剣上美咲はヒーローごっこをやめられない
第1話
クソ暑い……。
まだ四月の下旬だぜ? どうしてこんなに暑いんだよ。
「それは私がいるからだな」
「お前は松岡○造かよ」
日本一熱い女なのか?
「まあ、今日は今年一番の暑さらしいからな。仕方あるまい」
「……ああ。今日が暑いのは仕方ねぇよ。そういう日だってあるさ。だかな」
セーラー服が汗でびっしょり濡れている美咲に、俺は言う。
「だったらなんで俺たちは、よりによってこんなクソ暑い日に草刈りなんてしてんだよ!」
俺だって汗まみれだ。ワイシャツとスーツのズボンが、もうめちゃくちゃに気持ち悪い。
辺り一面の草の中で、叫ぶ!
「しょうがないだろう。今日が都合がいいって言われたのだし。三つ雲殿の服装が悪いのではないか? そんな仕事抜け出してきたみたいな格好で草刈りをしようなど」
「だったらもっと早く連絡しろ! 今朝急に、『行くぞ、ヒーロー活動だ!』とか爽やかに言われて準備なんてできるかよ!」
まさに、仕事を抜け出してきた格好なのだ。正確に言うと、出社する前だが。
会社の入り口で、さぁ今日も頑張るか、と気合いを入れていたところを襲われたのだった。
その瞬間の絶望といったら大変なものだった。暑いから日陰に早く行こうと思っていたら、外の気温以上に暑苦しい女に出会ってしまったのだから。
必死に会社に入ろうと駆け出したが、案の定捕まってしまった。最悪である。
で、頼まれたのは草刈りを手伝うことだった。
ヒーロー活動ってこういうものなの? と、軽くクエスチョンマークが八十個くらいは浮かんだが、仕方がない。逃げようがない。嫌々手伝うことにしたのだ。
「まあ、寛大な俺だ。ちょっとくらいならやってやるかとは思っていたが、全然終わらねぇじゃねぇか!」
「町一つ分だからな。一日がかりのお仕事だ」
「ファック!」
町一つ分の草刈りをやらされる人間がどこにいるってんだよ。
アホか……。
「私が九割九分九厘はやっているのだぞ。三つ雲殿の分担はわずかなものだろう」
「それでもこれだけの量があるのが信じられねぇよ……」
現在午後一時。別行動で草刈りをしていたが、美咲がついさっき飛んできたのだ。
まさか全部終わったのかと思ったが違うらしい。彼女曰く、進行状況の確認、だそうだ。
そういうわけで、朝に別れて以来約四時間ぶりの再会で、こんな会話をしていたわけだ。
「まあそろそろ休憩をしよう。昼御飯だ」
「ああ、いいな。何を食う?」
ビール飲みてぇよ。俺、ほとんど飲めないけど。
「ラーメンはどうだ?」
「こんな暑さで? ノーだ」
「じゃあ何がいい?」
「…………蕎麦かな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
美咲は普段、蕎麦を食べないらしいので、店は俺が選んだ。
この町で一番上手い蕎麦が食える所へ行くのだった。
移動は美咲がいるから、一瞬。車で行くより速い。そろそろ武空術とかし始めるのではないかというのが俺の予想だ。
「ここだ。止めてくれ」
「分かった」
キィィィィィィィイ!
という音がして急ブレーキ。美咲タクシーが止まる。
おんぶされてのこの移動方法で恥ずかしさを感じなくなってきているのはヤバイのかもしれない。人間として。
周囲からは当然奇異の目を向けられているが、気にしない。
慣れというやつは本当に恐ろしいものだ。
「いらっしゃーい。あ、三つ雲先輩」
「ふっ、俺がいらっしゃったぜ」
暖簾をくぐり、扉を開ける。そこそこの広さの店内。年季が入っていて、少しボロいが、だが、それがいい!
