第10話

「どうしてここに来たか……?」


 最終回間近の物語みたいなセリフだ。俺たちがここにいる理由を忘れるな、みたいな。

 でも、今回の俺にそんな大層な理由はない。


「なぎさがどっか行っちゃいそうだったから追いかけただけだ」

「あ、ちゃんと覚えてたんですね。三つ雲さんの記憶力は鶏よりはマシっと。メモメモ」

「そんなくだらないことをメモするな!」


 三歩歩いたくらいじゃ忘れねぇよ!

 せめて時間単位で考えてほしい。三時間とかなら忘れるかもしれない。


「で、何を話してくれるんですか?」

「話す?」

「あれ? 説教するために追いかけてきたんですよね?」

「そんな偉そうなことしねぇよ」


 微妙に噛み合っていなかったようだ。食い違い。


「それに、一体何を怒るんだよ」


 何かしたか?

 多少俺を馬鹿にしてくれるのは、むしろ褒めたいくらいだ。


「だって、わたし、逃げたじゃないですか」

「逃げた?」

「はい。お姉ちゃんはわたしのことを心配してくれたのに、わたしは逃げてしまいました」

「ああ……そういうことね」

「お姉ちゃんがせっかく言ってくれたのに、助けようとしてくれたのに、わたしはそれを受け取ろうとしませんでした。だから、怒られるのかと思ったのですが」

「だから、なんでそれで怒られるんだよ。こっちが訊きたいぜ」


 アイスの棒をくわえるのを止めた。

 持ったその手に、ちょっと力が入っているのが分かった。


「なぎさだって、自分が怒られる筋合いはないって思ってるんだろ? だから『余計なお世話』って言ったんだ」

「……そうですね。そうかもしれません。ですが」


 なぎさは、スッと立ち上がって俺を見た。

 その顔からは、どこか切ない感じがした。


「わたしはやっぱり、お姉ちゃんが言うことに逆らうべきではありません。わたしは剣上美咲の妹なんですから」


 …………。

 容易には動かない、か。


「……お姉ちゃんの言うことはそんなに大事か?」


 しかし、あのお姉ちゃんをねぇ。だってあの、剣上美咲だぜ?

 趣味で変態ごっこをしてる剣上美咲をねぇ。

 でも、やっぱり彼女には相当に思い入れがあるのか、目を光らせていた。ちょっと怖い。


「大事ですよ、そりゃあ。お姉ちゃんの言葉は神の言葉ですからね」

「あいつは神なのか……」

「学校で習いませんでしたか? お姉ちゃんは世界を創ったんですよ?」

「大嘘だ!」

「お姉ちゃんの言葉を聞けば、みんなが幸せになれます」

「危ない感じがする……」

「三つ雲さんはもう聞いたんですよね? お金を払ってください」

「どこが神なんだ!」


 神ってお金使うのか? だからお賽銭とかあるのか?

 この宗教ヤバイよ……。


「いや待て、金を払うならせめて神に直接だろ! なぎさには払わねぇよ!」

「ちっ。やっぱりケチですねぇ」


 舌打ちされた……。

 十歳下の子に……。


「話が逸れました。三つ雲さんのせいです」

「俺のせいなのかなぁ」

「そうですよ。せっかくようやくシリアスシーンになるかと思いきや、中々踏み込まないので私、足踏み祭りですよ」

「楽しそうな祭りだな」

「スキップスキップらんらんらん♪」


 本当に楽しそうだ。制服のスカートを摘まんで、その場でスキップしている。

 急にハイテンションになったな……。


「もしかして、誤魔化そうとしてないか?」

「そんなことないですよ! 誤魔化すならもっとちゃんとスキップします」

「誤魔化す気満々だな……」

「…………てへ」

「かわいさで誤魔化すな」


 はにかみ顔かわいい。

 どうやら方向を変えて誤魔化しに来ているようだ。そこまでされると、本当に誤魔化されてしまう。

 何の話だっけ?


「お姉ちゃんは凄い人なんですよ」

「あ、その話だった」


 強引に戻った……!

 俺なんかもう、何の話とかよく分からないし帰ろうかなとかまで考えてたのに。


「そろそろ戻さないと本格的に話が終わりませんしね。ほら、空を見てください」

「夕日だ」

「そうです。厳密にはもう夕方じゃないですよ。あっちの空には月が見えます」


 オレンジ色の夕日。白色の月。

 視界はもう暗くなってきていた。今は春だから、五時から五時半くらいかな?

 境内には灯りがないから、本当に真っ暗だ。なぎさの顔はちゃんと見えてるけど。


「さて、お姉ちゃんに心配されてしまうので、話は手短にしますね」

「ああ、頼む」


 中学生を夜まで連れ出しているとなると、マズイ。

 美咲にも殴られかねないしな。


「お姉ちゃんは凄い人なんです。私なんかまったく足元に及ばない程」

「姉の足元とか、普通考えないだろ」

「綺麗な足ですからね。私も蹴られたいな、といつも妄想してます」

「違う意味でそれは考えねぇや!」

「具体的にはここですね」

「訊いてねぇ!」


 お尻を突き出すなぎさであった。JCとは思えねぇ。


「……ってかあいつってそんなに凄いやつなのか? 確かに運動神経はヤバイけど」


 正直、人間辞めてるレベルだと思うけど。運動神経に関しては。


「だけど、あいつは馬鹿だろ」


 具体例は多すぎて挙げきれない。詳しくは前のところを読み返して欲しい。相当馬鹿エピソードは貯まっている。


「いえ、お姉ちゃんは天才ですよ」

「天才?」

「はい。全国模試で七番を取ったことがあります」

「なんかリアル」


 一番って言わないのがリアルだ。いや、一番じゃなくても充分すぎる凄さだけど。


「理科数学はエグいです。理数だけなら余裕で一番ですね。まあ、国語はちょっと低いんですけどね」

「なんか分かる」


 そんな気がする。言葉遣いとか変だもん。


「機械とか自作しちゃうんですよ。最近はロボットの研究とかしてます」

「すげぇなぁ」

「美術の評価は低いですけどね」

「分かるわぁ」


 全身タイツだもんな。


「体育も情報も完璧。国語音楽美術家庭科さえなければ敵なしです」

「敵多くねぇかなぁ」


 俺は全てが敵だったから、そんなこと言う権利はないのだろうけど。


「まあ、そんなわけで、お姉ちゃんは完璧なんです。わたしと違って」

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