第9話
公園を出て右、左を確認。右を見て左を見て、もう一度右を見る。
いた! もう一度見たことで、角を曲がろうとするなぎさに気づけた。やっぱり小学校の教えは偉大だ。
走り出す。
コンクリートの道路、硬い地面を蹴って進む。
狭い道、落ち着いた住宅街と言える。でも狭くとも一応道路で、車が通る可能性はあるのだけど、そんなことは考えず、真ん中を突っ切る。
みんなは真似しちゃ駄目だぞ。
さあ、曲がり角だ。ここだけはいきなり飛び出すのはさすがに危ないから、慎重に曲がる。
よし、大丈夫だ。
もう一度、走り出した。
「そんなに焦ってどうしたんですか?」
「ちょっと女子中学生を追いかけててな」
「警察呼びましょうかね」
「いや、そんなことはしないで……ってなぎさ!」
走っていたら、いつの間にか横になぎさがいた。
隣を走っていたのだ。
びっくり!
あと、これは余談だけど、大量の風を受けているのにアホ毛は全くなびいていない。さすがの強さだ。
「女子中学生をそんな必死で追いかけてるなんて怪しい人ですね。もしかしてあなた、危ない人ですか?」
「本当に怪しい人にそんな質問したら危ないからな」
「分かってますよ、三つ雲さん」
そんなことはともかく、疲れたので休みましょう。と彼女は言った。
「同感だ」
俺は日頃から運動不足なんだよ。正直ヒーロー活動だってやりたくないんだ。疲れるから。
「じゃあ、アイス食べませんか?」
何が、じゃあ、なのかは分からなかったけど。
言われると食べたくなるものだな。
冷たくて甘いアイスを思い浮かべながら。
「そうしよう」
と答えて、二人仲良くコンビニへと、吸い込まれるように入っていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「三つ雲さんはバニラですか」
「なぎさはイチゴなんだな」
「女子っぽくてかわいいでしょう?」
「そう、なのかな」
「そうですよ。いえ、本当は何を選んでも同じでしょうけどね」
棒つきアイスをそれぞれ買って、適当に歩きながら食べている。食べながら歩いている。
俺がバニラでなぎさがイチゴ。
爽やかな春の風を浴びながら、歩く。普段なら勤務時間なんだけど、今はそんなこと忘れよう。
あ、必要経費ってことでアイス代出ないかな?
「ケチな人ですね。数百円くらい自分で払いましょうよ」
「数百円稼ぐのだって大変なんだぜ? 大事にしなきゃ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだよ」
お金は大事だよーってな。
まあ彼女は中学校一年生、しかもお嬢様ときた。分からなくても無理はないか。
「ふーん」
さして興味もないらしい。アイスを食べる方に気が向いてるようだ。
「これからどこ行く?」
「別にどこにも行きたくないですよ」
「じゃあ公園に戻る?」
「それは嫌です」
「だよなー」
アイスの最後の一切れを口に入れる。冷たくて甘い。
棒を見る。あ、はずれだ。残念。
はずれ棒だけ持って歩くのはシュールだけど、ポイ捨てするわけにもいかないし、口にくわえて歩こう。
「それ、変ですよ」
「え? 煙草みたいでかっこよくない?」
「煙草がかっこいいって考えが古いです」
「そっか」
最近煙草吸うキャラとか少ないもんな。ドラマでもマンガでもなんでも。
かっこよくないからか。
実際、俺も吸わないしなぁ。
「まあでも、俺はこのまま行くよ。持つよりはマシな気がする」
「そんなことはないと思いますけどねぇ」
否定されてしまったが気にしない。くわえたまま歩く。
「さぁ、どこ行こうかなー」
「どこでもいいので座りませんか?」
「さんせー」
ってことで、近くにあった神社に目をつけた。名前も分からない神社だ。
鳥居をくぐって、石段に座る。
小さい神社で、色々とボロボロ。かなり歴史があるようだ。
木がいっぱい生えていて、日陰が多くて、風が涼しい。
……いい場所だ。
「ここに座るのって罰当たりだったりしますかね?」
「大丈夫だろ。これくらいで怒るようなら神様務まらねぇだろうよ」
「ひどい人ですねー。でもまあ確かに、わたしたちは座ってるだけですしね。寛大な心で許してくれるでしょう。小銭を少し払えば神様も満足だと思います」
……どちらかと言えば、なぎさの方が失礼な気がする。
と、そんな会話している間に、彼女のアイスも終わりかけになっていた。
「食べるの遅くない?」
「女性はゆっくり食べたい人が多いんですよ。焦らせたりしてはいけません」
叱られた。中学生の女性に。
「ごめんな。ああでもそうか、舐めて食べてるから遅いのか」
「三つ雲さんは全部噛む派なんですね。棒アイスですから、わたしは舐めますよ。舐め回しますよ」
「そんなに強調しなくていい」
「ほら、こう舐めちゃいます。ペロペロペロッ」
「そんなかわいらしい効果音に似合わないエロい舐め方でアイスを食べるな!」
「童貞には刺激が強すぎましたか。これだから童貞は……」
童貞に恨みでもあるのだろうか?