いつもの女定員が俺を迎えた。店主の娘、
どうやらお母さんが、蕎麦よりうどんが好きで、この名前にしたそうだ。何故蕎麦屋の店主と結婚したのだろう。
黒髪で前髪パッツン。前髪以外の髪は肩の辺りで揃えられている。おかっぱと言うこともできなくはなさそうだ。彼女の優しさが現れるように丸みを帯びている。エプロン姿も似合っていた。
大人しそうな顔だが、実際大人しい。美咲やなぎさに比べれば、相当大人しい部類だろう。
しかし、接客はきちんとこなす。仕事になるとスイッチが切り替わるようだ。
実に綺麗な、流れるような手捌きで俺たちを一番奥のテーブルへと案内した。まるで、清流の流れのように、美しい、無駄のない動き。実に素晴らしい。
彼女はコップに水を汲むため、視界から消えていった。すると、時が止まったかのように口を塞いでいた美咲が、ようやく声を発した。
「いや、三つ雲殿に事実、口を塞がれていたからな」
不満げな表情で、彼女は訴えるのだった。
「そうだったか?」
「普通に手で押さえていただろう。……なんだか変だぞ三つ雲殿」
「はい。お冷やどうぞ」
「ふっ。ありがとう」
「やっぱりおかしいぞ!」
隠忍坂が水を持ってきたところで、美咲は声を荒げた。
「三つ雲殿はいつもこんなに気持ち悪くはない! いや、気持ち悪くなくはないが、こういう気持ち悪さではない!」
「いつも気持ち悪いってか!?」
「そうだ! いつもは十秒に一回胸をちらっと見る気持ち悪さだが、今の気持ち悪さは違う! 三つ雲殿は喋る度に『ふっ』など言わない!」
すげぇディスられて、割とガチで傷ついた。でもさぁ、胸見ちゃうのはしょうがなくないか? 本能だろ。
ほら、平らなところに一つ、いや二つだけ山があったら見ちゃうだろ? ついつい見ちゃうだろ? そういうことだよ。
「三つ雲先輩は、ちょっと前から私に会うときはいつもこんな感じなの。気持ち悪いよね」
「オゥッ!」
気持ち悪がられていたようだ。一回死んでこよう。
「三つ雲殿、一体この方とはどんな関係なのだ? 綺麗な方だが、もしかして彼女か!」
「その通り!」
「じゃないでしょう。ただの知り合い」
殴られなかったか。ちょっと期待したのに。
「詳しく言えば、俺の後輩だ」
「後輩?」
「大学のな」
隠忍坂うどんは、俺の後輩なのだ。これは大事なことだから、覚えておくように。テストに出るぞ。
「本当か?」
「ええ。本当」
「いや、信じられないな。後輩が先輩に敬語を使わないなんてあり得ない」
……お前だって使ってねぇだろ。
「三つ雲先輩が使わなくていいって言ったからね」
「何だと? 私は言われてないぞ」
「……お前は初っぱなからタメ口だったからだろ」
美咲の扱い方はやっぱり難しい。というか、隠忍坂は先輩って言ってただろ。
こいつは本当に頭がいいのだろうか。なぎさに嘘をつかれただけかもしれない。
ってかその可能性が高そうだ。
「ところであなたはどなた? 三つ雲くんの妹?」
「そうだ!」
「変なところで張り合うなよ……」
こんな妹は嫌だ。なぎさなら妹にしたいけど。
「ちょっとした知り合いだ。というか三つ雲って呼んでたから兄妹じゃないって分かってただろ」
「まあね。かわいい呼び方してたから、からかってみたくなっちゃった」
うどんは、そう言ってウインクした。これは食べ物のうどんがウインクしたわけではなく、人間のうどんである。
この注釈は二度と出ないから、混乱しても自己責任でよろしく。まあ、俺は彼女のことを隠忍坂と呼ぶから関係ないか。
早口言葉みたいに長くて呼び辛いけど。
「色々と話を訊きたいところだけど、他の客もいるから。注文決まったら呼んでね」
と、隠忍坂は去っていった。
俺はメニューを開き、美咲に見せる。
「さぁ、早く決めようぜ」
「……カツ丼」
「え?」
「私が食べるのは、カツ丼大盛りだぁぁぁ!」
蕎麦屋だから蕎麦食おうぜ、今日は暑いから蕎麦にしたんだし。という俺の言葉には聞く耳を持たず、カツ丼宣言をした美咲であった。
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