と大人っぽい人だったな。三つ雲殿より年上に見えたぞ」

「それはショックだな……。でも大人っぽいのは確かだ」


 大人しいのも、大人っぽさに繋がっているのかもしれない。化粧もしていないが、初見でも大人っぽく見えるのか。


「なあ三つ雲殿。彼女のどの辺りが大人しいのだ? そんな様子は見られなかったが」

「お前よりは大人しいだろ?」

「比べる相手を間違えてるぞ」

「自分で言うなよ」


 俺は、ざるそばを食べていた。大盛り。勢いよく啜るのはいいが、シャツにつゆが跳ねたら大変なので、大胆かつ慎重に食べていた。


「カツ丼って、実は私初めて食べるのだ」

「は? マジで?」

「ああ。だから、メニューの端っこににその名を確認した刹那に声を発してしまったのだ」

「素晴らしいチャレンジ精神だな。で、美味しいか?」

「実に美味いぞ! これを知らずに生きていたなんて、私の今までは屍も同然だ!」

「大袈裟過ぎるだろ……」


 生きる屍だったのか。


「私はこの美味しさを妹に伝えたい! どうしよう!」

「普通にスマホ使えばいいだろ」

「置いてきてしまったのだ。私の動きに耐えられるとは思えなかったからな」


 それもそうか。こいつにスマホ持たせるとか、猿に持たせるより危険だろうしな。


「しょうがねぇ。俺が連絡してやるよ」

「ああ、頼む。……いや、ちょっと待て!」

「なんだよ」

「三つ雲殿は、妹の連絡先を知っているのか?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「初耳だ!」


 この前の妹誘拐事件(犯人は姉)のときにLI○Eを交換した、と説明。


「まさかあの短時間で落とすとは……三つ雲殿は、中々のすけこまし野郎だな」

「落としてねぇよ」


 すけこまし野郎って。

 ひでぇな。


「まあとにかく『カツ丼美味しい』って美咲が言ってると、送ればいいんだよな?」

「あ、写真撮ってくれないか。見せたいのだ」


 カツ丼の後ろでピースサインをする美咲。CMに使えそうなくらいいい感じの写真だが、肝心のカツ丼は全部食べ終わっているから、やっぱり使えないだろう。

 というか何故そんな写真を撮らせたし。嫌がらせかよ。

 天然だから、よく考えてないんだろうけど。


「いやぁ、これで妹もカツ丼たる素晴らしい食べ物を知ることができたな」

「あいつは知ってる気がするけどなぁ」


 一人で食べに行っていると思う。なんか好きそうだし。


「しかし、何故私とはLI○Eを交換しないで、妹とは交換しているのだ?」

「お前、LI○Eやってんの?」

「やっているさ。当然。友だちの数は、恐らく三つ雲殿の百倍くらいいるぞ」

「ありえねぇ……」


 俺の友だちの数、今何人だっけ。あ、一人か。百倍くらいならありえるわ。はっはっはっ。


「では、今度私と会ったときには交換してくれるか?」

「もちろんいいぜ」

「じゃあ私とも交換してくれる? 三つ雲くん」


 隠忍坂がテーブルの隣に立っていた。いつ来たのだろう。本当に、忍みたいなやつだ。


「え? お前とは交換してるよな?」

「三つ雲くんのスマホが壊れる前はね」

「ああ。そっか」


 壊れたことは伝えてたんだけど、まだ新しいスマホを買ってからは会ってなかったか。


「今、交換するか?」

「今、仕事中だからね。だからスマホちょうだい」

「俺のスマホで何をする気だ!」

「大丈夫。秘蔵フォルダ開いたり、履歴漁ったりしないから」

「危険だー!」


 別にやましいことなんてないけれど。秘蔵フォルダなんてないけれど。危ないものは危ない。


「第一なんでスマホあげなきゃいけないんだ!」

「店の裏で交換しておくって言っているんだよ。普通でしょ?」

「あ、そういうことね」


 接客中にスマホを使うのは良くないから隠れて使おうということか。さすが隠忍坂だ。


「だったら俺にスマホ貸してくれてもよくないか? 今ポケットに入ってるんだろ?」

「私のお尻を見てたの?」

「予想しただけだよ!」


 尻ポケットに入ってるなんて知らなかった。いや、知ってたけど。


「でも、私も女子だからね」

「女尊男卑か」

「いや、三つ雲殿にスマホを預けるのは誰だって怖いと思うぞ」

「俺はどういう風に思われてんだよ」

「野獣かな」

「マジ?」


 野獣みたいなことなんてしてないだろ。襲いかかったりしないよ。


「とにかく、はい。これ一回貰っていくね」

「あ」


 スマホを取られた。テーブルの上に無造作に置いていたから、あっさりと取られてしまった。


「代わりに蕎麦湯置いていくから」

「とんでもない物々交換だな」

「ふふっ。すぐ返すから」


 蕎麦湯を置いて、また去っていった隠忍坂であった。


「なんだか不思議な人だな、隠忍坂さんは」

「そうか?」


 もう食べるものがなくなり、俺が食べ終わるのを待つだけの美咲が呟いた。


「あの人は結構モテるのではないか? 綺麗だしな」

「そうかもしれない」

「いや、絶対モテるぞ。ああいうミステリアス系は人気が出るものだ」

「ふーん」


 美咲の意見って、正直あてにならない気がする。なぎさならともかく。


「それにあの髪型だ」

「? そんな特殊じゃなかっただろ」

「あれはギャップを生み出しているのだ。ちょっと子どもっぽい髪型だろう」

「まあ、確かに」

「なのに巨乳だ。しかもいいケツをしていた。私が三つ雲殿だったら口説いているぞ」

「お前、おっさんみたいだな……」


 俺は紳士だからおっぱいについては語らなかったのに。

 詳しく言うと、隠忍坂のは見た目、Dカップの美咲のより大きい。

 ボインである。


「泣きぼくろもいい! そして何よりエプロンっていうのがポイントが高い! エロい!」

「やっぱ完全におっさんだよ、お前」


 俺が描写しなかったところまでどんどん挙げてくれるのはありがたくもあるが。

 と、そこで隠忍坂が戻ってきた。


「はい、スマホ」

「ありがとう」


 スマホを俺に渡す彼女は、何故かにやけていた。


「なんだよ」

「いや、三つ雲くんは、ああいうのが趣味なんだ、って」

「見たのか!?」


 いや、何もやましいことなんてないんだけどね。


「見てないよ。言ってみただけ」

「ふぅー……。良かったぜ」

「やっぱり何か隠しているのだな。三つ雲殿は」


 俺に対する信頼メーターが著しく低下しているような気がしなくもないが、気にしない。

 スマホのロックを解除して、LI○Eを起動する。


「ちゃんと追加されてるな」


 隠忍坂うどんという名前で、ちゃんと登録されていた。ちなみになぎさは、剣上なぎさと登録されている。

 なぎさらしくなく、普通の名前なのだ。アホ毛ダイナミックとか、そういう名前を想定していたのに。


「だけど三つ雲くん、友だち、私含めて二人だけなんだね」

「ほっとけ」

「泣くな三つ雲殿。私も三つ雲殿の友だちだからな」

「泣いてねぇよ!」


 同情されると悲しくなるなぁ。話したくない人とは友だちになりたくないだけだから、元々別に悲しくはないのだけれど。

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