別に悪くないだろ。誰にも被害を与えていない。
「別に怒ってませんよ。ただ、気になるのです。大半の主人公が童貞であるのは何故でしょう?」
「それはしょうがないからだろ」
主人公が童貞じゃないラブコメって難しそうだからな。色々と。
上手く書けたら面白いかもしれないが。
「ああ、わたしもそれは理解はしています。童貞じゃないと面白くないものは沢山あります。言い方がおかしかったです。わたしが疑問なのは、どうして童貞であることをことさらに強調するのかってことです」
「ああ、そういうことね」
「高校生で童貞って、正直当たり前じゃないですか? 普通だと思うんですよ。彼女がいたことがなくても普通ですよ」
「俺もそう思う!」
主人公たるもの、童貞は基本だよな! ステータスだよな!
俺が恥じる必要はない!
「いえ、三つ雲さんはちゃんと反省してください」
「……え?」
「だって、三つ雲さんは社会人じゃないですか。主人公とはいえ、社会人なんですから。軽く童貞くらい卒業しておいてくださいよ」
「あ、はい……」
「大学に行ったら自動的に童貞を卒業できると夢見てる子どもたちに謝ってください」
「……ごめんなさい」
俺だって好きで童貞でいるわけじゃないんだけど……。
「はぁ。しょうがない人ですね。彼女はいたことはあるんですか?」
「大学生のときに一人だけいたよ」
「ええええええええ! 意外!」
「そんなに驚くなよ!」
傷つくよ!
「……五ヶ月くらいの話だけどな」
「奇跡ですね」
「うるさい」
そんな楽しい会話の間に、なぎさも食べ終わったらしい。
彼女はアイスのなくなった棒を見る。
「はずれです」
「そんなもんさ」
当たらなくても、楽しい。それがアイスの棒だ。
これを考えた人は天才じゃないだろうか。
「三つ雲さんにも昔は彼女がいたとしても、今は独り身。孤独なんですよね?」
「わざわざ言わないでくれ」
追い討ちをかけるな。
さらに悲しくなる。
「私、そんなかわいそうな三つ雲さんに付き合ってあげます」
と、なぎさは棒をくわえた。
俺がやっているように、煙草をくわえるような格好だ。
イタズラっぽい笑顔を浮かべている。どうやら付き合うとは、そのポーズを一緒にやってあげるという意味らしい。
なんだよ。ドキッとしたぜ。
だから、誤魔化すように俺は言う。
「……かっこいいね」
「それはないです」
かっけぇ!
即時否定された! かっけぇ!
「なんでそんな恍惚とした表情をされているんですかね……」
「それはなぎさがかっ」
「はいはい、いいですいいです。それは訊きません。ですが、いいんですか、三つ雲さん」
「ん、何が?」
「……どうしてここに来たか、もしかして忘れてませんか?」
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